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だからお願い笑わないで



お芝居の学校に通っていると、実にいろんな人が来ます。学生さんから還暦過ぎの人まで、本当にさまざまです。

当然のことながら、最初は皆、下手です。いえ、はっきり言ってしまうと、上手い下手、以前のお話です。緊張して足がガクガク、なんてのはまだいいほうで、緊張しすぎて声が裏返る人(私のことです)、カッと目を見開いたまま、首を斬られた落武者のごとき形相で演技する人(『八つ墓村』ならいけると思いますが)、出だしから大号泣が止まらない人、ト書とは全然違うセリフを創作してくる人、などなど。

で、なにが言いたいかというと、そのときの先生方の対応が素晴らしいということです。生徒さんがどんな姿を見せても決して笑わず、ひと通り生徒さんたちが繰り広げるフリークショーみたいな迷演技を辛抱強く見終わったあと、ニコリともせず、

「もっと声のトーンを落として」「目をもう少し細めて」「泣いてもいいけどセリフは立ててね」「慣れるまでは台本通りにやってね」

などと指導していくのです。
でもその結果どうなるかというと、それをふまえて気をつけた人からどんどん上手くなっていきます。早ければその日のうちに。これはもう見ていてすごいです。

特に上達がはやいのは自分の演技を動画でとり、それを見て先生に言われた通り深く考えずに直す人です。年齢にかかわらず、素直にそれができる人ほどどんどんうまくなっていきます。逆に「なぜ?」「でも私はやっぱりこの方が」と自分のやり方に固執してる人ほど、見た目とかキャリアにかかわらず伸び悩んでる印象があります。

でもそれとは別として、授業のようすを毎回見ていてしみじみつくづく思うのは、人間、やっぱり最初に笑われたり怒られたりしないってのが本当に大事なんだな、ということ。
皆さんも覚えがないでしょうか。初めて歌を歌ったとき、初めて絵を描いたとき、初めて自分で書いた文章を見せたとき、それを馬鹿にされるかされないかって、本当にその人の人生を左右すると思うんです。「クララが立った!」状態って生きてると誰にでもあります。でもそこで心ない人に突き飛ばされちゃうと、2度と歩けなくなってしまう。

学生時代の友人に、学校で教わった踊りを両親の前で披露したら大笑いされたという人がいました。そうとうなトラウマになったらしく、彼女はもう2度と人前で踊らないといっていました。もしかしたらダンスの才能があったかもしれないのに残念です。

演技の学校の先生方はきっとそれがわかっているのでしょう。よく言われるのは「最初は自分もそうだった、君らに言ってることは昔の自分にたいして言ってるんだ」という言葉です。
よほどの天才でもない限り、最初は誰でも下手クソです。でも地味に続けていれば、誰でもある程度どうにかなってくる。どうもそういうことみたいです。とてもとても励みになります。特にスタートがひどい人ほど、その後の進歩がめざましいと見る人の心を打つ、という話を聞き、だとしたらいつか私も...くらいに思わないとやってられません。継続は力なり。私の好きな言葉です。

だからここでひとつ皆さまにお願いがあるのですが、もし目の前にいる誰かがなにかを始め、それがどんなにジャイアンのリサイタルであったり、あなたの横隔膜を刺激するものであっても、どうかひとつ、その人の前だけでもいい、丹田にグッと力を込め、笑いをこらえて欲しいんです。いないところで笑うぶんにはいっこうに構いません。本人に見せないのが重要なんです。どうかお願いです、どうかそこに咲く椿の花を落とさないで。初心者たちの繊細なハートは、お取り寄せ不可の水まんじゅう並みにこわれやすく敏感です。







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