【番外編・その❸】恋する乙女。(2011年10月末日/卓)


"卓さん、すみませーん、遅れちゃった"

22歳の関口亜矢が、小走りで近づいてくる。

新入社員だが、なかなか機転のきくところがあって、責任感も強い。

頼んだ仕事は、時間がかかろうと着実に良いものを仕上げてきてくれるので、企画資料の作成等も、最近は彼女にばかりお願いしている。

いいよ!だいじょぶよ〜、と言いながら
差し出された書類の束を、受け取った。

"ありがとうねん"
"いいえ。お役に立てて光栄です"

にこ、っと微笑んだ亜矢が そっと耳打ちをする。

"あの、秀人さんが明後日 大阪から戻ってくるんで、仕事終わりに食堂でパーティしませんか?

"おー、いいねぇ。。なんか頼む?"

"いえ。夜も遅いし、持ち込みでやろうと思うんです。秀人さんといえば、まずは麒麟ビールですよね。それから…、由美さんから教えてもらったんですけど、お寿司が大好きらしくって。
わたし、当日、お寿司 握ろうかと!"

"ひょーぇー!まじでかぁ?亜矢ちゃんて、寿司 握れんの?!"

"実はこないだ やり方動画見ながら家でやってみたら、案外イケて。由美さんからのお墨付きも、もらいました!!…ふふふ、こう見えてなかなか手先が器用なタイプなんです"

自信満々な亜矢には いつも圧倒される。
じわじわとテンションがあがってきた。

"おぉぉ、や、やるなぁー。
こりゃ、俺が楽しみになってきたわ〜!"


・・・

今年の新入社員には、
彼女の他に 雅美と 八重子がいる。

彼女達が入社してすぐ、
教育係に充てがわれたのが、秀人だった。

社員同士の恋愛が禁じられているわけではないが
暗黙の了解で、あまり大っぴらにしないという
社内の風土がある。

最近はグループ会社が増えたのもあって
その風土は弱まりつつあるが、

"恋愛は仕事に支障をきたす" というのが
俺たちが新入社員だった頃の社長、
つまり今の会長の、揺るぎない考えなのである。


だけど、人間同士。
恋に落ちるときは、落ちる。

亜矢のそれは、とてもわかりやすかった。

元来 明るく、親しみやすい性格ではあるが
意外と誰にでも愛想よくするタイプではないし、
普段は、あまりはしゃがない彼女だが

いつ頃からか、
"恋する乙女"という感じのオーラを出し始めた。

口を開けば 、"秀人さん、秀人さん…" で
実を言えば、ちょっとうんざりしているところもある。


秀人が大阪に行き始めてからは 卓が3人の教育係を引き継いだが、その時にはすでに彼女達は
ある程度の仕事をこなせるようになっていた。

流石、秀人だな、と思う。
ヤツの人材育成能力は、ピカイチだ。


雅美と八重子の2人は、秀人の大阪出張に同行したりすることもあるのに、何故か亜矢にはお声がかからないようで、彼女は寂しいのだろう。

秀人が戻ってくるという情報を
いち早くどこからか聞きつけてきては
色んなアイデアで
ヤツを喜ばせようとしているみたいだった。


健気よなぁ。ほんまに…

"…恋するオンナは綺麗さ〜♪やわ"

フレーズとセットで脳内にメロディが流れ込む。
そのまま気持ちよく歌いだした卓に、亜矢が聞いた。

"卓さん、それってなんの歌ですかー?"

"え!?…亜矢ちゃん、まさか この歌知らんの?!お嫁サンバ!"
"へぇ?お嫁…サンバ??"

"ぅおー、まじか、まじで知らんのか。。ジェネレーションギャーップ…!おじさん ショックやわ"

あまりに大袈裟に凹む俺に、亜矢はひとまず ふふっと笑ってから、今度は真剣な眼差しで質問をしてきた。

"それよりか 卓さんは、恋のライバル居たことあります?"

"へ?なにそれ?急に"

"聞きたいんです。居たかどうか"

"あるよー、そんなもん、めっちゃあるよ。
好きになるコは、大体モテ子やったからな"

"そうなんですねー…はぁーぁ"

"何よ、亜矢ちゃん。恋のお悩み?"

"はい…。どうしましょ〜卓さーん!って感じです"

いつもは溌剌として元気な亜矢が落ち込んでいるのを、黙って見てるわけにはいかない。


"ここはお悩み解決レンジャー"清水卓"にお任せあれ!…やっでぇ〜!"

卓は意気揚々とウルトラマンのポーズをして見せたが、心の中にふと、
…亜矢ちゃん、まさか ウルトラマンも知らんとかありえへんやろなぁ?という疑念を抱いてしまった。

だけど、また  "なんですか、それ?"と
キョトンとした顔で聞かれてしまったら、

立ち直れないような気がするから
聞いてみるのはやめておく。


"…で。 お悩み相談はなんやの?"


恋する亜矢のお悩み相談を要約すると、こんな感じだ。

◇最近、八重子が 秀人とメールを交換して
あれこれやり取りしているという噂を耳に挟んだ

◇なんとなく 秀人さんには、好きな人が居ると思うのだが、それが誰かはわからない

◇それがもし、ヤエちゃんだったらどうしよう?
近すぎて、とてもじゃないけど立ち直れない。
(八重子とは同期だし、今後も仲良くしたいと思っている) 


ふんふん、と一通り聞き終えて、なんて可愛い相談内容やねん、と心の中で呟いてから

"秀人の好きになる女の子は、八重子ちゃんとは
また違うタイプやと、俺は思うんやけどな"

と、比較的 真面目に返答をした。
こういう時は、おふざけナシだ。

即座に亜矢が食いついてくる。

"そうなんですか?!…あ、もしかして!卓さんは、秀人さんが好きな女の子に会ったことあるんですか?"

"へ?!いや、いんゃ、知らんけどな!過去に!過去に、好きやった女の子は見たことあるかなぁ〜"

焦ってなんか変なこと言わなかったか、と冷や汗をかく。

"そっか…はぁー、そうなんですね。"

先程からため息が止まらない"恋する乙女"を見ていると、何かしてあげたい気持ちになってくる。

でも、特になーんもでけへんしなぁー…と、天井を仰ぎ見た矢先に、

天から閃きが舞い降りてきた。


"なぁ、亜矢ちゃん。秀人が帰ってくる日に有休とるか? 秀人には始発で帰れ、って電話しとくからさ。東京駅まで迎えに行ったら?"

亜矢の顔がぱぁ、っと輝く。

"そんなの、いいんですか、卓さん!わぁー!ありがとうございます!"

"全然イケるよ、上手いこと段取りしといたるから安心しぃや"

先程まで悩んでいた"恋する乙女"が、途端にとびきりの笑顔になった。

流石の俺、である。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?