【番外編・その❹】決意の新幹線。 (2011.11.2/秀人)


滞りなく、大阪での任務が終了した。
この先、こちらに来る機会はあまりなくなるだろう。

サヨさんとももう、会うことはないかもしれない。


昨日の朝方。

"亜矢ちゃんが駅まで迎えに行くから、明日は始発で帰ってこい"と

 卓さんからの謎のお達しがあった。

社員寮の荷物を片付けてから、大阪最終日は ぱぁーっとハシゴ酒でもしようか、と思っていたが、なかなかそうもいかないらしい。

今回の出張中に読もうと持参した本が結局のところ読めずじまいなので、せめて新幹線の中で読み切ろうとスーツケースから出したものの、まったくと言っていいほど 文字が追いかけられずにいる。

アパートのドア前での数分間が、勝手に脳内再生されるせいだ。

秀人は、もはやただ開いてるだけで 無意味になってしまった文庫本を、

自分の瞼と共に、ぱたん、と閉じた。


・・・

サヨさんと卓さんが付き合っているかもと
勘ぐったのは、あの2人ならお似合いだ、と

ただ、諦める材料にしたかっただけなのかもしれない。

それから、もうひとつ。

同じ会社じゃなくなったんだからもう会えないんだと言い訳を何度も自分に言い聞かせて、それも諦めの材料にしていた。

なのに。アパートのドアの前では 何故か、彼女を近くに感じられた。

今思えば、脳内で 過去の回想が始まっていた感じだ。

すると、途端に怖くなった。

封印していた心の奥底に、なんだか得体の知れないものが渦巻いて 波風をたて

どう表現すべきかはわからない、(抽象的にはなるけれど) "熱いマグマのようなもの"が、今にも飛び出しそうになった。

瞬間に、心の声が
やめてくれよ…! と叫んだんだ。

こんなことで、もう、心を乱したくないんだ、って。


"秀人さぁ、ちゃんと 自分のきもちに向き合えよ、
大事なこと 見失うぞ"

泥酔した卓に 何度も言われた言葉が

今になって刺さってくる。


だけど、もう見失ってしまった後だったんだ。
パズルをはめようにも、ピースがひとつも見つからない。


俺とサヨさんの関係性に一筋の光…というか
そういう小さな希望があったとしたら、
それは、あの例のバレンタインの日だったろう、と 今振り返って 思う。

あの日、サヨさんはどんな気持ちで電話をかけてきたんだろう。

わからない。


ううん、わからないなんていうのは俺がそう思いたいだけの、都合のいい嘘かもしれないな。

彼女はあの日、

きっと ものすごく勇気を出して電話をくれたんだ。
明るく平常を装ってたけど、声が震えてた。
好きだって空気が、ちゃんと
電話越しに伝わってきてた、と思う。

なのに。
サイテーか、俺は。

夜中の12時に、と自分から 言ったくせに。
寝落ちしてすっぽかす、なんて、な。

あの時、もしちゃんと行けてれば…
未来はもう少し違ったものになっただろう。

いや、そもそもがそんな単純な話じゃないのかもしれないけど。

あの頃の俺は、"好きだという気持ちが、仕事に支障をきたす"と信じていたし、周りの誰かに
恋をしてしまったなんて、とても言える雰囲気じゃなかった。

あのとき、あのタイミングで自分が
何かしらの答えを出せたかというと、疑問だ。

少なくともあの夜、サヨさんは減滅しただろう。


あの夜だけじゃない。

あれ以降、なんのアクションもとれなかった弱虫に 嫌気がさしただろう。


サヨさんのことを考える時、いつも俺はこうなる気がする。
ごちゃごちゃと考えるだけ考えて
結局、動けずじまいで終わる。

もし、あの日 サヨさんが告白してくれるつもりだったとしても、だ。

こんな男をいつまでも
好きでいてくれる訳ないよ、な。

2人の離れた時間が長すぎる。

もう、今更だ。


シートに背をもたれかけさせて、秀人は

ふう、と息を吐いた。


考えても考えても堂々巡りになる。はめるピースがないのだからどうしようもない。

俺は、新たなピースを探すべきだな。

きっと、彼女は彼女で
新しいピースを探してるだろう。


忘れろ、秀人。
忘れられるよ、きっと。


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