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私は私を満たせない

可愛くなりたい。
おしゃれになりたい。
かっこよくなりたい。
賢くなりたい。
物知りになりたい。
センスがよくなりたい。
知識も教養もあって知性あふれる人になりたい。
「いい仕事」ができる人になりたい。
人から憧れられたい。
何においてもまわりの人から一目置かれたい。
うらやましがられたい。

うらやましがられたい。

うらやましがられたい。


私自身のここ数年の生活環境からしても、「うやらましがられたい」という人間の感情に接することは多かったと思う。

ビジネス書・実用書の編集をしていたので、仕事で参考に目にする本のタイトルにはたいてい「ビジネスに効く」「成果を出す」「デキるビジネスマン」とか書いてあった。

コンテンツとしては、タスクのこなし方、時間の使い方みたいな仕事術に加えて、最近は「教養」系とか、言葉づかい、上司との付き合い方なんかの、コミュニケーションに関するものが多いと思う。

「今より少しいい自分」になるための方法論を求めて、みんな本を読み漁っている。方法論を知識として吸収すれば、変われるって思ってる。思いたい、かな。


背景にあるのは、自分で自分を満足させたいってことだけじゃなく、その自分を人に知ってもらって評価される「承認欲求」。

これはどこの業界でも共通だろうけど「読者(消費者)はバカだと思え」と私も上司によく言われた。いろんな側面から語ることのできる格言だけど、少なくとも読者は「頭が悪い、レベルが低い」ということではない。今回のnoteで引用したいのは、編集者は読者の無自覚な潜在的欲求を刺激しなければならない、という考え方。

すでに顕在化している欲求に応えるのは教科書やマニュアル、ガイド的な本。読み物タイプの本を手に取らせるには、深層心理をくすぐらないといけない。

「こういう本を読んでます」ということすら、他人へのアピール、セルフブランディングの一部になるから、「知的好奇心が旺盛」で「人に憧れられたい」人に向けて、コンテンツのレベル感より少しおしゃれに、インスタに写真を載せたくなるような、装丁を意識する。帯コピーでもあまり露骨なアオリは入れない。あくまで「スマート」さを感じさせる。


つくる側としてそういうことを意識してきたので、ツイッターでオタクたちが「自慢話」をしつつ「え、自慢じゃないですけど」っていう顔をしているのを見ていて、ああ、人はどうしてこんなにも「自分の欲求に無自覚」なんだろうと不思議に思う。

みんな「私は人にうらやましがられたいです」って言わないよね。不思議。うらやましがられたいの、私だけなのかなって戸惑う。私はうらやましがられたくてたまらないのに。無自覚なのか、隠してるだけなのか、わからないけど。

私は、うらやましがられたくてたまらないから、まわりに愛されてる人を見ると嫉妬する。私のすきな人と仲良い人に嫉妬するし、私の仲良い人のことをすきな人はみんな敵だと思ってる。私のすきな人が憧れてる人もみんな消えてほしい。私だけで世界がいっぱいになったらいいのに。ならない。

無邪気に自慢話――ただ嬉しかった話、ができる人を見ると嫉妬する。その素直さも、純粋さも、「愚か」さも、おおらかさも、包容力も、私にはない。


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