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新型コロナになりました(前編)



「さかしらにわずかな不運を見せびらかすな」

エボシ御前にそう一喝されるのを覚悟でこの文章を書く。

なぜなら、残念だけどこれからコロナに罹る人はものすごく増えるだろうし、今この通り生き残っている以上、ことの顛末をしたためておいた方が皆さまの参考になるかもしれないと思ったからだ。

2021年8月2日、私は新型コロナ・デルタ株の陽性判定を受けた。

正直言うとその瞬間「やはりな」と思った。

少し前から、じつに7月の半ば頃からその徴候はあったのだ。

体調の変化ではない。いわゆる気学の象意というやつである。

とにかく、小バエが目の前をちらつくのだ。

飲みかけのコーヒーの中に飛び込む、食いかけのケーキにダイブする。なにこれ、なんで今年はこんなに小バエが多いの?と思うくらいとにかく目につく。

もしかしたら今まで私が気づいていなかっただけで、小バエは常に守護天使のごとく我が目前にいたのかもしれない。だがこの場合、「目にとまった」というのが非常に重要な点なのである。

とにかく、それに気づいた瞬間、私はイヤーな予感がした。

ハエといえばベルゼブブである。疫病の王である。


なるのかな、なっちゃうのかな、という思いが頭をよぎった。が、あまりにも言霊が悪すぎるので気づかないフリをした。

次に起こったのはお化け探知機・ばけたんの暴走であった。

ばけたんというのは霊とかその他いろんなものを探知する面白グッズで、スイッチを入れるとその場の波動だか気だかに合わせていろんな色に点滅する。

緑は普通、青は波動が良い、そして赤はここになにか邪悪なものがいますよ〜というサインらしい。
そしてこのばけたん、特に反応が強い時はビービーと音が鳴る。

どういう仕組みなのかは知らないけどなにかしらに対して正確に反応しているのは確かで、このばけたん、たとえばイライラしている人が部屋に入ってきた瞬間にビーっと鳴ったりする。

そのばけたんがある日、部屋の中でいきなり激しくビービー赤点滅し始めたのだ。


そしていつまでもそれが続く。なにをやっても止まらないので、仕方なくベランダに持っていって放置した。
ばけたんはそこで電池が力尽きるまで一晩中ビービーいってたらしい。

それから半月後のコロナ陽性である。

こじつけと言われてしまえばそれまでであるが、私の場合、この象意が天気予報よりも当たるので無視できない。

たぶん、潜在意識が身に迫る危険を象徴するものを教えてくれているのだろう。

そんなわけで、7月末から背中あたりに違和感を覚え始め、それが8月2日未明、全身の痛みと共にいきなり39度超えの熱が出た時、「やはりな」と私は思った。

絵に描いたようなコロナのイントロである。

それから先の私の動きは自分で言うのもなんだけど「完璧」であった。

なにしろビビリなものだから、頭の中には常にあらゆる有事に対するマニュアルがある。
もちろん、そのほとんどは使われることなく廃棄処分されるのだが、たまにこうやってヒットすると、このひと何度もコロナに罹ってんじゃないの、と他人が思うくらい初動ならざる動きになってしまうのだ。

この心境はおそらく火事を知らされた火消しの思いに近い。
いわゆる江戸っ子の「その火事、俺が行くまで消すんじゃねえぞ」というやつだ。

風呂を沸かし、葛根湯麻黄湯柴胡桂枝湯に解熱剤とビタミン剤を机に並べ、かかりつけの漢方医に電話して調合したものを送ってもらい、寝室に自主隔離。氷まくらとスポーツドリンク片手に「いざ鎌倉!」である。

脳内BGMは『アキラ』のテーマだ。
ラッセーララッセーラ、一体なにをイキイキしてるんだ私。
もしかしたら、自分はこんなことまで楽しんでいるんじゃなかろうか。

しかし、私は甘かった。
このコロナ、結論からいうと状況を楽しめるようなものじゃなかったのである。

普通の風邪ならこれで汗かいて2、3日寝てれば勝手に治ってしまうのだが、今回、いくら経っても治らない。しかも熱ばかりでなく、身体中がめっちゃ痛い。なんだこれ?

インフルエンザには罹ったことがないので比べようがなかったが、おそらくその比ではないだろうというくらい、初めて味わう痛みだった。

そうこうするうちにバルスオキシメーター値が93まで下がってきた。普段は99とかである。やばい。熱は36〜40度を行ったり来たりの繰り返し。そんなジェットコースター状態が3日くらい続いたあと、やがて腹筋が割れるくらいの空咳が出始めて、ついに息をするたびに胸が苦しくなってきた。

重症化の序曲・肺炎様のお出ましである。

「もうダメだ」

私は保健所に電話口で泣きつき、入院の要請をした。

しかしもちろん、このご時世ですんなり入院できるわけがない。
東京はすでに医療崩壊寸前。救急車もフル出動だ。
案の定、私もまた「申し訳ありませんが今の時点で200人以上待ちです」と言われてしまった。

私ひとりならここで諦めて自宅療養してたところだろう。
しかし今回、私にはなにがなんでも家を出なければならない事情があったのだ。

夫が基礎疾患持ちなのである。

しかも、肺の。

夫は肺が通常の半分しか機能していないため、ちょっとした階段の登り降りでもすぐゼーハー息切れしてしまう。普段でもバルスオキシメーター値は90前後、調子が悪い時は88だ。溺れている人が苦しんでいる時の体感がそれくらいだというが、それでいうと彼は常に溺れている状態なのである。

そんなだから咳もほとんど常態化していて、その大音声で彼が家に帰ってくるのが何百メートル先からでもわかるほどだ。

そんな人にコロナを移してしまったら一巻の終わりである。

とにかくホテルでもなんでもいいです、私を隔離してください、陽性者の私が家にいるわけにはいかないんです、と声をかぎりにお願いしたが、バルスオキシメーター値93ではホテル側が受け付けてくれないでしょうという。
そして入院は200人待ちだ。
一瞬、目の前が真っ暗になった。

だけど、このまま引き下がってしまっては最悪のシナリオが待っている。
うちには子供はいない。このままでは夫婦共倒れとなり、猫たちが誰にも面倒見られないまま兵馬俑よろしく殉死してしまう。

私の大切な愛猫をそんなエジプトの猫のミイラみたいな姿にするわけにはいかない。

「助けてください」

私は再び保健所の担当に泣きついた。

私はどうなっても構いません、夫を死なせたくないんです、猫をミイラにしたくないんです、お願いです、どうか助けてください。

恥をしのんで告白するが、この時、私は本当に泣きながらこのままの台詞を電話口で言ったのである。

私のその様子におそらく熱で頭がおかしくなっていると思われたのだろう。私の入院先が決まったのはその翌日、5日の夕方だった。

中編に続きます)











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