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メモ魔

メモ魔だった学生時代。
特に重要なことではないのに、メモをとらないと何だか不安で、取り残されてしまう様な気持ちになる。よく分からないけど、そんな感じ。

自分の気持ちのメモ。
先生の話した内容をメモするとかじゃなくてさ。
視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚…この世に広がる何かによってあらゆる感情が生まれる。それを整理するための文字起こし。


「そんな事やってんだけど、何十冊ものノートになってんだよね。」
伝えた大学の友人に笑われた事がある。

「ボールペンで書くより、シャーペンで書きたい派。」
笑われた中で「へぇー!」とか「はぁ。」とか聞こえて、時間は流れた。


「ノートに書き込む字が毎日違うんだよね。」
伝えたスタバで会った自称フリーカメラマンの相席男はそんな私に興味を示した。
「え、なにそれ。面白い!自分の字なのに毎回違うの?」
このヒトは違わないのだろうか。毎日同じ様に、同じ様な写真を撮っているのだろうか。

男が言う。
「見るヒトが何を感じるかは自由だからね」
まあ、確かに。それらの写真を見て、きっと私はメモをとる。明るくなったり、暗くなったり、ハイになったり、ローになったり…
浅瀬で生きる都会の男って感じだった。

見返すわけでもなく、捨てるわけでもなかった数十冊のノートだったが。その後捨てられた。
断捨離ブームの時間の中で捨てられた。

見返す必要のないメモは意味がなくて、字がキレイであろうがなかろうが、どっちでもよかったという事。

ただ、自分と同じ事を誰かしているのなら、いわば脳の中身を覗き見できるなら、興味はある。


気取って書いた文章じゃなくて、誰か見ている事を知っている前提で書く文章じゃなくて。殴り書きのメモみたいな文字をこのnoteに書いてみたい。


深淵で生きる都会の男にちょっと笑える。

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