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それでもここで、生きていく。

東京で目を覚ます。

自分のベッドにいる安心感と少々の疲労感を、慣れた毛布にくるまりながら味わっていると 「お腹すいたー」と娘が大声で叫ぶ。9日前、旅に出る前と何も変わらない朝だ。

朝起きてすぐにお腹が空くとは健康でよろしい、と思いつつスマホで時間を確認する。

6時か、起きねば。

今日は日曜日、安息日だ。よかった、神様が週の最後を休むための日にしてくれて、と思う。日がな一日パジャマで過ごそう、何にもしないぞ、と心に決める。母娘二人、長旅を終えたばかりなのだ。次の日から当たり前のように日常に戻るんじゃ、味気ないだろう。

岐阜県郡上市。いいところだったなあ。連日、私たちの旅を歓迎しているかのように秋空は澄み渡り、山々は日に日に美しく、色彩を変えながら姿を現してくれた。気のおけない仲間と自然の中を歩き、美味しいものを食べ、夜な夜な語り合い、泥のように眠った9日間だった。

郡上のことを思う時、真っ先に心に浮かぶ風景。それは、娘と「色をみつける遊び」をした、霧がきらめく朝のこと。

昔、テレビの画面にうんと近づくと「赤・青・緑」の点々がたくさん見えてきたように、紅葉に色づく里山の自然の中に目をこらすと、そこにはありとあらゆる色彩のドットが隠されていた。

青、緑、赤、黄色、オレンジ、ピンク、紫、黄緑、茶色、黒…

色の名前に限りが出てくると、私たちは「汚れた豚の色」やら「生協のリンゴジュースの色」やら、名前を生み出すことを覚え、その遊びは娘が飽きるまで続けられた。いのちの美しさを娘と味わう喜びが五感に染み込み、都会で疲れ切った体を浄化してくれるようだった。

旅のなかで出会った人々の佇まいや言葉もまた、私の凝り固まった心を癒してくれた。それは旅に導いてくれた友、Sちゃんのキャラクターのおかげも多いにあるだろうし、自然の力の大きい土地に暮らす人々の傾向として、 心地よく楽観的で人懐っこく、オープンで根気強い、ということもあったかもしれない。様々なことが「お互い様」でまわるコミュニティ。人の繋がりが希薄な都会に慣れきっていたので初めは面食らったが、旅も終わりに近づくにつれて、この人たちこそ、私が東京に戻った時に一番恋しくなるものだろうなと思った。

不思議なことに、旅で出会った異なる人から、 異なる場所で、同じようなことを耳にした。それは「大変なことは山程あるけれど、それでもここで生きていく」というようなことだった。語られる言葉の端々に、私は彼らの覚悟と受容を感じた。それは、私が旅に出る前に読み返した米国の詩人ローバート・フロストの詩の一節を想起させた。

ずっと昔、森の中で道が二手に分かれていた、そして私は―――
私は、踏みならされていない道を選んだ
そしてそれが、決定的な違いを生んだ―

自ら選び取った道。それを、ため息混じりに振り返る時、日焼けした顔に浮かぶのは哀愁漂う諦観と、ここまでたどり着いたという確かな自信だ。

矛盾を抱え、それを笑い飛ばすおおらかさ。それを併せ持つ人の佇まいはとても美しい。私もそんな美しさを持てるように人生を歩んで生きたいと願う、旅の終わりの朝なのだった。

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