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「解雇の金銭解決」の論点とは?

「解雇の金銭解決」 - その語感だけで、反射的に拒否反応を感じる方も多いかもしれません。今回、労働法が専門の倉重公太朗先生の「雇用改革のファンファーレ」を読む機会を頂いたのですが、改めてこれはきちんと考えるべきテーマだと思ったので、考察してみます。

解雇は容易に認められないが、実際には行われている

日本の労働法では、会社がいったん正社員として雇い入れると、よほどのことがない限り「解雇」はできないことになっています。定年制は認められているため、60歳(再雇用期間も含めると65歳)で雇用を終了することはできますが、その時点まで、社員側によほどの落ち度がない限り、会社側から社員に対して労働契約終了を申し渡す(=解雇する)のは非常に難しいのです。

日本で大企業勤めをしている人にとっては、「解雇されないのは当たり前」といった感覚になるかと思いますが、経営者側にとって「解雇できない」というのはかなり厳しい条件です。VUCAの時代、大企業といえども、この先数十年安泰と思える会社は少ないでしょう。そんな中、仮に20歳の社員を正社員として雇用するということは、企業にとっては、途中解約のできない40年契約を結ぶのと同じ。長期に固定費をコミットすることになります。

90年代初頭のバブル経済崩壊を機に、既存社員を解雇できない法的制約があるために新規採用が抑制され、就職氷河期を生み出しました。その後、正社員の採用は以前と比べて抑制的になり、「非正規雇用者(パートや契約社員、派遣社員等)」の割合は、平成の30年間で約20%から約40%まで上昇しています。

そうはいっても、大企業なら、余剰人員や思うような業務成果を上げられない社員についても、ある程度まで解雇せずに抱え込む体力があるかもしれません。一方、中小零細企業では、こうした社員を雇い続けることは体力的に難しいでしょう。

"労働法を守るかどうかは、大企業と中小零細企業で実態が大きく異なる「ダブルスタンダード」の状態である" (「雇用改革のファンファーレ」より)

身の回りに事例がないと実感が湧きづらいものですが、解雇は中小企業などでは、日本のいたるところで行われているのが実態のようです。


解雇された人に現実的なメリットのある「解雇の金銭解決」

「雇用改革のファンファーレ」では、著者の倉重先生は、上記の実態を直視し、現実的な解決策としての「解雇の金銭解決」を提示しています。

現在の日本の、「解雇は、よほどの理由がなければダメ」という法的建前のある中で、それでも解雇されてしまった労働者には何ができるのか。

このような場合、労働者は「解雇無効」を訴えることになります。本当に元の会社に戻って働きたいかどうかは別として、建前としては、「解雇される理由はないので、雇い直してほしい」と訴えることになります。実際には、争いの過程で「和解(金銭解決)」に至ることがほとんどですが、そこに至るまでには、そもそもこの解雇の妥当性がどの程度なのかが争われます。時間も、労力も、そして裁判の場合には弁護士費用などもかかります。

労働局には、毎年、「雇用終了」に関して7万件程度の相談があるということですが、そのうち、裁判での判決にまで持ち込まれる解雇案件は年間100件程度。たいていのケースでは、何もしないで泣き寝入りか、和解(金銭解決)に終わっていることが想定されます。それなら、最初からきちんと「解雇の場合には企業がいくら相当の補償金を支払う必要があるか」が法制度として決まっていて、解雇時に迅速な補償金支払いが徹底される方が、解雇されている労働者の大半にとっては現実的なメリットがありそうだといえそうです。

「解雇の金銭解決」反対の論点とは

一方、この制度への主な反対意見は、「こんな制度を作ってしまうと、お金さえ払えば企業が簡単に解雇できてしまう、結果として解雇が乱発されてしまう」というもののようです。

さらにこの主張の「前提」を考えてみると、労働者に現実的なメリットがあるかどうかはさておき、「そもそも日本では、解雇しちゃいけないんだから、解雇を前提とした制度を作ってはだめでしょ」ということなのかもしれません。

こう考えると、「解雇の金銭解決制度」の是非について議論すべき点は、現実的なメリットの有無以前に、そもそも、今の労働法の、解雇はダメ! という厳しいスタンスを、日本社会は今後も維持し続けるべきなのか、という点なのかもしれません。


今後の「労働法」のあり方を考える糸口としての「解雇の金銭解決」

経営者が好き勝手に解雇するようなブラック企業は論外ですが、中小零細企業の中には、事業の存続上、たとえ違法と言われようと、従業員を解雇せざるを得ないケースもありそうです。

また、日本の大企業では、先に述べたように、90年代の不況時に新規採用が冷え込み、若年層での非正規雇用の割合が大幅に増加しました。経済合理性で動く企業に対して、労働市場に強い解雇規制があることで、マクロで見たときに社会に大きなゆがみが生まれているように思います。

フリーランスや非正規雇用で働く人が増えている中、大企業正社員の雇用だけを何にも先駆けて守る現在の日本の労働法の枠組みは制度疲労を起こしているように感じます。一見、労働者に優しいようで、実際には企業側の雇用抑制を生み、社会全体で見たときには必ずしも労働者のためになっていないのではないでしょうか。

日本では、戦後の労使の闘争や協調の中で、「配置転換は許容するが雇用は維持する」という方向性が形成され、「企業の解雇権を制限する」判例が積み重ねられてきました。

しかし、時代は変わっています。雇用維持重視の「メンバーシップ型」から、社員個々人のスキルや Employability を重視する「ジョブ型」にシフトする企業も増えてくるでしょう。新しい時代に即した労働法のあり方についての議論が必要ですし、解雇の金銭解決についての議論は、その1つの糸口となりそうです。


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