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【小説】届く事の無い恋文

最初に恋文を書こうと思ったのは、何時頃だったんだろう?

随分昔の気もするし、少し前の気もしている、ラブレターじゃ無く恋文は私に合っている気がした。

恋文と言う名が、着慣れた服の様にフィットして、自分に付かず離れず居てくれて、出すのではなく、書いているのが好きだった。

小学生は背伸びして、恋を覗き込もうとしている時期で、背の高い箱に入ったおやつを見たいと背伸びしている猫の様。

その点、中学生になると、そのおやつは見える所に有って、何時でも手に取れそうだけど、実際にはそんなに簡単じゃない。

どの時期も恋文を書いて、誰にも渡さないで、自分の本の中に仕舞っていた。

あれは小学生だった、いつも近所の瞳と一緒に登下校をしていた、その頃は変質者が出ると噂になっていて、1人で登下校をするのが禁止だったのだ。

瞳はよく話す子で、近所の噂から、友達の恋の行方まで、何から何まで話そうとした。

「ねえねえ、○○君好きなんじゃない??」瞳が話を振って来る。

「何でそう思うの?」答えを出さない方法は、質問をするのが良いと思って聞いた。

「だって、態度で解かるよ。」さも解ってるという顔で、こちらを見つめてくる。

ここで肯定すると、噂を広められる、否定すると向きになって大声を出す、どちらも選択肢には無い。

「まあね。」曖昧に答えておく、スキって言葉は魔法だ、それで全てがばら色になる気がして、女子は誰それが好きとか、誰が良い感じとか、良い回っていた。

「好きなんだ、じゃあさ告白したら、私応援するよ。」何をどう応援するのか、自分にも解らないだろう言葉がスラスラと出る。

「まあね。」自分ながら、これで全てが結論だと言うのは、違うだろうと考えながらも、同じ答えをした。

「まあいいわ、何か私に出来る事あったら言ってね。」直ぐに言っていた言葉に興味を失くすのが瞳の常で、私はそれに助けられていた。

その時も恋文を書いていた、『貴女が好きです。』ただ一言。


私達は引っ越すことも無く、そのままの状態で中学校に入った。

瞳も私も身体も気持ちも少し大きくなり、恋は否応も無く近づいてきて、大人に成り切れない中学生にも手に取れそうなほど近づいてくる。

学校へは女子数人で登下校する様になった、朝は誰も寝坊しなければ、待ち合わせで、誰かが寝坊した時には家まで迎えに行った。

中学校は桜の木の中に立っていた、入り口に入る道沿いに桜が植えられていて、校庭の奥の方にもぽつりぽつりと桜が有った。

入学の時、桜吹雪に感激した私達も、桜が散ると毛虫を嫌がって、桜の木の近くには行かなくなる。

桜を避けて、遠回りして登下校する内に、いつも一緒に居る数人が出来上がる。

「ねえ、さやかは好きな人居るでしょ。」瞳が子供の時よりは少し控えめに聞いてくる。

「エ~、それ初耳、知らなかった、教えてよ、瞳にだけ狡い。」裕子が言葉を繋ぐ。

「さやか大丈夫?言わなくても良いよ、皆に知られるの嫌でしょ。」一番大人しい明子が続ける。

「昔の話しでしょ、今は違うから。」短く答える。

「○○君好きだったんじゃ無いの?ずーとそう思っていたんだけど。」瞳が不満そうに話をする。

「昔のことだよ、今は今違うから。」随分と大きくなった様に言ってみるが、実のところ、さほど大人になった訳では無い。

だけど、自分が大人に成った気がする時期で、好きな人が居るだけで、大人に成った気がしていた。

「でも、好きな人居たんだ~、いいな、まだ好きな人とか居ないんだよ。」明子が話を変える為に声のトーンを大きくする。

「エ~、まだ好きな人居ないの、私だって好きな人居るのに。」ふんと鼻を鳴らして裕子が声を出す。

「人それぞれだからね。」私がしなくていい言い訳をする、何だか明子の気持が分かるからだ。

「じゃあ。明子以外は好きな人が居たか、居るかだよね。」瞳が聞いてくる。

「そうかもね。」答えた。

「じゃあさ、内緒で好きな人を言い合わない。」瞳は悪戯な顔をして、皆の顔を見る。

「止めとこう、そんなの言い合っても良い事無いよ。」明子が静かに答えた。

「そうだよ、知っても関係無いからね、悪趣味だよ。」私も答えた、悪趣味は言い過ぎだったかもしれないな、ふと感じた。

「ありがとう。」他の2人に聞き取れない位の声で、明子が私の耳に囁いた。

『いいえ、どういたしまして!私だって言いたくないよ。』心で呟いていた。

その時にも恋文は書いていた、『貴女が好きです。』前と変わらず。


中学を終えて、4人で話をしなくなった、皆違う学校に行くと気持ちの距離も遠ざかるのだ。

「オオーイ。」帰り道の駅で後ろから呼ばれた。

振り向くと、明子が居た、「久しぶり、元気だった。」声を掛ける。

「うん、元気、チョット言いたくなってさ、さやかは私の気持ち分かって居るでしょ。」

『うん分かって居る、裕子が好きだったんだよね。』女子の当り前に馴染めない自分達は同志だった。

「明子も分かって居たんだね。」その言葉に嬉しそうに頭を上げて、こちらを見てきた。

私の本には二枚の恋文が挟んである、瞳には届く事の無い恋文が。






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