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味はすぐ忘れた。だけど「おいしい」は色あせない。


「え!!ここ行ったことある!」


夕飯どき、好きなテレビ番組を見ていて驚いた。自分とは縁がないと思いながら眺めていたグルメランキング。1位に輝いた焼肉店で食べたことがあった。

社会に出て3度目の冬、会社の上司が若手と交流するために企画してくれた焼肉会に運よく声をかけてもらった。開催場所がその焼肉店だった。人気店のため2年前から予約していて、その時行ける若手に声をかけてくれたらしい。焼肉会常連の先輩たちにとっては、今か今かと待ち焦がれた日だったが、わたしは「へぇ、すご〜い。ラッキー!」と知ってから、たったの1週間後に食べることができたのだ。

「聞いて!この2年も予約を待たなきゃいけない人気店、行ったんだよ!」

一緒にテレビを見ていた夫に興奮をぶつけた。自分のレアな体験をドヤ顔で話すのが好きなわたしにとって、テレビに取り上げられるような予約困難店に行けたのは”スゴイ”ことだった。店内はこんな感じでね〜…と記憶を必死で辿りながら、わたしが実際に味わった焼肉について得意げに話しそうとしたが、思ったより詳細を覚えていない。なんなら、先に数行で説明したラッキーな状況でほぼ全てだ。

あれ。そもそもテレビで見るまでこの店に行ったこと忘れていたな。

軽い衝撃だった。知る人ぞ知る予約困難店で絶品焼肉をこれでもかというくらい頬張ったはずなのに。それなら、今すぐに思い出せる焼肉は何だろうと思い返してみると、一番初めに頭に浮かんだのは、大学卒業前に卒論提出のご褒美として食べた焼肉ランチだった。

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アルバイトで稼いだお金でそれなりに遊ぶことを覚えた大学時代。「いいね、行こうよ」と友達同士で食べるご飯は大体1000円以内だった。焼肉なんて普段食べに行くには贅沢だったので、試験終わりや打ち上げのタイミングで「今日は肉を食べるぞ」と気持ちを高めて行ったものだった。一番安いコースの食べ放題でお腹がパンパンになるまで食べた。

だんだんと背伸びをしたくなり、ディナーはとても食べにいけないような価格帯の店でも、ランチなら手の届く価格で楽しめると知恵をつけたのもその頃。某高級焼肉店でランチをしてみたいと思うようになった。行くならとっておきのご褒美にしようと思い、卒論を提出した後に食べに行くことに決めた。

ーランチ決行の日ー

いつもの焼肉より高級感漂う店内に、緊張とともに足を踏み入れた。

食べ放題と比べるとだいぶ少ない枚数で、値段はいつもの倍以上もする肉がお皿に上品に並べられて出てきた。普段の焼肉では、自然と「肉焼き担当」が現れる。気が利く誰かがみんなの肉を焼いてくれ、時に自分もその役を担う。他の人は肉が焼けるのを待ちながら、皿やタレの準備をし、会話を盛り上げてるのが大学生の焼き肉だ。

だけど、これはわたしの肉だと強く感じた。他人になんて任せられない。丁寧に一枚ずつ網にのせ、よく観察してひっくり返して、焼き色はつくけど柔らかい(と思われる)絶妙なタイミングで皿に移し、タレをチョンとつけて口に運ぶ。「あぁ、おいしい…」店内の上品な雰囲気を壊さないように、呟きながら噛みしめる。ひと目で数えられるほどしかない卒論のご褒美。一枚一枚の肉に真剣に向き合うあまりに、ほぼ会話をせずに食べたのを覚えてる。

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一緒に食べたのは当時の彼氏であり、今は夫だ。同時に社会に出て働いてきたわたし達は、その後も色々な焼肉を開拓する。


働き始めの頃、ちょっと大人の気分を味わいたくてコースで注文せずにメニューから好きなものを頼む焼肉もしてみた。結果、会計を気にして好きなものを頼めず、お酒を我慢し、お米でお腹を満たし、「焼肉したぞ」という満足感は得られなかった。焼肉は大人数で行った方が楽しめるから、2人で行くには向いていないねと反省しながら帰った。

だけど、その後もう一度だけ、焼肉屋でコースを注文しない日があった。

彼が地方に転勤して数ヶ月。遠距離になって初めてわたしが遊びにいった時、地元の人がオススメする焼肉屋に連れて行ってもらった。まるで昔からそこに住んでいる人のように、このお店はタンがおいしいんだと説明し、ご馳走するから好きなもの頼んでと言ってくれた。初めての土地での1人暮らしは寂しいだろうし、新しく人間関係も仕事も大変のはず。だけどそれなりに周りと上手くやっているんだなと安心し、わたしが来るのを楽しみに色々プランを考えてくれたんだろうなと嬉しかった出来事だった。お互いに普段注文しないの値段のタンだったけど、遠慮なくいただいた。今までで一番おいしいタンになった。

結婚して一緒に住むようになると、家で焼肉ができるようになった。初めてのふるさと納税は飛騨牛のステーキを選び、クリスマスのご馳走にした。自分の顔ほどもある大きい肉を見た時には大はしゃぎ。たまらなくおいしくて、半分だけ食べるつもりが調子に乗って全部(確か2kg。笑)食べてしまった。明らかに食べすぎたわたし達は、夜中に2人揃ってお腹を下し、脂がのったおいしいお肉は食べ過ぎてはいけないと教訓を得た。これが今までで一番おいしいステーキ。

それなりに会社員生活をしていたわたしは、多分他にも色々な店でおいしい焼肉を食べていると思う。だけど、すぐに思い浮かぶ「おいしい」は普段の店選びで必死にチェックしていた値段やグルメサイトの口コミなんて関係なかった。もっというと「おいしかった」のは覚えているけど味が具体的にどうだったかなんて覚えていない

誰と、どんな風に、何を思って食べるか。「おいしい」は外から与えられるものではなく、自分の中で大事に育てるものなのかもしれない。

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予約2年待ちの例の焼肉店も、先輩たちと同じように2年間前から楽しみに仕事を頑張って、ようやくたどり着けたのだったら、もっと強烈な「おいしい」思い出となっていたのかな。わたしが参加させてもらった日、次の予約をしていた。やはり2年後。その日はまだ来ていないが、迎えることができたなら、それは前回の焼肉会の「おいしい」をずっと更新するのだろう。

布団に入るころには"行列店の焼肉屋にいけたスゴイわたしモード”はすっかり冷めていて、「おいしい」の気づきで頭がいっぱいだった。おやすみ、と電気を消してから「でもね、わたしがおいしかったなぁと思い出す焼肉は、君と食べたものばかりなんだよねぇ」と遅すぎるくらいの補足をした。

寝る直前の焼肉話は静かに盛り上がり、少しお腹がすいた。次は何食べようねと、これから味わう「おいしい」に期待を膨らませて眠りについた。


#おいしいはたのしい #焼き肉 #エッセイ

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