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虐待を受けた人たちの夢物語に近い小説!!「52ヘルツのくじらたち」のあらすじ・感想・レビュー

概要

著者:町田そのこ
発行年:2020年
あらすじ:虐待を受けた経験がある女性と、現在進行形で虐待を受けている少年が紡ぐ奇跡の物語。

「52ヘルツのくじらたち」の感想・レビュー

2021年本屋大賞を受賞したため、読んでみました。虐待を受けて育った女性と、現に虐待を受け続けている男の子が出会い、悲哀に満ちた現実に立ち向かい、時には傷つけあいながら、前に進もうとしていく物語です。
私の友人にも虐待をされて育った人がいますが、虐待は身体だけでなく、心を蝕んでいきます。虐待は、自分の価値観を決定する子供時代に経験する場合がほとんどであるため、親から離れられたとしても、完全に回復することはなく、一生、死ぬまで、どこまでも、まとわりついてくる障害になります。
この物語は、虐待サバイバー(乳幼児期・児童期に虐待を受けた人が生命を落とさず、無事に成人した人)や虐待を現在進行形で受けている子供の動き・感情を繊細に描写しており、読んでいるだけで涙が勝手に流れているほどでした。

「52ヘルツのクジラ」とは、実在するクジラの個体であり、他のクジラとは違う52ヘルツの周波数で鳴きます。この鯨はおそらくこの周波数で鳴く世界で唯一の個体であり、「世界でもっとも孤独な鯨」とされています。
一般的な家庭に育つ人には、虐待を受ける人の気持ちが分からず、また、人の家庭に口を出しづらい現代社会の風潮から、虐待被害者は、虐待から逃げ出せる術がなく、悲しみや諦めの中で孤独に生きています。この様子を「52ヘルツのくじら」に例えています。

この物語には、もちろん虐待被害者を助け出そうとしている人もたくさん出てきました。ただ、やはり生みの親である母親の権利が強く、血のつながりがない他社が介入しづらい状況もリアルに描かれています。
今の日本は、極端に言えば、「血のつながっている人が子供をストレス発散に使う権利>血のつながっていない人が子供を大切に育てる権利≒0」という方程式が成立してしまっているように感じます。倫理的な理由等から現状変えられない部分もあるとは思いますが、親の「教育する義務」と子供の「教育を受ける権利」は切り分けて、どちらも平等に扱う制度を作る必要があると考えます。

つい先日も、母親の交際相手が、3歳児に熱湯をかけて死亡させた事件がありました。死んでしまうほどの熱湯をかける残虐な精神性は、まったく理解できません。今後一生理解することもないですし、どれだけ話し合っても分かり合えることもないと思います。だからこそ、「注意すればわかるだろう」、「いつか自分の過ちに気づくだろう」、「さすがに命を奪うまではしないだろう」といった期待は捨てて、積極的に家庭に介入していくことも時には大切なことです。この事件でも、母親の知人が、「助けてあげたかった」とコメントを出しています。
おそらく、虐待をしている親も生まれた頃から、虐待をして命を奪うほどの残虐な精神性を身に着けていたわけではないでしょう。虐待を受けた、貧困にあえいでいる、自分を救ってくれない社会への不満など、虐待をするに至った原因は、どこかにあると感じます。
そのため、虐待された子供を救うことは、対症療法に過ぎず、虐待をするに至った根本となる原因を突き止め、社会全体でひとつずつ潰していく他、解決方法はないでしょう。

現実的な目線でこの本を読むと、「そんなうまくいくわけない」とか「所詮小説だから」と感じる方もいると思いますが、この本を読んでどこかで胸を打たれる人は多いと思います。行政では行き届かない範囲、近所のコミュニティに所属していないとわからない家庭の事情も多々あると思います。この本を読んで、何か感じるものがあると思いますので、そういった人が、「52ヘルツのくじらたち」の声に少しでも耳を傾け、少しでも行動を起こしていけば、少しずつ社会が変わっていくのではと感じます。


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