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「ジョブ型」・「メンバーシップ型」 どちらを選ぶ? 実務の視点から。

はじめに

先日、Yahoo ニュースに、「日本」と「日本以外」の雇用管理の形態を、それぞれ「ジョブ型」「メンバーシップ型」と類型化した濱口先生の記事が掲載されていました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/6853d756e73d5b8bc4b30a2efd5c3c05476fd624?page=1 

この記事の冒頭にもあるように、一時期、「日本企業もジョブ型に切り替えるべき」という言説が盛んでした。一方、最近はバックラッシュ的な、「日本企業は以前から人を大事にする経営が強みなのだから、欧米流の、人を人とも思わない雇用管理の導入なんてけしからん」的な意見も耳にすることが多くなりました。個人的には、感情的なバックラッシュで日本企業がせっかくの変革の機会を失ってしまうとしたら本当にもったいないですし、冷静な議論が広まってほしいと感じています。

私はアカデミックなバックグラウンドはありませんが、欧米企業・日系企業両方で人事を経験した実務家の立場から、各企業がジョブ型・メンバーシップ型のどちらを選択すべきかについて、学者やコンサルタントの方からはあまり提示されていないと感じる視点をいくつか提供したいと思います。

議論の前提として理解が必要なこと

まず、「ジョブ型」or「メンバーシップ型」は、いわゆる「人事施策」ではない、という理解が必要です。むしろこれらは、人材マネジメントのあり方をどう考えるかについての、ファンダメンタルな思想の型です。「施策」のレベルとは1つ抽象度のレイヤーが異なる議論である、という認識が必要です。

どちらの型を採用するかを選んだら、その型に基づいて、個々の人事施策(等級、評価、報酬など)を整合性を持って組み立てていくことになります。ジョブ型 or メンバーシップ型 は、ある意味「OS」的なものであり、個々の人事施策は、その上で動く「アプリケーション」のようなイメージを持っています。

濱口先生の記事にもあるように、「ジョブ型」は欧米に限らず、日本以外の国で一般的な雇用管理の型です。私は、論理的に「普遍的な雇用管理のあり方」を突き詰めていけば「ジョブ型」にならざるをえない、一方、戦後日本の社会環境に適応させた日本の大企業固有の雇用管理の形が「メンバーシップ型」である、と理解しています。

「仕事があって、それへの対価として賃金が発生する」のが普遍的な資本主義経済のロジックであって、「仕事があってもなくても、とにかく人材を雇用する」というのは日本の大企業に特殊な雇用契約形態だと言えるでしょう。

なぜ日本でこうした特殊な雇用管理の形態が発達したかは割愛しますが、こうした前提を理解した上で、人事マネージャーとして自社がどちらのOSを取るべきかを、どう決めたらいいのか。今日は、2つの論点を提供します。

1.各ポジションの専門スキルをどの程度重視するか

まずは、各ポジションごとに「専門スキル」をどの程度重視するかです。この点は、欧米企業のコンテキストで人事を議論するときと、日系企業の集まりで人事を議論するときに最も大きなギャップだと感じるところです。

例として、「人事オペレーションを短期間に改革しないといけない」という課題があり、今、それができるスキルと経験を持った人材が社内にいないとします。こうした場合、欧米ジョブ型企業の発想は、「それができるスキルを持った人材を採用しよう」。一方、日系メンバーシップ型企業では、「社内にいる人材に研修を受けさせよう、学ばせよう」となる傾向があるのではないでしょうか。

欧米ジョブ型の人事運用では、1つ1つのポジションが高いレベルで職務遂行されるために必要な人材要件をまず明確にします。そして、社内外のどちらからかを問わず、最も適したスキルや経験を持った人材をそのポジションに就けることを重視します(これは一般論なので、何らかの事情で社内人材を優先させることもありえます)。

この、「ポジション設計」→「必要な人材要件の明確化」→「それに向けたBuy/Build/Borrow (採用 or 育成 or 異動) の戦略策定と実行 」というのが、 ラインマネージャーとHR ビジネスパートナー(部門担当人事マネージャー)の基本動作になります。HRBPには、日本企業でいうところの「人事権」のようなものはありませんが、ラインマネージャーとの議論をファシリテートし、Buy/Build/Borrow の最も適したうち手を、ラインマネージャーのパートナーとして打っていくという戦略的な役割を担っています。

この点についてまとめると、「優秀な人材を確保して、自社内に蓄積された知識・スキルをしっかりと獲得させる。何か新しい課題が生じても、優秀な社内人材ならすぐに学んでしっかり対応できるはず」という発想なら「メンバーシップ型」。「その時々のビジネス環境で必要となるスキルを毎回社内人材に学ばせるのは非現実的。必要なスキルが社内にないなら、積極的に社外から(採用を通じて)取り入れる」という発想なら「ジョブ型」が親和性が高いのではないでしょうか。

さらに言えば、自社が置かれたビジネス環境の変化のスピードをどの程度だと考えるか。「社内知識を精緻に蓄積し伝承していくこと」と、「社外から(自社の理解は浅くても)多様な知を取り入れ革新を図ること」のどちらが重要だと考えるか、と言い換えても良いかもしれません。

2.グローバル一体運営を追求するのか

また、もう1点、あまり議論されていないと感じるのは、グローバルでの一体運営の重要性が自社にとってどの程度かという点です。

上述の通り、日本以外における普遍的な雇用管理の型が「ジョブ型」です。グローバルカンパニーとして、国境を意識することなく、グローバル全社で一貫した人事ポリシーを持って運営をしたいと考えると「ジョブ型」にするしかないでしょう。

欧米グローバル企業では、国ごとではなく、ビジネスのロジックで組織設計をすることが当然となっています。例えば、事業部長はアメリカにいるが、その部下である製造のリーダーは工場のある中国にいるようなケースです。グローバルなビジネスをしている企業では、こうした国をまたぐレポーティングライン(上司部下関係)はよく生じます。こうした場合、アメリカ/中国といった国ごとに等級制度や評価制度が異なっていると人材マネジメントが非常に煩雑になってしまいますので、グローバル一気通貫の人事ポリシーがあることが優位性になるでしょう。

この論点も、自社の事業特性によるでしょう。日本と海外では、人事組織運営の考え方も制度も異なっていていいんだ、と割り切るなら、この論点の観点では、メンバーシップ型でも問題ないと思います。

例えば、以前勤務していた保険会社では、国ごとの規制による事業への影響が大きく、グローバルな一体運営を追求するメリットがそれほどなかった印象です(20年前の経験なので、今は異なるかもしれません)。

一方、グローバルでスケールを追求するようなプラットフォームビジネスやメーカーなどは、グローバルで一体運営できるケイパビリティが競争優位となるのではないでしょうか。その場合は、グローバルに普遍的に通用するジョブ型に合わせていくことを目指すのも一案です。

メンバーシップ型が活きる例

私自身は、グローバル連携が多かったり、スキル重視がフィットする事業体での経験が多く、ジョブ型ベースの発想をすることが多いです。そのため、最近は、「メンバーシップ型」こそが活きる組織例にはどんなものがあるのかと興味を持って観察していました。

そんな中、先日、カンブリア宮殿で、「焼肉きんぐ」等の飲食チェーンを運営している「物語コーポレーション」という企業の特集を拝見し、こういう企業ならまさに「メンバーシップ型」がフィットするのだろうなぁと感じた次第です。

社長さんが現場主義で、徹底して顧客のフィードバックや、過去の出店時のラーニングを生かしておられます。社内ノウハウの蓄積と、細かいところまで徹底的に議論して改善を突き詰める企業文化、店長の人材育成ノウハウなどが、競争優位の源泉になっているように感じました。

基本的にローカルなビジネスであり、何か外部環境における技術革新スピードが急激というわけでもない。新卒で、人物的に信頼できそうな社員を採用し、1人1人しっかりと育成していく。社内ノウハウの蓄積や、徹底して検討を重ねる企業文化、店長育成の仕組み等が競争優位であり、メンバーシップ型がフィットする典型例を見たように感じました。

最後に

最後に、ジョブ型に関して、誤解が多い点についても指摘しておきたいと思います。

濱口先生の記事もよく読まないと誤解してしまうのですが、ジョブ型と言われる欧米企業でも、社内で、異動も昇進も転勤もあります。原理原則としての「ジョブごとの契約なので異動がない」という考え方と、実際の運用は異なりますので注意が必要です。「ジョブ型は柔軟性がないから日本企業に合わない」という議論には注意した方が良いと思います(柔軟に運用すればいいだけです)。

この点について決定的に違う点があるとすれば、会社が「人事権」なるものを持って、本人の意向に関わらず、これまでと全く異なる職種への転換や転勤を命じられるかどうか、ではないでしょうか。メンバーシップ型である日系企業と異なり、欧米企業では、異動や転勤は本人の同意が原則となっています。

とは言え、日本社会ももう少し雇用が流動化してくれば、「本人の意向を聞かずに異動や転勤を命じるなんてことをしたら社員が退職してしまう」、という時代がやってくるかもしれません。「異動や転勤は本人の同意を得てから決める」ということは、ジョブ型かメンバーシップ型かに限らず、今後の世の中の流れになっていくのではないかと個人的には思っています。

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