【番外編・その❻】本音。(2011.11.2/秀人)
その直後。
オフィスの入り口付近がざわざわっとした気がして、窓から路上を見やっていると、数分後にはエレベーターのランプが点灯し、
おはよー!と、他の社員たちが出勤してきたので
話が続けられなくなってしまった。
大阪土産をみんなにシェアしつつ、少し談笑した後に、有休をとっている亜矢と俺の2人は
お邪魔虫扱いされ、オフィスを出る。
亜矢が、夜のパーティの準備のための買い出しにこれから行くというので
それなら車だすよ、と提案した。
ネタにする魚介 数種類に、塩や酢などの調味料、惣菜サラダ、お酒など飲料、おつまみ、それにシャリの為の米袋も買うと、なかなか膨大な量になる。
ついてきて良かった。
女の子がこれを一人で運ぶのは大変だ。
"亜矢、ごめんな。貴重な有休やのにこんなことに使わせて"
ワゴンに食材を積み終えて、助手席に乗り込んできたところで声をかけると彼女は、そんなこと 気にもとめてない、という風に微笑んで
" いいですよー、全然。" と言った。
秀人は、別で買っていた今飲む用の珈琲を、亜矢に手渡してから、自分のを一口だけごくり、と飲み、
意を決して、話しだす。
"今朝のさ、付き合う、って話やけど…"
ルームミラーに映る亜矢が、神妙な面持ちで
小さくうなづく。
"まず、亜矢の気持ちは本当に嬉しい、と思ってる。
…なんやけど。ごめん。なんか、まだ違う、ねんな。亜矢がどう、ってことじゃなくて…その、
誰かと付き合う、とかっていう気持ちに 今はどうしてもなれない"
珈琲には口をつけずにカップを握りしめたままの体勢で、亜矢は静かに黙っている。
情けない話やけど、と 前置きをしてから
秀人はさらに続けた。
"最近まで、ある人のことを引きずってた。
素直になれなくて、気持ちを伝えられずじまいで別れてから、何年も時間だけが経って。。
自分の気持ちやのにな、どうしたらいいかがわからんくてさ。
彼女との間に希望はないってことが分かってからは 逆にホッとして、もうあんな苦しい思いはしたくない、と思った。
だから…まぁ、それが理由になるかはわからんけど、今の俺は、誰かを好きにはなれないと思う。"
まっすぐな気持ちを向けてくれた亜矢には
こちらももっとちゃんと正直に、いろんなことを話さないといけない気がしていた。
だけど、言葉を紡ぐのが難しい。
自分でもうまく伝えられた感じはしないが、ひとまず話し終えて、ふぅ、と力尽きたような息がでる。
バトンを受け取ったかのように、次は亜矢が話し始めた。
"あの、実はわたし。秀人さんは、どこかの誰かのことをすごく好きなのかもしれない、ってなんとなく感じてたんですけど。"
ルームミラー越しに、目と目が合う。
"でも、だからといって、わたしは自分の気持ちをごまかすなんて出来ないんです。
秀人さんに、わたしのこと好きにならなくていい、なんて言えない。好きになって欲しいんですもん"
なんと返事をすればいいのか、ただ うん…、と相槌を打つくらいしかできない。
"…だけど、事情はわかりましたから。無理にどうしてほしいなんて言いません。"
亜矢は優しく、でも、きっぱりと言う。
"ほんとにごめん。こんなん我儘やとわかってる。でも、…受け入れてくれてありがとう"
秀人は、心の底からの感謝を述べた。
"さっきのは強引だったって自覚してるので、もうあれは無かったことにしちゃいましょうか"
そう言って、にこ、っと笑った亜矢に救われた気持ちになる。
彼女はいつか、俺のピースになりえるだろうか。
・・・
夜のパーティの時間になった。
亜美の握ってくれた寿司はうまいし、お酒は美味しいしで、最高の時間である。
無事に任務を遂行できた、達成感もある。
オフィスから徒歩圏内で帰れるので終電を気にする必要もない。
今日は、気持ち良く酔えそうだなー、とニヤニヤしているところに
もっとニヤニヤ (いや、ニマニマって感じか)した
悪代官のような表情をした男がやってきた。
卓さんだ。
これはかなり、泥酔してるな。
持参した焼酎の瓶と盃を2口、目の前の机の上に置き、秀人の隣を陣取ると
"おい、今朝は俺、びっくりしたぞ " と言う。
"何が…すか?"
この人の一言めは、いつも意味不明だ。
"何がって、とぼけんなよ〜!お前ら付き合うことにしたんやな!おめでとう。へい、乾杯。"
ひそひそ声で祝福をし、強引に盃をチン、と鳴らしてくる。
"へっ?"
"今日は朝から千葉まで行かなあかんかったからさ。そのまま直行のつもりやってんけど、
大事な企画書を忘れてもうててな!オフィスに取りにいったら、亜矢ちゃんが嬉しそうに、今日から2人は恋人同士!とか叫んでるもんやから…
笑ってもたわー!はははっ!"
まじか…。飛んだ誤解を生んでしまったみたいだ。
"いやさぁ〜、盗み聴きするつもりはなかったよ、もちろんそんなつもりはなかってんけどもね〜〜"
なんだ、、この酔っ払いは。
上機嫌で一人喋りを続ける卓に、ここから事情を説明するのも面倒だ、と感じた秀人はまぁ、修正はいつでもいいだろう、と呑気に思う。
隣で浴びるように酒を飲んでる悪代官様含め、
東京オフィスのみんなの空気が暖かい。
あー、帰ってきた、という気持ちである。
秀人はその場の心地よさに浸りながら、盃を傾けた。
完。
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