あの日にかえりたい~第二章 恋の終わり~


もう何年も前から、
こうすることを決めていた。

もう一度
彼に会いにこようって。

そして、自分の気持ちをちゃんと、
彼に言わなきゃいけないって。


でも、近頃わからなくなった。

私は本当に
彼が好きなんだろうか。


離れすぎたんだろう。


顔もよく思い出せなくて、

そんな自分に
なんだか、
気分が落ち込んでしまった。

私は、

彼が好きだってことを
支えにして今まで生きてきたんだ。

だから、
そこの信念がブレたら
途端に路頭に迷ってしまう。


私は確かめなきゃいけなかった。


諦めるために行動するってことも

次のスタートのためには
必要なのかもしれない。


何度もいうけど、
私は確かめなきゃいけない。


赤いマッキーで
カレンダーに丸をつける。

7月7日。

七夕か…。

おかしな偶然に、胸騒ぎがする。


織姫と彦星みたい。


七夕前日は、
ものすごい雨と雷の夜だった。


七夕前夜の雨は、彦星が
織姫とのデートのために
一生懸命牛車を洗っている水が
流れてきているもので

この雨のことを
[洗車雨]というんだときいた。

そんなこと、あり得ないけど

彦星みたいに、彼が私との再会を
少しでも楽しみにしていてくれたら。


そんな淡い期待をして、
勝手にドキドキしてしまう。

何はともあれ

明日はちゃんと、
晴れますように。


・ ・ ・


"おあいそで"
秀人の声が、店内に響いた。


もうすぐで、11時40分。

七夕の夜があけてしまう。

レジに向かう秀人の背中を
目でおいかけながら、

私は焦る気持ちを抑えるように
グラスを置く。

"さぁー、おひらきおひらき。"

そういいながら
由美がうぅーんと伸びをした。

身長175㎝の由美の背がより高く、
居酒屋の低い天井に 届きそう。

それで、また、あの9㎝のヒールを
履くんやもんな…


そんなことをふと考えている私に

"サヨさん、お会計は秀人さんに任せて行きましょ!"

吉行まいこが、手招きしている。

いつのまにか、しみちゃんも
入口のドアに手をかけていた。

私は、時間稼ぎをしたくて、
一度とめかけたサンダルの紐を
とっさに外す。

"うん、履くの時間かかるから、
先にいってて"

本当はそんなに難しくないのだけど

難しい顔をして
私はサンダルと対面する。


もう一度、きちんと履き直そう。

そしたら、お会計が終わる頃
一緒に店をでられる。


ドアの入口付近で
秀人と合流した。

"ご馳走さま"

なるべくそっけない感じをだすようにして私は言う。

"あ、…サヨさん待ってくれてた?"


…え?

私ももうずいぶん
大人になったはずなのに、
嘘がバレた子供みたいに
ドギマギしてしまう。


そんな私を気にとめるふうもなく

"サヨさん、何歳になったの?"
なんて聞いてくるくらい、

秀人は無邪気な奴なのだ。


"…27やで"

"見えんよねー"

"何それ、なんか嫌な言い方"

"褒めてんのに"

"褒めてるように聞こえへんし"


他愛ない会話の末に
ふてくされてしまう私をみて
秀人が笑う。

"はは、また怒らせてしまったな"

え?

"別に怒ってないよ。
それに、秀人が私を怒らせたこと
なんか一回もないよ"

"あるし"

"えー?ないよ絶対"

"…バレンタインの、とか"

"え?"

"ううん、なんでもない"

言いかけて、やめる。
秀人は基本、そんなことをしない。

胸騒ぎがする。

探るように私は、話はじめた。

そのことについては
伝えたいことがある。

"秀人、一昨年のバレンタインのこと
覚えてるん?私、あの日ね、"

刹那ー。

"…いや、俺が、"
遮られる。


突然秀人に腕を掴まれて
その場を動けなくなった。

いつもは、自分のこと、俺 なんて
言わないのに。

びっくりしている私に、
小さく ごめん、と言い
腕からゆっくり手をはなして
彼はうなだれる。

"ごめん、あの時はほんまに。
すっぽかした訳じゃあ、なかった。
これは、謝らんとってずっと
思ってたんやけど
言いだせんくて、ごめん"

思ってもみない謝罪に
びっくりして、
まじまじ見つめてしまう。

記憶が蘇ってきた。


一昨年のバレンタイン、
私は彼のためにチョコパイを作った。

夜中の12時に近くまで出てきて。

そう電話をして、

わかった。といったのに

彼はその夜、
待ち合わせ場所に来なかった。

目の前で必死に謝ってくれている秀人を見て、私は優しいきもちになる。

全部ちゃんと言おう。


"いいよ、怒ってないし。
あの作ったチョコパイね、
あれ、置き引きにあったねん。"

"は?
訳のわからない、という風な顔。
そりゃそうだ。


"あの日秀人が来なくてショックやったけど、次の日謝ってくれたやん"

"そうやっけ?"

"うん、謝りにきてくれた。
だから、渡そうと思った。
次の日もちゃんとカバンの中に持ってきてた。"

"そう…なん"

"でも、みんなの前じゃ
なかなか渡せなくて。"

"誕生日プレゼントは
みんなの前でくれたのに?"

びっくりするくらい
率直な質問をしてくる秀人に
子どもにわからせるみたいな口調で
私は言う。


"バレンタインチョコは別。
一人だけ特別仕様なのがバレバレ
やのに、それをみんなの前で
渡すなんて私できへん。"

考えるような顔で
秀人が呟く。

"そっか…一人だけ特別の"

構わず私は続ける。


"渡せず仕舞いでその日、その
カバンごと置き引きにあった。"


"はぁ?!"

意味のわからない、という視線に
笑ってしまう。

"ほんまやで。"

"うっそ、そんなことある?"

"あったんやって。たまたま、ほんのちょっとの間自転車のカゴにのっけてたら、なくなった。警察に届けてみたけどね、帰ってこんかった。"


"まじ?"

"まじ。"

秀人がだまりこくってしまうので、
私は仕方なく付け加える。

"ま、しょうがないよ。"

はは、と笑うと、
秀人が怒ったみたいな顔をする。

"なんで?
なんで言わんかったの?"

"何を?"
首を傾げてしまう。

"置き引きにあったこと。"

"そんなこと、だって…"


"言ってくれてたら凹まんかったのに"

今度は秀人がふてくされていた。

"サヨさんが、バレンタインをくれるのが嬉しかった。あの日電話がかかってきて、今年もバレンタインくれるのかって期待してた。"


そういえば、
一昨年のバレンタイン、
その前の年のバレンタインにも
私は秀人にチョコをあげた。

多分、あれは
手づくりチョコバームやったっけ?

"嬉しかったの?
私からバレンタインもらって。"

"嬉しかったよ"
変わらず、強い口調で秀人は言う。
私も負けじと強く返事をする。

"なんで?"

"なんでって?"

"好きでもない女からバレンタインもらって嬉しい?"

"…好きでもない女じゃないし"


口ごもっちゃいけないとこで
秀人が口ごもるから、
なんだか泣きそうになる。

"やめてよ…そんな言い方は。
好き、なんて思ってもないくせに"

自分でも信じられないくらい
嫌な言い方をしてしまって、
目を合わせていられなくなった。


"思ってもない、って、なにそれ
僕は…ちゃんと好きやったのに。"

弁解する、みたいな
秀人の真意が読めない。

"違うよ、私の言ってる好きは
友達とか仲間同士としてじゃなくて"

"恋愛感情としての、やろ?"

淡々としたその声に
やっと秀人の目をみた。

彼は真剣なまなざしだった。

そして、
ぽつり、と呟くみたいな言い方で。

"僕だって
恋愛感情でサヨさんをみてた"


空気が変わる。

"うそ。
そんな風にアプローチされた
覚えなんてない"

こういう時、素直になれない
自分の性格が嫌だ。


秀人の視線が、私から離れた。

"…ふ、そうやな。アプローチはうまくできんかった。自分なりに、伝えてるつもりやったけど、半面気づかれないようにもしてしまってたし"

"気づかれないように…?"
私は彼を見た。視線は合わない。


"本気で怖かったんや、サヨさんに
好きな気持ちがバレるのが。
あの時、あの状態で叶うわけないって
わかってたから"


はは…
秀人の乾いた笑い声が響いた。

いろんな言葉が脳の中を錯乱する。


私はもう、
頭の中が真っ白だ。


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