【番外編・その❺】秀人の帰京。(2011.11.2/亜矢)


"秀人さん…!"

東京駅西口改札を出たところで、愛しの先輩を見つけた亜矢は、

ついつい、はしゃいだ声で彼を呼ぶ。


"大阪出張、お疲れ様でした。
…なんだか、眠そうですね?"

顔を覗き込むと、秀人は乱れた前髪を軽くたくし上げて、そう?と言う。


"大阪ではあんまり寝れてなかったんよなー…。

東京が長くなってくると、
なんか、こっち帰ってきた方が落ち着くわー…

こっちがHOMEって感じする"


東京都出身で、東京から出たことがない亜矢にとってそれは、とても嬉しい告白だ。

ニヤニヤしている顔の前に、秀人が紙袋を差し出した。

"はい、これお土産 "

白の紙袋に、赤く大きな数字の羅列。

ごー、ごー、いち…?


"…え !うそ!やったー、これって肉まんですよね? わたし、551って いつか 食べてみたかったんです!"

目と口をまんまるくして喜ぶ亜矢を見て、秀人は笑った。

"お、そりゃ良かった。いっぱい買ってきたから
オフィスで みんなと一緒に食べるか"

"はい!"



・・・


会長の意向で、今年から新しくグループ会社を立ち上げた秀人さんは、私が入社してから1ヶ月が経ったあとからは ほとんどと言っていいほど、
関連のある大阪オフィスに出張していた。

時々、帰ってくるものの、またすぐあちらへ戻ってしまったりで、会えない日々が続いていたので

久しぶりに見る秀人さんの表情や動作 ひとつひとつに、いちいち きゅん、としてしまう。

しかも、まだ誰も出勤していない静かなオフィスに2人きりだ。

こんな恵まれたシチュエーションは、滅多にない。


"秀人さん、スーツかけるの ここでよかったですか?"

"あー、ありがとう。あとでクリーニングだすから。そこに適当に置いてくれてたらいいよ。
それより亜矢、こっちきて "豚まん" 食おう。         …腹減って死にそう "

秀人は会議室から、ちょうど亜矢が腰掛けられるサイズの椅子を持ってきて、自分の仕事机の横側に置いた。

その机上で、湯気を吸ってヘニャヘニャになった真っ赤な箱の中から、なんとも食欲をそそられる、堪らない香りが漂ってくる。

思わず近寄って、はいよ、と手渡された肉まんの匂いを嗅ぐ。

"うーん!いい匂い!"

はしたないかな、と思いながらも
立ったままま我慢できずに、頬張ってしまった。

"この肉まん、すごい大きいんですね、美味しい!中の具もずっしり!"

驚きの声を上げると、秀人は子供に声をかけるような優しいトーンで、よかったなー、と呟いてから、

"ちなみに 551では肉まんじゃなくて"豚まん"、ていうらしいよ"

と、何も知らない私にウンチクを教えてくれた。

仕事中はとてもストイックで厳しいけれど、こういう、ふとした瞬間の優しさにはときめいてしまう。


"あーぁ、幸せだなぁ。秀人さんとこうして
一緒にいれるの。卓さんに感謝しなきゃ"

久しぶりの秀人との時間が嬉しすぎて、頭に思っていることがそのまま、結構な大きさの音で、口をついて出てしまう。

秀人は苦笑しつつ、

"そういうことをさ、率直にポロっと口にできるのがすごいよな。亜矢を見てると、大人になるにつれ、そういう素直さみたいなものって欠如していくんだなって気がするわ"   

…なんて、言う。

"素直さって欠如するんですかね?…でも、今の気持ちを今、ちゃんと言えなかったら後悔するじゃないですか。悩んで、あーでもないこーでもないってしてるうちに、時間がなくなっちゃいますもん"

"あー…耳が痛いなぁ、ごもっともですわ"


"秀人さんは、素直じゃないの?"

"んー、どやろな。自分じゃわからなくなってるな"

秀人は、そう言って頭をぽりぽりかいた。
もうちょっと、踏み込んでみる。


"好きな人とか いないんですか?"

"好きな人、…は、いない"

"それじゃ、わたしと付き合ってください"

これもまた、口から勝手に躍りでる。


"へ?"

急な展開に驚いた秀人が、キョトンとした顔でこちらを見るので

"わたしと付き合ったら、そーだなー…
東京中の美味しいお店に連れて行ってあげます!"

と、声を張り上げて、元気に提案してみせると
ははは、と秀人は楽しそうに笑った。

そして、

"まぁ、それは、嬉しいかも。…亜矢と付き合ったら、悩みとか なくなりそうで、いいな"

と小さく呟いて 、豚まんを頬張った。

直感的にこの流れを崩しちゃいけない、と感じる。

少々強引ながら、

"じゃあ!付き合う、でいいですか?
わたしと秀人さん、今日から恋人同士で!"

そう言って、まくしたてた。

態度はさながら劇中のアニーのような溌剌さだったと思うけれど、
心中は不安でいっぱいだった。

秀人は、といえば、口の中に豚まんを詰めたまま、絶句状態で。

どこか、困った顔をしている気がした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?