あの日にかえりたい~第三章 現実逃避の街

"もういいやん、過去の話は"

昨日の夜、
秀人がそう言った。

呑み屋をでてから
2人で夜道を歩いて

デートみたいに喋った

最後の最後に。

昨夜はまるで
寝付けなかった。

大好きだった街が、
一瞬にして暗転したって感じ。

当時の私は
この場所にはもう戻って来られないと思って、

この街を出たのに

もう一度ここにくることを
心の何処かで決めていた。


2年半も恋い焦がれて、

東京は
憧れの場所になっていた。


でも、この街には
辛い思い出も沢山残っていたんだ。

来てみて、気がついた。

私はここにいた時、辛かったんだ。

くすぶってくすぶって
答えが出せなかった。

勇気を大阪の何処かへ置いてきて
しまったようで、
一歩も踏み出せなかった。

毎日をこなすしかなかった。


無理ばっかりしてたから
きっと 自分らしくなかった。

誰かに興味を持ってもらえるような、好きな人の気をひけるような魅力が

あの頃の私にあっただろうか。

あの頃の私は
まるで気付いてなかったけど

初めから決まっていたのかも
しれない。

この街は、私にとって
現実逃避の街だった。

"ふぅ…"
静かなビジネスホテルの一室で
私一人だけの溜息がこぼれる。


思い詰めるのはよくないな。

しかも、もう
"終わった話" で。

私は旅行カバンに手を伸ばした。

手帳の中に
行きたい場所リストがある。

"あ、そうそう。
このカフェに行きたい"

単純なもので、
すぐに、気持ちはそちらへ向かう。


なんかどうでもよくなってきた。
今日は、久しぶりの東京を楽しもう。

・ ・ ・

"サヨちゃん!"
しみちゃんが手をふる。

昨夜、私は 居酒屋にうっかり 忘れ物をしていた。

それを届けにわざわざ
車を走らせてくれたのだ。


清水卓。29歳。

彼は物事を"面白いか面白くないか"で
判断する。
一緒にいて、楽しい人だ。

私は地下鉄に乗って
久しぶりの東京を散策していた
ところだった。

早起き過ぎて、ランチにはまだ
時間が早かった。

ちょっとうろうろしてから、
行きたかったカフェに
行くつもりでいたのだ。


お腹、…すいたな。

そう思った矢先、
しみちゃんから
連絡があった。


忘れ物を届けにきたついでに
私をカフェまで送ってくれる。

しみちゃん、やさしい。

そんなことを思って、
サイドミラーを眺めている私に
しみちゃんが聞く。


"クーラー、寒くない?"
"うん、いけるよ。
寒くない"


"サヨちゃん、昨日さ
秀人と何喋ってたん?"

突然の質問だった。

でも、私はしみちゃんに
隠し事をしたことがないから、
構わず 話すことにする。


"んー…しみちゃん、私、実は
秀人に告白しに東京へきたねん"

しみちゃんが驚いて
こっちを向いた。

いつもは彼は驚いたとき、
ひょぇーっとか、
うわぁおいおいおいおいーとか
大袈裟な擬音語を発するのに。

今日は言わない。

"秀人なんて?"

どこかしら、真剣な面持ちだ。

"秀人も好きやったって。
でも、彼の言い方じゃ
それはもう過去の話みたい。

私、頭の中真っ白で
何も言い返せんかった。
もっとちゃんと好きやってこと
伝えるつもりで来たのに。
ふふ…
けどねー、
ま、しょうがないよねー"

明るく喋るようにつとめる。

珍しく
しみちゃんが黙っている。


沈黙が
たえられない。

"秀人は今、彼女がいるんやろ?"

私の咄嗟の問いかけに

答えなきゃな、って感じで
答えてくれるしみちゃん。

"あー、彼女。うーん、まぁな"

左手で頭をポリポリかいてから、
彼は続ける。

"でも、サヨちゃん、あいつ、
サヨちゃんのこと思ってたよ。
最近までずっとな"

"最近までずっと?"

"俺にサヨちゃんのこと
どう思ってるか聞いてきた"

"は?"

"俺はサヨちゃんお気に入りやって
でも、同じくらい由美もお気に入り
やって言った。
あいつ、俺とサヨちゃんが出来てるん
じゃないかって疑ってやがった。
しょーもないやつや"

"へ?なにそれ?"

"わけわからんやろ?"

しみちゃんが苦笑する。

"俺がどう思ってるとか関係あるか、
おまえの気持ちなんやから、おまえでどうにかせいって俺言ったんや。
でもあいつ、勇気なかったんやろ、
サヨちゃんに会いに行くこともできんかった。結局流れたんや"

返す言葉が見つからない。

"それに比べりゃサヨちゃんは立派。
自分のきもちに素直になってちゃんと行動したねんから。えらい、
サヨちゃんはえらい"

大袈裟に、私をほめてくれる。彼なりの慰めなんだろうか。


"あのさ、しみちゃん?"

"ん?"

私は引っかかっていたことを
一字一句 確認するみたいに
聞いてみる。

"秀人は、最近 私のことを
諦めたってこと?"


しみちゃんも私の発した一字一句を
確かめるようにしてから 頷く。

"そういうことちゃう?"

なんか、泣けてくる。
運命を呪いたい気分。

"そっか。やとしたら
あたしらほんまにすれ違いばっか"

また、溜息がでそうだ。


"私もね、諦めそうになった。
東京と大阪じゃ遠すぎるし
もう2年半も会ってなかった。
あの後の連絡先も私、
知らんかったし。
諦めるのが普通やったのかも
しれへん。"

まくし立てて息継ぎをした私を
横目でちらっとみてから、

しみちゃんが相槌をくれる。
"うん"

"実はね、去年一度東京に来たねん。
でも、素通りしてしまった。
真正面から立ち向かえる勇気なくて。ちゃんと笑顔向けられる自信もなかった。また今度来た時にしよう。
もっと私が、イイ女になったら、
とかって言い訳して私は逃げた。
だから…

私、秀人の気持ちわかる"


しみちゃんが笑った。


"やっさしーな、サヨちゃんは。
あいつ、ただのヘタレやで"

"そんなこと…"

"去年一年あいつ大阪におったって
サヨちゃん知ってたか?"

"え?知らん…"

"出張でほとんど大阪におった。
サヨちゃんに逢いにいこうと思えばいつでも逢いにいけたやろ"

"知らんかった…"

びっくりして、声がでない私に、
しみちゃんはふ、と笑いかける。


"そういうの、あるんやな。
おまえらいつも
タイミングが合わんのや"


つられて私も、
ふ、と笑った。

"…そうみたい。
なんか悔しいけど。
あの当時はお互い付き合ったり
できる環境じゃなかったし"

"ま、確かに俺らは
仕事に一直線やったからな。
恋どころじゃなかったか"

"うん。秀人もそうやったし
私もそうやった。でも私は…
秀人が好きやって気付いてしまって
からは、いつか秀人と恋人になるんだって思ってた。
ふふ、
私 超、希望的観測やんな~"


深刻になりたくなくて、
私はおどけた口調で言った。


"はは、せやな。
超、希望的観測な?"

しみちゃんは、屈託のない声で
私の言葉をリピートしてくれる。

その優しさに、
泣きそうになった。

しみちゃんの方を
見れずに、喋る。


"でも、そのまま離れ離れになって…

まさか、こうなるなんて
あの時は思わなかったけど、
今はもう、秀人が遠すぎる"

隣で、しみちゃんが頷く
気配がした。

私は大きく息を吐いた。

"私、けじめつけたくて
ここに来たねん。

多分最初からもう、
諦めるつもりやった"

自分の言葉に自分が反応する。

これが、たぶん
私の本当の気持ちなんだろう。

"諦める、…か。

サヨちゃんは、
結果的にそれでよかったん?"

しみちゃんの探るような問いかけ。
なぜか、不思議と迷わなかった。


"うん、よかったかな"

私はまっすぐ前を見て
そう答えた。


しみちゃんが、笑う。

"ほぉか。ほんならええやん。
大丈夫やて、サヨちゃん、
ええ男はいくらでもおるて"


しみちゃんの笑顔は明るい。
見てると元気をもらう。

"ふふ…そうやね"


見慣れない場所で
車がゆっくりととまった。


"ほら、着いたで。
ここちゃうの"

気づけば、私の来たかった
カフェの真ん前だ。


"あ、うん、ここ。
さっすが、しみちゃん。有難う"

うながされて私は
急いで車から降りた。

窓越しに
しみちゃんにお礼をいう。


"しみちゃん、ほんまに有難う。
なんか元気にでた"


"おう!"
しみちゃんが手をあげる。


ちょっと遠いその手に、
私はハイタッチをした。

"また会おうね!"

"おぅ、またこっちおいでや"

目の中が見えなくなるくらい
目を細めて、笑顔を作るしみちゃん。

その笑顔のまま、車を走らせる。

"しみちゃん、ちゃんと目あけて
運転して"

そう、私に突っ込まれながらも、
しみちゃんは線でかけそうな
笑顔のままだ。

"ほんっまに…"

少し心配になって

交差点を曲がるまでの間ずっと、
私は黒のハイエースを
見送るはめになった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?