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「どこからそう思う?」フィリップ・ヤノウィン

「学力をのばす美術鑑賞」というサブタイトルがついています。惹かれますね!
鑑賞するということを考えなければいけないと思いました。作り手でありたいとすれば、同時に自分自身もある程度すぐれた鑑賞者でないといけません。そして鑑賞者にどう訴えるかということを考える。日本のアーティストは、鑑賞者に向けて訴える努力は充分にできているでのしょうか。他の国では何をしているのでしょうか。それを知りたくて手に取った本です。

さらりと一読して、ふむふむ、なるほど。MoMAでも作品に興味を持ってもらうために、努力してるし苦労もしてるのね。
この本で紹介されているVTS(ビジュアル・シンキング・ストラテジーズ)という鑑賞方法は、そんなに特別なことではなさげに見える。題材がアートということを除けば、学校の先生なら普段からやっていることに近いかも。否定せず、活発な会話を促すこと。
むしろそういうことを今までアート鑑賞の中でやってこなかったことが問題なのか…
などと考えつつ、最後の翻訳者あとがきへ。

え、ここにえらいことが書かれてる!

(1991年当時、対話型鑑賞を日本に紹介しようとした翻訳者に対して)「福さん、日本でキュレイターとしてやっていきたいのならば、教育普及の話題には触れない方がいいよ。見下されるから」とアドバイスしてくれた親切な学芸員もいました(笑)

P.228より

なんじゃそりゃー!
意味わからん!
なるほど、こんな価値観でやってたとしたら、鑑賞教育が発展するわけないわ!
とまあなかなか衝撃を受けました。

「優れた鑑賞者がいるからこそ、制作者も切磋琢磨できる」(P.231)という当たり前のことが、こんなにはっきりなおざりにされていたとは。
その後の2004年から、翻訳者の福のり子さんは大学で対話型鑑賞を教えるようになりました。最初はそのこともなかなか理解されませんでしたが、現在では「批判はすっかりなくなった」と書かれています。
今では多くの美術館で、来場者を集めるためのワークショップなどが行われていて、確かに状況は変わってきたのでしょう。
しかしたった30年ほど前の日本の美術鑑賞に対する考え方がそのようなものだったとは。
芸術とは、一部の限られた人にのみ開かれた特権という認識だったのでしょうか…。

この本の中で、いくつか気になったこと。
ひとつは、このVTSという鑑賞方法の、小学生を対象にした部分しか書かれていないこと。もっと大きい子や大人に関する内容は別の本やサイトにあるようです。大人や、ティーンエイジャーに初めて行う場合のやり方は、この本にはありません。
ふたつめは、教材となるアートは「具体的なものをモチーフにした平面作品」ばかりでした。'アート作品'というにしては、偏ってるかな。そして題材の選定がとても重要ですね。これがよくないと大失敗しそう。
3つめは、あとがきの中にもあったとおり、「『コミュニケーションを介した鑑賞教育』と『鑑賞を通したコミュニケーション教育』の2本柱」(P.235)なことが、VTSの最も価値のある点だと思われます。そうするとサブタイトルの「学力をのばす美術教育」は、ちょっとミスリードを呼びそうな気がします(実際、私は的外れな心づもりをして読み始めました)。

私の理解をまとめてみると、
・このVTSとは、視覚芸術を介したコミュニケーション教育を振り出しにして、各教科に応用できるものである
・視覚芸術の利点は、分かりやすい(言語より)こと、謎めいた部分が興味を引くこと、オープンエンドな問いであることが明白などの理由で、子供に自由な発言を促しやすい
・効果としては、コミュニケーション力、言語力、思考力などの発達が見込まれる
ということです。
そもそものスタートだった「美術館での教育プログラムを充実させる」にフィードバックするなら、「だから美術鑑賞は大事なんだよ(だから美術館に行きましょう)」となるのでしょうか。そちらへの訴えかけにはやや弱いかな…
むしろ教育方法のアプローチとしての面が一番有効に思います。

鑑賞教育の見直しとして、参考になったことがあります。
子供たちへの題材選びについての記述で、

作品の主題は、子どもたちにもわかりやすい、親しみのあるものが良い。しかし一方で、彼らの観察、想像、感情を刺激する謎めいた部分も含まれていることが望ましい

p.42より

とあります。それに当てはまるものを、例えば私の身近にいる13歳の複数の子供たちのために考えてみると、どうでしょう。
殆どの名画が該当しません。
多くの名画と言われるものは過去のもので、多くの子供たちの理解と関心の外にあることに、改めて気づきました。

私たちは、今、いる私たちのためのものを創造するべきですね。
過去に目を向けすぎることに気をつけて。

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