2023/05/13(土)のゾンビ論文 ゾンビは…研究者のおもちゃじゃない!

ゾンビについて書かれた論文を収集すべく、Googleスカラーのアラート機能を使っている。アラート設定ごとに、得られた論文を以下にまとめる。

アラートの条件は次の通り。

  1. 「zombie -firm -philosophical -DDos」(経済学・哲学・情報科学のゾンビ論文避け)

  2. 「zombie」(取りこぼしがないか確認する目的)

  3. 「zombie -firm -philosophical -DDos -company」(-companyの効果を図るため)

  4. ゾンビ」(日本語のゾンビ論文用。たま~にヒットする)

このうち、「zombie -firm -philosophical -DDos」の内容を主に紹介する。ただし、この検索キーワードで不必要にゾンビ論文を排除していないか、「zombie」の内容も確認する。また、4月まで経済学のゾンビ論文の排除を目的として「-company」を設定していたが、その効果があるのか改めて測定する。

それぞれのヒット数は以下の通り。

  1. 「zombie -firm -philosophical -DDos」五件

  2. 「zombie」六件(差分一件)

  3. 「zombie -firm -philosophical -DDos -company」三件(排除二件)

  4. 「ゾンビ」一件

「zombie -firm -philosophical -DDos」の五件は情報科学が二件、人類学、宗教学、芸術学が一件ずつだった。


検索キーワード「zombie -firm -philosophical -DDos」


モンスターとともに生きる: 本物のモンスターについての民族誌

一件目。

原題:Living with Monsters: Ethnographic Fiction about Real Monsters
掲載:このタイトルの本がある
著者:Kalissa Alexeyeffなど
ジャンル:人類学

「本物の」モンスターというからには何か意味を込めているのだろう。イントロでは、この論文中で述べる「本物のモンスター」とフィクション上のモンスターとを区別している。そのたとえに出しているのがゾンビである。引用してみよう。

Take zombies for example. Not only are they one of the most prolific monsters of contemporary popular culture, but they have been interpreted to stand for anything from labor exploitation, the appropriation of female bodies, drug epidemics, the horror of killing during the Vietnam War, mindless consumerism, brain-washing, and the threat of contagion to apocalyptic visions including Y2K, nuclear disaster, alien invasion, and climate change.
ゾンビを例に考えてみましょう。ゾンビは、現代の大衆文化の中で最も多作なモンスターの 1 つであるだけでなく、労働搾取、女性の身体の流用、麻薬の蔓延、ベトナム戦争中の殺人の恐怖、思慮のない消費主義、洗脳、そしてY2K、核災害、宇宙人の侵略、気候変動などの終末的なビジョンへの伝染の脅威と解釈されてきました。)

Living with Monsters: Ethnographic Fiction about Real Monsters
introductionより

要するに、ゾンビというのはモンスターといっても社会的な要請を受けて脅威や性格が設定された、端的に言えば「意図的に作られた」モンスターなのである。

とはいえ、ゾンビといういちモンスターがここまで都合の良い便利ツール扱いされているとは、まじめにゾンビを研究したいと感じる私としては嘆息をもらすばかりである。労働搾取はわかる。麻薬の蔓延もまあ良いだろう。しかし、思慮のない消費主義、洗脳などはいちゃもんもいいところだ。日本人が他人を罵倒して言うところの「脳死」と同じレベルで扱われていると断じたほうがよいだろう。先人の学者先生たちは「そう読めるからそう読んだ」のだろうが、「実際にそう書かれたのか」を検証したのだろうか。

書いていて段々と腹が立ってきた。このように「事象を定義する権力を振りかざす」のが文系学問の悪いところだ。

さて、「本物のモンスター」とは何かというと、たとえばこんな一節がある。

Crucially, the monsters our authors are concerned with, for the most part, are understood to be real by those they haunt. When anthropologists are doing fieldwork, they often meet people who are living with monsters. … For example, an anthropologist might learn to worry when they see a shadowy solitary figure in the distance, feel a sudden breeze, or hear a particular bird.
(重要なのは、私たちの著者が関心を持っているモンスターは、ほとんどの場合、彼らが取り憑いている人々によって本物であると理解されているということです。人類学者がフィールドワークをしていると、モンスターと共生する人々に出会うことがよくあります。…たとえば、人類学者は、遠くに影のある孤独な人影を見たとき、突然の風を感じたとき、または特定の鳥の声を聞いたときに心配することを学ぶかもしれません。)

Living with Monsters: Ethnographic Fiction about Real Monsters
introductionより

モンスターが「いる」と「信じている」人間に聞き取り調査をすることがある。と、言いたいのだろう。私も、幼いころは押し入れに何かが住んでいると思っていたから、それに入るはずだ。

つまり、社会的課題をフィクションの中に押し込めることで生み出されたモンスターと、私たちが普段生活する中でふとした瞬間に「いる」と感じるモンスターとがいる。

そして、このうち後者を題材にした小説を書くことで何か学ぶことがあるのではないか?というのがこの小説の主題である。回りくどく、(工学出身の私からすれば)ひどく挑戦的な試みである。

ジャンルは人類学。人類学の意味するところは知らないが、論文中にそうあるので。


ヘッズアップ コンピューティング: デバイス中心のパラダイムを超えて

二件目。残念ながらアーカイブ論文であり、掲載誌は不明。そのうち本掲載が通知されるはず。

原題:Heads-Up Computing: Moving Beyond the Device-Centered Paradigm
掲載:不明
著者:Zhao ShengdongとFelicia Tan、Katherine Fennedyの三名
ジャンル:情報科学

タイトルにある「Heads-Up Computing」とは、どうやら著者の所属する会社が定義したもので、「人間の日常活動に対するシームレスなコンピューティングサポートの提供を含む概念」であるらしい。

さて、zombieの単語は"smartphone zombie"という文字列で現れる。これは日本語では歩きスマホと呼ばれる。

そして、ヘッズアップコンピューティングは歩きスマホから人間を解放するらしい。本文の図2を見ると、歩きスマホをする代わりに、眼鏡に情報が映し出されている様子が描かれている。歩きスマホからは解放されているが、歩きスマホの本質は周りをよく見なくなることなので、危険性はそのままなのでは…。

ジャンルは情報科学。

ちなみに、引用論文を見に行くとsmartphone zombieをSmombie(スモンビー)と記載しているのでさらに面白い。


信心深いキリスト教徒の若者の信念と行動の一貫性: NSYR への定量的支援

三件目。

原題:Consistency in Beliefs and Behaviors of Highly Religious Christian Youth: Quantitative Support for the nsyr
掲載:Journal of Youth and Theology
著者:Ronald G. BelsterlingとDonald Shepson
ジャンル:宗教学

若者とゾンビときたら、大概は「若者の間でゾンビを愛好することが流行っている」ときて、お次に「大丈夫か?」「どのくらい広まっている?」「彼らのアイデンティティはゾンビにある?」などが続く。今回の論文は、キリスト教への信仰心と絡めて「大丈夫か?」が主題となる。

ゾンビを吸血鬼や魔女などとひっくるめてポップカルチャーと表現し、それらへの愛好度(論文中では「信念」と呼んでいる)と信仰心とに負の相関があるというのである。アブストラクトを読む限り、きちんと統計的処理をして解析している。

相関をとるための設問やその結果には興味があるが、私は統計学も宗教学も明るくないので、この辺でしめておく。

キリスト教への信仰心を扱っているためジャンルは宗教学だが、論文というよりも活動報告書だろう。政治団体が広報誌で支持率を調べるようなものだ。


大容量オブジェクトのための全フラッシュ配列のキー・バリュー・キャッシュ

四件目。

原題:All-Flash Array Key-Value Cache for Large Objects
掲載:EuroSys '23: Proceedings of the Eighteenth European Conference on Computer Systems
著者:Jinhyung Kooを筆頭著者として、九名
ジャンル:情報科学

「フラッシュ配列のキー・バリュー・キャッシュ」について調べてみたが、よくわからなかった。本物のゾンビに関係ないことと、コンピュータの何かにかかわることだけは確かだ。だから、ジャンルは情報科学。

となればゾンビPCに関する論文…かと思いきや、まったく関係ない。たとえば、アラートのメールには以下のように書いてある。

Zombie entries are inevitably created as a result of data segment cleaning.
(ゾンビ エントリは、データ セグメントのクリーニングの結果として必然的に作成されます。)

All-Flash Array Key-Value Cache for Large Objects
本文より

意味がわからない。ほかにも"zombie hash"や"zombie cleaning"といった文字列が並んでいる。

論文タイトルにある、キャッシュというのはインターネットでどこかのページにアクセスした際の履歴のようなものだと記憶している。もちろん違うかもしれない。で、たまにキャッシュを削除しないか?とPCやスマホが問いかけてくる。だからしている。キャッシュがメモリを圧迫しているのだそうだ。そのキャッシュデータがゾンビとして生き残ってしまう?ということなのだろうか。

ゾンビから逆算して考えると、きっとそういうことを言っている。


過去の素材を再構想する

五件目。

原題:ReEnvisioning the Material Past
掲載:このタイトルの本がある
著者:Glenda Swan
ジャンル:芸術学

アブストラクトが読めないので内容は推測するしかない。しかし、About this bookには次のようにある。

This book is designed to help instructors effectively incorporate images and other aspects of material culture into their pedagogy in an engaging and relatable manner.
(本書は、講師が魅力的で親しみやすい方法で、イメージやその他の物質文化の側面を効果的に教育法に取り入れることができるように設計されています。)

ReEnvisioning the Material Past
About this bookより

となれば、初学者向けの教育テキストと考えてよいだろう。また、著者は芸術学系の専門家だそうなので、ジャンルは芸術学とする。

zombieに関係する点でいうと、次の文献を引用しているようだ。

Elizabeth McAlister, “Slaves, Cannibals, and Infected Hyper-Whites: The Race and Religion of Zombies,” Anthropological Quarterly 85, No. 2 (Spring 2012): 457–486.
タイトル翻訳:奴隷、食人、そして感染した超白人:ゾンビの人種と宗教

タイトルから推測するに、ゾンビが人種差別のメタファーであるとかなんとかいう論文だろう。いつものやつだ。これを引用して芸術学の教育テキストを書くといえば、おそらく「過去の芸術作品にはモンスターを人種差別のメタファーとして扱っているものもあるため、そういう目を養いましょう」といったところだろう。



検索キーワード「zombie」

このキーワードでは「zombie」ゾンビ論文がアラートに入ってくる。誤ってねらいのゾンビ論文を取りこぼしていないかチェックするために、こちらの検索結果もチェックしておく。

9th Vintage of the CompNet Datasetのユーザー ガイド

原題:User Guide for the 9th Vintage of the CompNet Dataset
掲載:CompNet
著者:ー
ジャンル:経済学

"zombie firm"の文字列があるため、こちらの検索条件に引っかかった。9th Vintage of the CompNet Datasetというのは研究者用のデータベース。そしてタイトルの通り、これはその説明書である。研究分野が限定的かは不明だが。

Twitterアカウントもあるようだ。


検索条件「zombie -firm -philosophical -DDos -company」

ゾンビ企業には"zombie company"という表記もあることから、そういったゾンビ論文を排除するために設定した検索条件。

この検索条件では「zombie -firm -philosophical -DDos」にヒットした論文のうち、「company」の単語を含むゾンビ論文が排除される。その排除される論文が経済学の論文であれば、目的を果たしていることになる。

排除されていたのは以下の二件。

「モンスターとともに生きる: 本物のモンスターについての民族誌小説」
「過去の素材を再構想する」

どちらも間違いなく経済学の論文ではない。前者は参考文献に論文か何かの発行元であるMcFarland & Companyの名を載せている。後者もおそらくその手のものだろう。

ということで、今回も目的を果たしていなかった。


検索キーワード「ゾンビ」

この検索条件では日本語で書かれたゾンビ論文のみがヒットする。他の3つは英語で書かれたゾンビ論文しかヒットしないため、完全に独立した項目である。日本の研究者が真面目なのか、ごくまれにしかヒットしない。あるいは、もっとゾンビを日本に広めなければならないのか…。


「ゾンビ・カテゴリー」 としての 「単純労働者」

掲載:グローバル・コンサーン
著者:高谷幸
ジャンル:政治学

「ゾンビ・カテゴリー」は、論文から引用するが、「すでに死んでいるにもかかわらず生き残っているカテゴリーのこと」。「単純労働者」は、これも論文からの引用だが、「特殊の教育又は訓練、判断力、或いは特に機微を要せず、もっぱら反復的性質の筋肉労働に従事するもの」。かみ砕いて言えば、危険を伴わない肉体労働といったところか。そんなものあるのか?

この単純労働者というのは、過去に公式の職業分類にあったという。それがすっかり制度的には死んだにも関わらずしぶとく生き残っていることから、単純労働者はゾンビ・カテゴリーに数えるべきである。と、そう主張しているのである。

この観点から、外国人労働者、特に技能実習生の扱いについて日本政府の立場を明確にしようというのがこの論文の主題である。話し言葉で書かれている上に、少々突っ込んで政治的な話なので読みにくくはあるが、技能実習生制度のニュースを聞いては心を痛めている人間にとっては重要なことが書いてある。

だが、ゾンビ論文の観点から言えば、単純労働者=ゾンビ=意思を奪われた奴隷とつながっていれば解析のしがいがあった。

ジャンルは政治学。


まとめ

「zombie -firm -philosophical -DDos」の五件は情報科学が二件、人類学、宗教学、芸術学が一件ずつだった。

一件目の人類学のゾンビ論文の内容を理解するのに多大な労力を要した。そして、現段階でも理解しているのかあまり自信がない。

とにかく、私はまずゾンビを何でもかんでも社会の写し鏡のように描写することに大いに不満を覚えている。たとえば、今回の情報科学のゾンビ論文でもあったように、うろうろするから歩きスマホがsmartphone zombieと呼ばれる。これはフィクションのゾンビを輸入してゾンビと社会問題をリンクさせたに過ぎない。

しかし、これだっていつフィクションの世界に逆輸入されるかわからない。そんなときでも、人類学者だか文系学者全般だかあらゆる研究者だかわからないが、彼らは「ゾンビは歩きスマホという社会問題を描写する器になっているのである」と言うのだろうか。

言いそうだから腹立たしいのだ。彼らにとってゾンビは必ず矢印の先にいるもので、矢印の元には何か社会的な課題がある。「やめろー!ゾンビはてめえらの都合のいいおもちゃじゃねー!俺とクソゾンビ映画鑑賞でバトルだー!」と言ってやりたい。は?言ってどうなるわけ?

今日はねらいのゾンビ論文なし。


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