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2023/03/12 どんな時も油断できない

先日、表彰式のためにたった一人で新幹線に乗ったのは凄く久々の事だった。ここ数年は遠出の時はいつだって隣に面倒臭いことばっかり言う小さい人が居たわけで、「気持ち悪いー」「トイレー」「こぼしたー」という声に翻弄され、スムーズに平穏に乗り物の中で過ごせることなんかなかったから、指定席に座ってジャケットをフックに掛け、座席を後ろに倒して深く座ったとき、あまりにも何のトラブルもなく事が運ぶことに物足りなさすら覚えた。

金曜夜の『のぞみ』はやっぱり混んでいて、東京駅を出発時点でほぼ全ての席がうまっていた。嫌だな、と思ったけれど仕方がない。私の隣にも知らんおじさんがドサっと座り、新幹線の隣に娘じゃない人が座ることも久々の事で、緊張して肩をすぼめる。(せっかく駅弁を買ったのに、めっぽう食べにくいじゃ無いの)。私は一体いつ駅弁の包みを開けるのが新幹線の中でのスマートな大人の在り方なのだろう、と虚な目で座席下のバッグの上に置いた弁当を見つめた。

すると、東京駅を離れて程なくして、おじさんは頭を垂れてうつらうつらと寝てしまったのだ。
よっしゃ!これで心置きなく弁当食べられるぅー。
私はガッツポーズで喜びたい気持ちを抑えつつ、おじさんが本当に寝ているのかを伺い、しっかり熟睡するのをしばらく待つことにした。
まだまだ新大阪までは時間があるのだ。

新幹線は次駅の新横浜に到着しようとしていた。
「次は、シンーヨコハマー」

するとどうだろう、おじさんはビクッと激しく飛び起きると、まるで氷の床を滑るようにジタバタと荷物を掴み、むんっと顔を上げ、その眠そうな視線を私の横に掛けてあった私のジャケットに落とした。

それは一瞬のことだった。

おじさんは、私のジャケットをグワシっと力強く、確信を持って掴んだのだ。え?嘘でしょ?と思いつつも、目の前で易々とジャケット泥棒されるわけにもいかないので、私もむんずと自分ジャケットを掴み、毅然と言いましたとも。
「私のです!」
と。でもおじさんはその手を緩めない。マジか!この人まだ気が付いていない。
だからもう一度高らかに
「私のです!」
と言ったところで、取り憑いていた幽霊が体から抜けたみたいに、おじさんの全身からふぅっと力が抜け、おじさんはそのまま出口に吸い込まれるように消えてしまった。

やれやれ、危うく上着を盗まれる所だったよ、ムスメが居なくても外にでたらトラブルがいっぱいやないか、あー、びっくりした、それにしても新横浜で降りるなんてどんだけ忙しいんじゃ、そんな近距離乗る必要ある??

そんな事を考えながら、これで安心して弁当食べられるぅーと包みを開けようとしたその時に、さっきのおじさんが這う這うの体で席に戻ってきたのだ。驚いて本当の目的地はいったい何処なんですか?と聞くと、下を向いて言うのをためらっている。
「私、起こしますよ」と続けて言うと、はにかみながら
「新神戸です」とおっしゃった。
私より遠くまで行くね。

おじさん寝ぼけすぎだ。

それにしても、一人でいてもやっぱり外に出ると色々あるもんだな。

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