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幸せの尺度

尺度という言葉が適切かはわからないけれど。
自分の幸せは、自分が決めるものなんだなとつくづく思う。

すごく単純な例で言えば、欲しいものがあって、それは簡単には手に入らない希少なものだとする。
例えば、お金をためればいつか買える、というわけではないような。

ある人は、それが手に入る見込みがないことを悲しみ、不平等だと怒り、手に入るような環境に生まれなかったことを嘆く。

別の人は、心から欲しいと思えるようなものに出会えたこと自体が、本当にラッキーだと喜び、いつか実物をひとめ見ることだけでもできる日が来たらいいな、そうなったらどんなにか幸せだろう!と夢見ている。

事実は、それは恐らく手に入らないのだ。
同じ状況でも、感じ方、考え方、捉え方によって、こんなにも幸せ度が変わる。

感情を否定する必要はないし、悲しみや怒りや嘆きの感情が湧いてきたら、それはそのまま、そう感じている自分を受け止めたらいい。
でも、そのあとどう考えるかは、きっと考え方のクセのようなものが出るように思う。
そしてそのクセは変えられる。
私は変えることができた。

どうやって変えることができたのか、近々しっかり言語化したいと思う。
きっと何かの役に立つような気がする。

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