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キャリアと計画的偶発性理論

キャリアについて話すこと

 これまで何度か、医学生さんが主催の勉強会に講師として呼んでいただいています。「総合内科セミナー」という医療に関する内容で、学生さんが関心の高いものをテーマとして扱っているのですが、私はキャリアというテーマでお話しさせてもらってます。

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 振り返れば、鹿児島に戻ってきて最初に勤務した医療機関で、広い視野で自分のこれからを考えるきっかけにしてもらおうと思い、初期研修の先生たちを対象にお話ししたのが最初でした。その後、総合診療専門研修の専攻医の先生や、異動先の初期研修の先生にも入職時のオリエンテーションとして話す機会をいただき、お世辞かもしれませんが研修2年目を終えようとしている先生から「先生のキャリアの話を聞いて○○プログラムに入ることにしました」と、嬉しい報告を聞くこともあります。そんな中、医学生さんと交流している中で、キャリアの話を聞いてみたいと言っていただき、セミナーでの講演につながっていきました。

 毎回、参加される方に合わせて内容は少しずつ変えているのですが、今回は「計画的偶発性理論」のことを扱っています。講演で話しきれなかったことなど、まとめていきます。

計画的偶発性理論とは

 計画的偶発性理論とは、「キャリアは偶然に左右されるものであって、その偶然をうまく活用できるよう、あるいはそうした偶然を意図して呼び起こせるようにすることが大切である」という考え方です。目の前の出来事を、自分の未来にプラスの方向性をもっていると気が付けるかどうか、ということですね。
 この理論の提唱者であるジョン・D・クランボルツが、「個人のキャリアのほとんどは予想しない偶発的なことによって決定される」「Luck is no accident」と述べました。また、iPS細胞で有名な山中伸弥教授も、「人間万事塞翁が馬」と表現しており、この理論のようなキャリアの考え方をされているのかもしれません。

 当初、「(Planned)happenstance」とキャリアについての理論として紹介されましたが、その後、「happenstance learning theory」と行動を起こし学習しながらキャリアを前に進める、という学習理論に重きが置かれていきます。キャリアを形成していく個人にとって、またキャリアの相談に乗るカウンセラーにとって有用な理論になるようにまとめられています。

 このhappenstanceにおいて、鍵となる考え方があります。

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       好奇心:新たな学びの機会を求める
       持続性:挫折しても努力を続ける
       柔軟性:態度や状況を変えられる
       楽観主義:新たな機会をポジティブに受け入れる
       Risk Taking:不確実な状況に飛び込む

 さらに、キャリアを前に進めるにあたって出てくる障害を乗り越えるためには、この計画的偶発性のことをポジティブに受け止め、予期しないことは新たなことを学べる機会と捉える(好奇心とも共通しますね)、選択した場合・選択しなかった場合それぞれ考える、これまで障害をどのようにして乗り越えてきたか振り返る(楽観主義がよかったかもしれないし、粘り強い持続性がよかったかもしれない)、といったことが大事です。

Happenstance Learning Theory

 このような考え方をもとに、クランボルツはHappenstance Learning Theory(ハプンスタンス学習理論)としてキャリアカウンセリングにおける重要な点を以下のように主張しています。
キャリアカウンセリングの目標は、クライアントがより満足のいくキャリアと個人的な生活を実現するために行動できるような学びを助けることであり、何かしらのキャリアを決めることではない
評価は学習を刺激するために使用されるべきであり、個人の特性を職業の特性と一致させるためではない
有益な計画外の出来事を生み出す方法として、探索的行動に従事することを学ぶ(評価も大事だが行動が伴うことが重要)
カウンセリングの成否は、クライアントがカウンセリングセッション以外の現実の世界で達成したことによる

Krumboltz, J. D., Foley, P. F., & Cotter, E. W. (2013). Applying the happenstance learning theory to involuntary career transitions. The Career Development Quarterly, 61, 15–26.

 この順序でなければならないということはないのですが、以下のようなポイントを押さえながら、クライアントを支援することが大事です。
▶︎クライアントの期待を方向付ける
▶︎振り返りを通してクライアントの持つ懸念を理解する
▶︎クライアントがうまくできたと思った過去の経験によって成功体験を実感してもらう
▶︎クライアントの予期しない偶然の出来事をチャンスであるとリフレーミングするのを支援する
▶︎障害を乗り越え行動できるようクライアントと協力する

 このように、キャリアチャンスをものにするための、「好奇心」「持続性」「柔軟性」「楽観主義」「Risk Taking」を身につけ実践し、障害を乗り越えるためにいかにマインドセットを変えていくか、具体的な行動に移せるような支援を重要視しています。

現代におけるキャリアの考え方

 情報がものすごい速さで飛び交い少し先のこともわかりにくくなっている今の環境においては、確実なキャリアというものはないのかもしれません。例えば、そういった不確実性の高い環境のことを「VUCA」などと表現されることもあります。

volatility不安定、uncertainty不確定、complexity複雑、ambiguity曖昧

 このような中でキャリアを考える際に、以下のようなことを意識することが大事とされています。
▶︎予測も大事、パターン認識も大事
▶︎計画は立てたら終わりではなく、常に改善を図る
▶︎選択肢を狭めることなく、オープンな姿勢を崩さない
▶︎失敗は探索の良い機会と捉え、リスクは努力のために選択する
▶︎確率にとらわれず考えうる可能性をあげる
▶︎情報を集めるだけでなく、やりとりすることを意識する
▶︎既知の事実ではなく、危機の中で生きる
▶︎コントロールできる信用ではなく、信頼あっての信用である
▶︎「目的・役割・規則」ではなく
 「意味・重要なこと・ブラックスワン」に焦点を当てる

Jim F.H. Bright, Robert G.L. Pryor. Shiftwork: A Chaos Theory of Careers Agenda for Change in Career Counselling. Australian Journal of Career Development 2008; 17: 63-72.

 この「信頼」と「信用」については、似ているようで異なる概念です。個人的には、
  信頼 = 双方向
  信用 = 一方向
 という解釈が分かりやすいと思っています。
 信用は、理性的なジャッジに基づくものであり、仕事ができるか、期限内に終えられるか、できないんだったら淘汰という弱肉強食スピリッツがプロフェッショナリズムの裏にあるもの。
 対して信頼は、相手との感情的な結びつきに基づくもので、「こいつを信頼する」と決めたら仕事ができなかろうが刑務所に入ろうが信頼の態度を崩さない、「俺とお前の仲だから」という能動的な決断による関係性のこと。
 つまり、築くのが大変で崩れるのが一瞬なのは信用であり、信頼は少々のアクシデントでは崩れません。もちろん、医療人として正しい治療やケアを行えるかどうかを判断し信用するかどうかを決めることは大事ですが、スタッフも患者さんも一個人ですので、感情レベルでやりとりし信頼を築いていくことで、仮にうまくいかないこと・辛いことがあってもその人たちと「また次に頑張ればいいよ」と前を向いてキャリアを進めることができるのだと思います。

石川善樹. フルライフ 今日の仕事と10年先の目標と100年の人生をつなぐ時間戦略. 東京: NewsPicksパブリッシング; 2020.

キャリアを考える個人がどう考えていけばよいか

 不確実な環境の中で、キャリアカウンセラーがどうクライアントと相対するか、という視点をまずご紹介しました。クライアント側の個々人も、上記を意識することが大事です。どのように考えていけばいいかは、仕事観人生観を見つめ直すことから始めると良いかもしれません。

仕事観
- 仕事はなんのためにある?
- なぜあなたは仕事するのか?
- よい仕事とは何か?価値ある仕事とは?
- 仕事とあなた個人、他の人々、社会との関係は?
- お金と仕事の関係は?
人生観
- 人生に意味を与えるものは?
- 人生に生きがいや価値を与えるものは?
- あなたの人生は、家族、地域社会、世界とどう関係しているか?
- お金、名声、目標達成は満足できる人生とどう関わっているか?
- 経験、成長、充足感はあなたの人生にとってどれくらい重要か?
- 善や悪とはなにか?
- 人間より上位のもの、神や超越的な存在はいると思うか?思うとすれば、あなたの人生にどんな影響を与えているか?
- 喜び、悲しみ、公正、不公正、愛、平和、対立は人生にどう関わっているか?
仕事観と人生観は
- どの部分でおぎないあっているか
- どの部分で食い違っているか?
- 因果関係はあるか?あるとすればどんな?

Bill Burnett, Dave Evans (著), 千葉 敏生 (訳). スタンフォード式 人生デザイン講座. 東京: 早川書房; 2019.

 最後の仕事観と人生観の関係については、「人間性」「考え方」「行動」に一貫性があるかどうかを問うています。これについては、「健康」に対する考え方であるSalutogenesisで強調されているsense of coherence(首尾一貫性)と似ています。Salutogenesisにおいて、
▶︎理解可能性comprehensibility
▶︎処理可能性manageability
▶︎意義深さmeaningfulness
 が健康にポジティブな影響を与えるとされています。仕事は人生に意義を見出し、自分が納得しながら対応しつつ選択していくことが、より良いキャリア形成につながり、ひいては健康的な人生を送ることになるのではないでしょうか。

『The Handbook of Salutogenesis』より

 また、自分の仕事を社会的な意義と明確に関連づけられる人は、仕事に満足感を覚え、社会で働くことにつきものであるストレスや妥協にうまく適応できる傾向があるともされています。

マーティン・セリグマン. ポジティブ心理学の挑戦. 宇野カオリ, 監訳. 東京: Discover 21, Inc.; 2014.

 さらに、普段の生活や行動を記録することで自らを振り返り見つめ直す方法論もあります。良いことも悪いことも含め、貴重な発見をし、自らの好奇心や障害を見出して、新たな自分を見つけることを目的としています。語呂合わせで、「AEIOUメソッド」と言います。
- Activity:何をしていたか?どんな役割だった?形式的な活動?自由な活動?
- Environment:どんな場所?どんな気分になれた?
- Interaction:やりとりした相手は?どんなタイプのやりとり?フォーマル?自由な感じ?
- Object:モノやデバイスをつかったか?そのときの気分は?
- User:その場にいた人は?あなたにとってプラス?マイナス?

Dev Patnaik, Needfinding: Design Research and Planning (Amazon's CreateSpace Independent Publishing Platform, 2013)

 こういったことを普段から実践することで、個人レベルでキャリアチャンスをものにするための鍵である「好奇心」「持続性」「柔軟性」「楽観主義」「Risk Taking」を身につけることにつながると思います。

まとめ

 今回、キャリアの中でも計画的偶発性理論についてまとめました。クランボルツの原著そのものを読めなかったのですが、多くの方や研究者がこの考えを支持しさらなる理解を深めて文献にまとめていることが分かりました。
 私自身、10年前に考えていたキャリアと今実際に歩んでいるキャリアは全く異なりますが、様々な偶然や幸運に恵まれていたと感じます。どんな年代でも計画的偶発性理論は大事な要素を含んでおり、自分もこれからのキャリアの中で意識していきたいですし、これからの若い方にも参考になれば幸いです。

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