【番外編・その❶】 再会の1年前。東京にて。 (2011年 7月)/卓)

※短編小説 〜あの日にかえりたい〜本編をご覧になってない方には、内容がわかりづくなっています。まずは本編をご覧になってくださいね。


・・・

"うぇーい。お疲れ"

プシュっと小気味いい音をさせてタブを開け
清水卓は、秀人の缶に自分の缶を突き合わせた。
カスっと鈍い音が鳴る。

"お疲れっす。あ、ビールの差し入れ
ありがとうございます"

乾杯された缶ビールの口を開封しないまま、軽く持ち上げて、秀人は軽く会釈する。


"おー。優しい先輩に感謝しろよ。
…2ヶ月ぶりくらいか。元気でやってんの?"

そう聞きながら、テンポよく グイっとビールを流し込む" 自称・優しい先輩 " に

"あぁ、はい。元気ですよ" と
秀人は、そっけない。

作業中のパソコンの横で麒麟のロゴが
カタカタカタカタ…と揺れている。

"新米社長さんは、仕事に精が出まんねぇ。
ちょっとは 手ぇ止めたら?"

"んー、でも これだけは 今日中にやっときたいんで"

目線を合わせもせず返事をしてくるツレない後輩に 思いのほか、寂しい気持ちで

ふーん、、と卓は言った。

その様子にさすがに愛想がなさすぎた、と反省したのか
秀人のタイピングの手が止まる。

"まだ立ち上がったばっかで、しかも10月末までは
大阪オフィスなんで、余裕ないんすよ。
卓さんぐらいのベテランになったら
話は別なんでしょうけど。

…て、卓さん。なに 壁見てニヤけてんすか?
キモいっすよ"

"お前は…相変わらず口が悪いな"

"だってキモいっしょ。何もないとこ見てニヤニヤします?フツー。変態っすね"

"うっさいなぁ。。昨日、サヨちゃんと電話した時の会話を
ふと思い出してただけやんか"

ちょっとは息抜きになるやろ思て来たのに、と悪態をつきながら、まだ半分ほどしか進んでいない缶ビールを手に、清水卓は立ち上がった。

"仕事の邪魔して悪かったな、もう帰るわ"

その背中を目線で追いかけ、声をかける秀人。

"あ、の、…卓さん?"

"んー?"

"卓さんってサヨさんと付き合ってんすか?"

"…はぁ?なんでまた?"

思いがけない質問に振り返る。

"いや…えっと。2人はプライベートでもそうやって電話する仲なんや、と思って"

"別にそんなんとちゃうけど"

" そうす…か? 付き合ってないんすか?
別に僕に隠すことないでしょ、そこ、はっきりさせときましょう! 卓さんも、サヨさんのこと好きなんじゃないんすか?"

"おいおい、なんやねん。急にグイグイくるやんか。気ィ悪いから帰ろ、思たのに"

その語尾を聞き終わるかおわらないかくらいで、秀人が自分の缶ビールのタブに手をかけ、プシュ!っと綺麗な音を鳴らす。それから、さっきまでとは一転して、明るく声を張り上げた。

"いや〜やっぱ飲みますかね!久しぶりやし!"

無責任な奴だ、と思いながら、可愛い後輩のツンデレな態度には苦笑してしまう。

"まぁ、ええけど"


"…で、秀人。卓さんも…ってなんやねん? "も" 、って"

"や、サヨさんモテてたから。みんな好きだったでしょ。サヨさんのこと"

"え。、知らんけど。てことは、ふーん、、お前も好きやったん?"

"いや、僕のことはまぁ、いいじゃないすか"

一旦、濁してから、続ける秀人。

"一昨年の暮れだったか…サヨさんが東京オフィス最後の夜、卓さん、率先して送ってったでしょ。あの時僕、ちょっと気になって"

"んぁ?…せやったか?あれ送ってったんは、俺がたまたま大阪の実家に帰る用事があったからやろ。 昨日も由美と呑んでたら、偶然あいつの携帯にサヨちゃんから電話があって、スピーカーで喋っとったんや"

"…そう、なんすね"

心なしか、秀人がほっとしたように見える。

"好きか嫌いかで言うたらサヨちゃんのことは大大!大好きやで。まぁ、お気に入りやわな。それで言うたら、由美もや。秀人が入社する前から、俺ら3人は切磋琢磨しとったから 心通わしてるとこあんねん。

…な、俺らのチームワークがどんなもんやったか教えたろか?

おーい、お前!人の話聞けー"

徐々に熱を帯びる話し声とは裏腹に、秀人は上の空だ。

"卓さんのそういう系の話は、長くなるから嫌なんすよ"

"はぁー。もうええ。もうええわ、喋らんわー"

遠慮のない後輩だ、とふてくされた卓は
ふと気になっていたことを思いだして、話題を変えた。

"あ。そういやーさ、お前、亜矢ちゃんとは付き合わんのか?"

"え、亜矢?なんでっすか?"

"オイオイ、とぼけんな。あんだけアプローチされてて知らんふりは無しやろ"

"んー…亜矢は良い子だと思いますけど。今はそんな気分じゃないんすよ"

"仕事が忙しすぎて…?"

"まぁ、そんなところすね"

"秀人さぁ、そんなこと言うて、他にも引っ掛かるとこがあるんちゃう?"

"どうゆうことっすか"

"知らん。自分で考えてみ"


"知らんって…自分から言っといて、なんなんすかー…"

残りのビールを飲み干した卓に、秀人が
次の缶を手渡してきた。

"お、気がきくやん"

呑み始めると時間が経つのは早い。
夜も更け、2人はそのままペースよく呑み続けた。
いよいよ いい感じに泥酔している。

オフィスに保管してあった 頂き物の焼酎の封まであけてしまう始末である。


"なぁ?さっきさ、お前 濁してたけどさ、

サヨちゃん…か? 引っ掛かってんの"


"なにがっすか?"

"なにがって…だから、お前はサヨちゃんのことが好きなんかって?"

"いや、んー、好き…ていうか、、好きやった、ていうか。。

もぅ、わかんないすわ。サヨさんが会社辞めてからは全然、会ってもないですし"

"なーんか、すかっとせん返事やなぁー"

"そんなこと言われても…"

"てか、いうてサヨちゃん大阪には住んでんねんから、逢おうと思えば いつでも逢えるやんけ。
秀人、来週から、また大阪やろ?"

"いやいや、そんな。無理っすよ。無理無理。逢わなくなってもう1年半すよ。きっと、サヨさんだって彼氏いたりとかするでしょうし"

"無理かどうかはそんなもん、わからんやんけ"

"いや、だって、今更でしょ。別にいいんすよ、、もう、サヨさんのことは。…すいません、忘れてください、この話"

"お前なぁ、それ…"

秀人らしからぬ、投げやりな態度に、卓は言いかけた言葉をうまく紡げず、そのまま盃の中の残りの焼酎と共に 飲み込んでしまった。

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