短編•第二話【創作】
専門学生時代のアルバイト先の後輩で稲垣君という男の子がいる。彼は12歳までスペイン北部のトレドという街に住んでいたそうだ。とはいっても現在はスペイン語を話せなくなったし、トレドにいた頃の記憶も年々忘れがちになってきている。しかし、スペインで多くの時間を一緒に過ごした男の子の親友のことはよく覚えているという。
名前はアレハンドロ君。彼と楽しい時間をたくさん過ごしたと前置きをして、当時の写真を見せる。
アレハンドロ君の外見は茶髪のマッシュカット。全体的に細身で端正な顔立ちをしている。私は稲垣君の思い出の写真数枚に目を通してみた。
トレドからマドリードにかけてサイクリングをしている途中の写真。パンツ一丁でトレド近郊のタホ川で水遊びをしている写真。毎年2月に行われるカーニバルで熱狂している写真。などどれも見ていて楽しくなるものばかりだった。3歳の頃からいつも一緒にいたが、10歳頃にお父さんの転勤が理由でトレドより遥か遠方のジローナへ引っ越してしまい、以降疎遠状態となってしまった。
稲垣君のスペインにまつわる話はアレハンドロ君との思い出話だけではない。最近になって、見知らぬ女性に付きまとわれたそうだ。それもなんとスペイン人。現在は話せなくなったものの、独特の発音のニュアンスやアクセントなどはぼんやりと記憶に残っていたので間違いないという。
「会社から出た途端にいきなり話しかけてきましてね。加えて自身をアレハンドロと名乗っていました。俺には男性で同名の友達はいましたが、女性で同名の友達はいませんでしたから。人違いだと訴えたんです。」
「それで結局どうしたの?」
「警察に通報しました。去り際に親友の名を勝手に語るなって意味のスペイン語を調べて、そう一喝しました。女性は潔く諦めてくれたし、そこまで大事にはなりませんでした。」
後日。定期的によく訪れているバーのマスターがスペイン旅行へ行ってきた話を私にした。そして一枚の写真を見せる。人でごった返しているビーチを背景に、マスターと30代くらいの褐色肌のスペイン人女性。それと女性の子供と思しき、男の子と女の子が並んで映っている。気になったのは女性と女の子の格好だ。
「上半身裸でパンツ一丁の女性?というか、この10歳くらいの女の子も同じ格好をしていますね。こんな格好で海で泳いでも大丈夫なんでしょうか?」
「これは泊めてもらった親友の嫁さんとそのお子さんたちだよ。日本ではあり得ないが、スペインでは女の人が上半身裸で日光浴や遊泳したりするのはごく普通なんだ。子供においてもね。」
ネットで調べてみたところ、スペインのみならずヨーロッパの何ヵ国かは女性がプールや海などで上半身裸になる、いわゆるトップレスで泳いだりする慣習があるようだ。特にスペインのバルセロナでは2019年8月上旬に市議会が正式に公営、市営の屋内外のプールでのトップレス遊泳を容認している。
上半身裸。その言葉に妙な引っかかりを覚えたが私は気に止めず、スペイン絡みでマスターに稲垣君の話をした。幼少期に現地で友達と楽しい時間を過ごした話と、社会人になって見知らぬスペイン人女性にストーカーされているという話だ。全容を話すとマスターは頷きながら言った。
「何だか可哀想だね。文化のすれ違いで友情がなくなっちゃうのはさ。」
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