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在宅医療の質的研究

 在宅医療・訪問診療に関する医療安全については、しっかり決まったものがないのが現状です。その中で、少し古いものですが、在宅医療の安全の観点で、様々な文献のレビューと、関係者からインタビューを行った質的研究をまとめた論文があります。前回の訪問医療における医療安全の文献を出したのと同じカナダからの論文になります。

Safety in home care: a broadened perspective of patient safety
International Journal for Quality in Health Care 2008; Volume 20, Number 2: pp. 130–135

 カナダから在宅医療の報告が出ている背景に、カナダにおけるHome and Community careの需要が増えていることがあるそうです。カナダ保健省(Health Canada)は、病院や医師のサービスと違って在宅サービスには公的な保険制度を持っていないようです。ほとんどの在宅・地域医療のサービスは、州や自治体ごとで管理・提供され、連邦政府が資金援助を提供しているとのことです。日本でいう医療保険と介護保険のように、国ごとで制度の違いがあるのですね。

文献レビュー+質的研究

 この論文では、MEDLINE、Cochrane Libraryなどといったデータベースから「安全性、リスク軽減、有害事象、在宅ケア」をキーワードに文献のレビューを行ったのと、在宅医療に関わる専門家などへのインタビューによる質的研究を行い、在宅医療における安全についてまとめられています。
 文献レビューでは、カナダ以外の国(イギリス、オーストラリア、アメリカ)の報告も調査されました。在宅医療に限った文献は少なかったようで、多くは一般的な医療安全に関するデータが収集されたようです。
 質的研究は、半構造化インタビュー(定形の質問は決めているものの、回答は比較的自由度をもったインタビュー)により行われ、具体的には、
(i)在宅ケアにおける安全性の定義
(ii)在宅ケアと病院/施設の間で安全性の問題がどのように異なるかの検討
(iii)安全性に影響を与える家庭内の要因の特定
(iv)知識のギャップの説明
(v)研究の優先順位
が問われました。
 さらに、コアチームメンバーによって、
(i)カナダの在宅ケアにおける安全性に影響を与える重要な要素
(ii)これらの要因についての根拠と関連する知識のギャップ
(iii)在宅ケアにおける患者の安全に関する将来的な作業と継続的な対話の確保
について議論され、解析されました。

移行期ケアにおける患者や家族の視点

 文献レビューの中で、在宅ケアに特に関連していたものとして、「患者が自身のケアにおいて重要な役割を果たし患者安全において重要な位置づけであることを理解しなければならない」と主張した文献があります。退院支援を受けた患者に対して移行期ケア(transition care)の経験をインタビューした質的研究です。

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 図のように、消費者(患者や家族)の視点を含めた退院調整が、思い通りの退院を促進し、システムとして支援することが病院と在宅の間を取り持つ重要な要因であるとしています。

Alexandra Harrison, Marja Verhoef. Understanding Coordination of Care from the Consumer's Perspective in a Regional Health System. Health Serv Res. 2002 Aug;37(4):1031-54.

インタビューの結果

 インタビューの対象者は、さまざまな領域(看護、医学、薬学、医療工学など)、さまざまな役職(組織の長、学術研究者など)、さまざまな組織(学術機関、医療機関、保健当局、専門家団体など)から集められましたが、従来の病院における医療安全の観点では、在宅ケアのコンテクストにうまく適合しないことで一致していました。様々な視点について以下まとめていきます。

患者・家族・介護者・医療介護の提供者の安全は密接に関連している
 家族を含めた介護者は、燃え尽き、疲労、うつ病のリスクが高い、非常に脆弱な集団であることが示唆されました。医療介護の提供者は、患者のケアそのものでいっぱいいっぱいで、家族までケアすることは容易でないと感じていました。
 また、医療介護の提供者が直面する安全上の課題(物理的な家庭環境の個別性、過剰な作業負担、必要な知識の幅広さと即時の判断が求められることなど)が、提供するケアの質と適切さに影響を与え、最終的には彼ら自身やケアそのもののリスクにつながります。在宅医療のセッティングは、病院と異なり均一ではなく、当然ですが、住宅は医療用に設計されているわけではありません。病院ならば電子カルテで容易に共有できる情報も、在宅ケアでは関係者と情報をやりとりするため決まったツールがあるわけではありません。
 このように、患者・家族・介護者の安全のためには、医療介護の提供者の安全という視点も重要です。

孤独や孤立の問題
 高齢で独居の患者さんでは、急病時のような際に必要なところへ相談したり受診したりすること自体が困難なことが多いです。また、医療介護の提供者が業務を一人で行って、同僚や上司からのサポートが現場で得られず、必要な医療用品や設備をその場ですぐには使えないという状況もあります。
 医療介護の提供者として、様々な組織から、様々な職種が在宅ケアに関わります。その分、複数のレベルでコミュニケーションをとる必要があり、これによって混乱や誤解を招く恐れがあります。これは、特に移行期ケアにおいて目立ち、この情報共有の中心的役割を行うのが家族であることも少なくなく、ケア負担は大きくなってしまいます。

人材と能力の維持
 不十分な人的資源は、在宅ケアにおける根強い問題です。在宅ケア提供者の給与水準は一般に病院のような急性期ケアのそれよりも低く、働く環境や条件も変動しやすく、今回のcovid-19でも顕在化したように雇用環境も決して安定しているとは言えないなど、在宅ケアに関わる医療介護の提供者が働く環境は厳しいものがあります。また、人的資源が流動的であるために、教育体制がきちんと構築できずスタッフ育成に費やせるリソースや時間も不足していることが示唆されました。
 そのため、必然的に身近な介護者(家族は施設スタッフ)がケアの多くを負担することとなりますが、医療介護の専門家ではないため、リソースの活用も難しいし適切な訓練も受けていないため、心理的負担にもつながっています。

今後の在宅ケアにおける医療安全の展望

 在宅ケアにおける安全性に関して、今後研究として期待される内容について以下にまとめます。
□クライアント、家族、介護者、医療提供者にとっての主な安全上の懸念(身体的、感情的、機能的、社会的)とは?
□家庭の安全リスクを防止および軽減するための適切な戦略とは?
□通信インフラの開発および評価のための重要な要素とは?
□患者の安全性を向上させるためにケア全体の継続性を促進する方法
□Multimorbidityにある患者の予防・健康増進を目的とした場合と、急性期後のケアの場合で、経済的な違いとは?
□介護者の負担が関係者に与える身体的、感情的、機能的、社会的安全に与える影響とは?
□予防、健康増進、安全上のリスクの軽減に参加しないことによるコストとは?
□エビデンスに基づく在宅ケアの実践をどうしたらよいか?

まとめ

 在宅ケアにおける医療安全について、前回とはまた違った視点で考察されていました。実際に在宅医療に携わっていると、どの問題も納得できる内容であり、国が違っても悩むところは似ているのですね。特に移行期ケア(Transition care)において問題が生じやすいことを認識し、患者・家族・介護者・医療介護の提供者みんなにとってスムーズな移行を実践することが、患者ケアの質を高めるものと思います。今回学んだことで、より広い視点で在宅医療に関われそうです。

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