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光る人

指先が、僅かに触れてちらりと光る。冷たい。
心臓の音が指先にまで満ちる。
もうどれだけの時間こうしているか分からない。
柔らかいリズムを崩さないように、息を潜めるように呼吸する。
耳に入ってくるのは不安定に揺れる、浮かれた太鼓と笛の音。
複数の話し声と雑踏はその遥か遠くへフェードアウトする。
かがみこんだ腰が痛む。
少し目を細めて水面を真上から見つめる。
何度も直線を確認し、恐る恐る指を離した。
放たれた薄く鋭い白銀色の円形は、不規則に翻り、いくつもの曲線を描いて、きらきらと光りながら、ゆっくりと、底へと沈んでいく。
キン、と陶器と金属がぶつかる音。微かな泡の音。私にしか聞こえない。
描いた線から少しズレて着地した。
大量の一円玉がチラついて乱反射する透明な明るい底に、新しい白銀の光が静かに鎮座する。
あまり広くない神社に張り巡らされた提灯が赤く滲んで視界の端に映る。
左手からもう1枚取りだして、目を離さずに、慎重に水面に触れる。
鼓動する人差し指と親指の間から、ひんやりと、小さな光が、1枚ずつゆっくりと吸い込まれる。

真後ろを誰かが通過する足音。
少し我に返って、膝に砂利が食い込んだ痛みが浮かび上がってくる。
つい先程まで盛況だった景品屋台ももうほとんどが片付けに取り掛かっていて、一緒に来た私の友人たちも、もうとっくに人混みに沿ってこの喧騒から消えていっただろう。
存在を忘れられて完全に置いていかれた私は、焦りとも諦めともつかない心が重みになって、立ち上がれない。
顔を上げると、額にタオルを巻いた中年の男がこちらを見ている。
訝しげな目。すぐに逸らして、向こうにいる大人と話し始めた。
自分が最初から誰の目にもつかない存在なら良かったのに。

汗ばんだ左手の拳に数枚握りしめていた最後の1枚を、指先でつまんで水面にかざす。
今回はあまり確認せずに人差し指と親指を離す。
指先の鼓動から離れた光は、グラグラと歪む水中を呆気なく揺れ落ちて、また猪口に入ることなく着地する。
水槽の底を見つめる。
溜まる、鈍い光。
行き場の亡くなった右手。
目が疲れて、ぎゅっと瞬きをする。
ゆっくりと立ち上がって、少し湿った手のひらで膝にべったりついた砂を払う。
誰もこちらを見向きもしない。
わざと大きく砂を蹴って、逆流するように大股で歩く。
掠れてきた太鼓の音が遠ざかっていく。

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