見出し画像

家族もみんなHSPみたい… 〜息子編〜

コロナウィルスのために
外出自粛になってしばらく経つ。

早く友だちに会いたい人
外に出たい人がいて
ストレスが心配…なんて話も聞く中
我が家はとても穏やかだ。

人と会わないことで
こんなにストレスが減るなんて
こんな状況にならなければ
知ることもなかったと思う。

予定のない毎日が
こんなに嬉しいなんて
知らなかった。

できるなら
このままずっと
自粛が続いてくれたらいいのに…と
叶うことのない願いを
祈りに近い思いを
心の中でかみしめている。

夫も息子も娘も
家で毎日楽しそうに暮らしている。

夫は自宅勤務になったので
仕事の合間に庭に出て
小さな畑を作り
野菜の手入れなどで楽しそう。

息子は元々学校に行っていないので
コロナの影響を全く受けていない。
毎日ネットの中で知り合った
色んな世代の人と
楽しそうに過ごしている。

娘は勉強が苦手なので
友だちに会えないけれど
学校に行かなくていいことは
嬉しいことみたいだ。

そして、私は
大好きだったはずの
ボランティアが何もできないのに
できない理由があって
ホッとしている。

もうすぐ、自粛が解除される。
あの世界が始まる。

今の世界を知ってしまった今
あの世界は私にとっては
戦場と同じだ。

今は、戦場に行くための
充電期間みたいなものか…

人見知りではなかったので
自分にこんな部分(ひとりを愛する心)が
あるなんて知らなかった。

わかった今は
その時間を邪魔されることが
最も苦痛で辛い。
それがたとえ家族だったとしても…


最初は息子のカミングアウトからだった。

「俺、HSPだと思う…」

だから、学校に行くと
あんなに疲れて
行き倒れていたのか。

部活なんか絶対無理だろうって
入学してすぐに思った。

毎日学校から帰ると
制服のまま行き倒れている息子。

1学期を皆勤で行き
「頑張り過ぎているな…」と
ふと不安になった9月。
「疲れてるから休みたい」とひと言。
そこから不登校が始まった。

毎日行けなくなることが心配で
毎朝、息子に声をかけて
8時になると息をひそめて
2階の息子の様子をうかがった。

朝ごはんまでは普通なのに
制服が着れない…
色んな理由で休みたいと言う。

そうこうしているうちに
年明けから全く行かなくなった。

その頃、息子は猛烈に荒れていて
毎日が本当に戦場のようだった。

そんな中、連鎖するように
引きこもりをキーワードとする
事件が続いた。

一つ間違えたら
我が家でも起こるんじゃないか?
そう思った家庭は少なくないと思う。

家の中のものが壊されていく中で
このひと言でキレるかもしれない。
この動作で怒り始めるかもしれない。
いつかあの怒りが人に向かうかも…

心臓がキュッと縮んで
締め付けられるような緊張感の中
それでも何とか
息子がまた学校に通えるように
色んな策を講じていた。

息子はスキー学習には
楽しそうに出かけていった。
修了式も友だちに誘いに来てもらって
行くことができた。始業式も…


でも、4月。
私は友だちのママたちに
話しがしたいと呼ばれて
会うことになった。

あの日、ママたちは
多分励ましてくれたんだと思う。

「子育てなんてみんな大変なんだよ」

うちは塾に行く時、泣いてるし…
うちは部活が無い時、魂抜けてるし…

色々励ましてくれたみたいだけど
私には響いて来なかった。

塾に行けてるってことだよね?
部活に行けてるってことだよね?

それってどっちも
学校に行けてる、その先の話じゃん。

学校に行けないんだよ?
当たり前のことができなくて
それで悩んでるのに
「子育てはみんな大変」って
一緒にしないでもらえないかな。

言いたかった。
でも、言えなかった。

その後、私はママたちに
一度LINEをして、その後
心の中で関係を切った。

もう、どうでもいい。

学校なんかいらない。


そう思って
学校を諦めたら
家の中の空気が軽くなった。
息子が笑うようになった。

あー
私が決めつけてたんだ。

学校は行かなきゃいけない
ものなんだって。

学校行かないと
生きていけないの?
人として失格なの?

そんなことないってことを
証明するためにも
私は息子の選んだ道を尊重しよう。

そして、中2の一年間を
ほとんど通わずに過ごした。

どうして学校に行けないのか?
その理由は夏休みに知った。

「学校は人が多くて疲れる」

そうなんだ。
だからあんなに疲れていたのか。

なら、短い時間なら行ける?
行ってみたい?

担任の先生は、家庭訪問で
2時間も息子と話をしてくれて
その間一度も
学校に来いとは言わなかった。

好きなこと
気になっていること
やってみたいこと

中学を経て大人になっていくために
手がかりになることを
色々息子に聞いてくれた。

そのことがとても嬉しかった。

息子もそれが嬉しかったらしく
その先生の授業だけ
受けに行ってもいいかも…と
2学期からは、月に一度ほど
先生の授業だけ受けに行くようになった。

時間が短ければ行けるのならと
定期テストにも誘ってみたら
その科目のテストだけ
受けに行くようになった。


大学のように
自分の好きな科目を
好きな時間だけ選んで
受けられる高校があったら…

色んなところで
高校について調べて聞いて
一つ見つけた高校に
息子と一緒に見学に行った。

その高校は
目の前に川が流れていた。
それが私の決め手だった。

息子は川が好きだ。

2歳頃から
毎週、自転車の前カゴに乗せられて
生き物を捕まえに夫と出かけていた。

その原体験があるからか
息子は川が好きだった。

高校に誘った時も
「目の前にいい川があるよ」
と話したら見学について来た。

そして今も
その高校でいいかなと話している。

その高校は
週に2〜3回、数コマでもいいらしい。
3年で卒業しなくてもいいらしい。

それなら
疲れないくらいで
通えるんじゃないかな?

と思っている。


息子に数日前
「HSPだと仕事先考えた方がいいね
 静かなところとか
 競争がないところとか
 人とあまりコミュニケーションを
 取らなくていいところ」と話したら

「HSPの人が多い会社か
 HSPの人が作った会社に行けばいい」

と言われて目からウロコが落ちた。

なるほど。

昔から子どもでは無いような
会話ができる子だったが
もはや私の先をいっている…


でも、私は
息子は森の中が向いている
と思っているので
「身体が動く間は林業やってほしいな
 地球のために働いてほしい」
とお願いしてみた。

息子は
「人のためじゃなくて
 地球のためならいいかもな」
と言ってくれた。

去年の秋は林業って言っても
聞きもしなかったのにね。


川は森によって作られている。
川を守るためには
森を守らなければならない。

そのことを実感している人は
この世の中に
どれだけいるのだろう。


私は息子の将来を
とても楽しみにしている。

だから、もうしばらくは死ねない。

そう思えるようになったことを
嬉しく思う。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?