2024/2月第五週のゾンビ論文 ゾンビ規律、訓練、自制心、懲罰、法規、分野?

本物のゾンビについて書かれた論文を探すべく、Googleスカラーのアラート機能を使い、ゾンビについて書かれた論文を収集している。

アラートの検索条件は次の通り。

  1. 「zombie -firms -philosophical -drug -biolegend -gender -narrative -network」

  2. 「zombie -firms -xylazine -biolegend -DDoS」(取りこぼし確認用)

  3. 「zombie philosophical

  4. 「zombie Chalmers

「zombie」をキーワードにゾンビ論文を探しているのだが、比喩としてゾンビを使う論文も多いため、「-◯◯」で比喩としてのゾンビを扱うが論文を排除している。排除したいゾンビや論文は、以下の通り。

  • 「-firms」:ゾンビ企業

  • 「-philosophical」:哲学的ゾンビ

  • 「-drug」:ゾンビドラッグ

  • 「-network」:情報科学系の論文ならなんでも

  • 「-DDoS」:ゾンビPC

  • 「-biolegend」:細胞の生死を確認するゾンビ試薬

  • 「-gender」:ジェンダー学系の論文ならなんでも

  • 「-narrative」:ゾンビ映画・小説などの評論

検索条件1には一般性の高い排除キーワードが含まれているため、それらが不必要にゾンビ論文を排除していないかを条件2で確かめる。また、検索条件3と4は「philosophical」と「Chalmers」と、どちらがより哲学的ゾンビを排除できるか見るために設定した。

今回、2/26~2/29の期間で収集し、以下の通りの論文を得た。

  1. 「zombie -firms -philosophical -drug -biolegend -gender -narrative -network」五件

  2. 「zombie -firms -xylazine -biolegend -DDoS」十件(検索条件1との差分は五件)

  3. 「zombie philosophical」十件

  4. 「zombie Chalmers」二件(検索条件3との差分は八件)

検索条件1は政治学、社会学が二件ずつ、気象学が一件だった。


検索条件1「zombie -firms -philosophical -drug -biolegend -gender -narrative -network」


議会事務所、「ゾンビ」炭鉱の調査に合意

一件目。

アラート日付:2月27日
原題:Congressional Office Agrees to Investigate ‘Zombie’ Coal Mines
掲載:Inside Climate News
著者:James Bruggers
ジャンル:政治学

論文ではなくニュースの記事。タイトルのゾンビ炭鉱の説明は次の通り。

LOUISVILLE, Ky.—With a federal investigation into technically active but non-producing “zombie” mines set to begin in March, a citizens law group in Kentucky has found production idled at nearly 40 percent of all active coal strip mines in the state, with some not mined in more than a decade.
(ケンタッキー州ルイビル—技術的には稼働しているが生産が行われていない「ゾンビ」鉱山に対する連邦政府の調査が3月に開始される予定で、ケンタッキー州の市民法団体は、州内で稼働しているすべての炭鉱の40パーセント近くで生産が停止していることを発見した。中には10年以上採掘されていないものもある。)

同記事より

生きているように見えるが実体はない。この用法でゾンビという単語が使われるのは、有名どころではゾンビ企業、過去に扱った記事ではゾンビ施設もあった。また、日本語では「幽霊〇〇」や「形骸化」といった言葉を使って表される概念でもある。こう比較すると、外国のゾンビに幽霊や骸が対応する点が面白い。

ジャンルは政治学。ただ、「学」をつけるのはちょっと違うように思う。単に政治か、あるいは政治ニュース。


2023年の国際気象ハイライト: 地球規模の猛暑、壊滅的な洪水、ゾンビ サイクロン、カナダの歴史的な山火事

二件目。

アラート日付:2月27日
原題:International Weather Highlights 2023: Global Heat, Catastrophic Flooding, The Zombie Cyclone, and Canada’s Historic Wildfires
掲載:Weatherwise
著者:Douglas LeComte
ジャンル:気象学

冬に起きた消火したと思ったら山火事が雪の下でチロチロと燃え続け、春になったら再び燃え上がる。そんな「ゾンビ火災」があるのだから、収まったと思ったが実は生きていた「ゾンビサイクロン」があっても不思議ではない。

という程度のことしか言えない。タイトル以外は何も読めないため。

ジャンルは気象学で良いだろう。


ブクチンがブルデューと対峙するとき。フランスの「弱い」自治体主義、正統性の危機、そしてゾンビ政党

三件目。

アラート日付:2月27日
原題:When Bookchin faces Bourdieu. French 'weak' municipalism, legitimation crisis and zombie political parties
掲載:Urban Studies
著者:Douglas LeComte
ジャンル:政治学

過去に扱った論文と全く同じものが再びヒットした。その時は、次の文を引用してゾンビ政党を紹介しただけだった。今回もそのくらいで良いだろう。私のねらいの論文でないことは確かなのだから。

Third, we underline the unfinished nature of the new municipalism revolution, where the movement’s impetus has been weakened by the resilience of ‘zombie’ political parties.
(第三に、「ゾンビ」政党の再起によって運動の勢いが弱まっている、新しい自治体主義革命の未完成の性質を私たちは強調したいと思います。)

同論文より

ジャンルは政治学とした。


PCIMスペインにおける経済学の知識の統合プロセスにおける人材の強化と再生

四件目。

アラート日付:2月27日
原題:Strengthening Human Resource and Regeneration in The Process of Integrating Knowledge In Economics At PCIM Spain
掲載:PROCEEDING INTERNATIONAL CONFERENCE OF COMMUNITY SERVICES
著者:Dyah Titis Kusuma Wardaniを筆頭著者として、五名
ジャンル:社会学

イスラム教徒がイスラム教の世界観や文化を見つめなおす論文。イスラム用語が多いためにとっつきにくいが、調べながら読めばイントロくらいは理解できる。

zombieの単語は次の文章で出てくる。

We can take their passion in developing knowledge, but we also do not need to take all the values from the West. However, the shortcoming of this Western scientific discourse is what gave birth to what is known as "zombie disciplines". In popular culture, zombies are scary creatures that walk between life and death. They are like mindless slaves controlled by a ruler. The term zombie is then used as an expression that describes disciplines that spread ideas and concepts but no longer represent reality, what happen instead continues to shape Western minds and imaginations. Disciplines that have become zombies are anthropology, politics, economics, and even science. The impact of these zombie disciplines is the construction of a deadly political identity, enormous environmental destruction, a dramatic increase in individual and corporate psychopathology, the increasing prevalence of the phenomenon of suicide, the gaping gap between rich and poor, and many more. One of the antidotes to cure zombie disciplines is decolonization.
(私たちは知識の発展に対する彼らの情熱を取り入れることはできますが、西洋の価値観をすべて取り入れる必要もありません。しかし、この西洋の科学言説の欠点が、いわゆる「ゾンビ規律」を生み出した原因です。大衆文化において、ゾンビは生と死の間を歩く恐ろしい生き物です。彼らは為政者に支配される無知な奴隷のようなものです。その後、ゾンビという用語は、アイデアや概念を広める分野を表す表現として使用されますが、もはや現実を表すものではなく、代わりに何が起こったのかが西洋人の精神と想像力を形作り続けています。ゾンビ化した学問は人類学、政治学、経済学、さらには科学です。 これらのゾンビの規律の影響は、致命的な政治的アイデンティティの構築、大規模な環境破壊、個人および企業の精神病理学の劇的な増加、自殺現象の蔓延の増加、貧富の差の拡大などです。 ゾンビの規律を治す解毒剤の 1 つは植民地化を解除することです。

同論文より

この論文の著者によれば、ゾンビは「為政者に支配される無知な奴隷のようなもの」であり、様々な分野で「アイデアや概念を広める分野を表す表現」として使われ、そして「もはや現実を表すものではなく、代わりに何が起こったのかが西洋人の精神と想像力を形作り続けて」いるという指摘は実に興味深い。

ひとつ目とふたつ目の指摘はその通りである。私もGoogleスカラーのアラートチェックを通してそのような比喩を大量に見てきた。比喩になじみのない人間でもなんとなく首肯できる内容ではないだろうか。一方で三つ目の指摘も的を射ている。特に「西洋人」に限定している点が良い。かつてアフリカやハイチの文化に根付いていたゾンビはすっかり西洋人のものになってしまったからだ。この観点から西洋人の植民地主義を批判するゾンビ論文も多い。

"zombie disciplines"はいったん「ゾンビ規律」と訳したが、"discipline"には規律以外にも訓練、自制心、懲罰、法規といった意味があり、強い強制力やそれによって培われる制御精神を彷彿とさせる。だからゾンビ規律としたが、あるいは分野という意味もあるため、"zombie disciplines"の意味するところをひとつに絞ることが難しい。

たとえば、"zombie disciplines"で検索してヒットした論文は次の二本だ。どちらもShamim Miahという研究者が関わっている。

  1. Zombie Disciplines, Anticipatory Imagination and Mutually Assured Diversity in Postnormal Times(ポストノーマル時代におけるゾンビの規律、予期的想像力、そして相互に保証された多様性)

  2. Zombie Disciplines: Knowledge, Anticipatory Imagination, and Becoming in Postnormal Times(ゾンビ規律: 知識、予期的想像力、ポストノーマルな時代になること)

しかし定義は明確にされていない。何となく、過去に否定されたにも関わらず何度でも蘇るゾンビアイデアとほとんど同じ概念でないかと思うが、もしそうであればゾンビアイデアのままで良いはずだ。そもそもdisciplinesという単語も意味を絞れないのだから、わかる由もなし。

ジャンルは社会学とした。宗教学かとも思ったが、イスラム社会に特有の課題が主題であるように感じた。あるいは教育学でもよかったかもしれない。


製品にならないでください。いつサインオフするかを知ってください。

五件目。

アラート日付:2月27日
原題:Don’t be a product. Know when to sign off.
掲載:U. S. Catholic
著者:Kevin Clarke
ジャンル:社会学

論文ではなく、エッセイ記事。SNSに熱中する子供へのアドバイス記事。タイトルのサインオフというのは、インスタグラムやTwitterからサインオフしろ、という意味。

ゾンビは次の文で出てくる。子供たちをSNSに誘導し、熱中させる様をゾンビ化になぞらえ、"creative power"(=創造力)がそんなことに使われることに嘆いている。

Now, he lamented, that creative power is devoted to constructing social media mind traps for children, deploying breakthroughs in neuroscience to build algorithmic infrastructure designed to transform children into ad-consuming zombies.
(今では創造力が子ども向けのソーシャルメディアのマインドトラップを構築したり、神経科学のブレークスルーを展開して子どもたちを広告を消費するゾンビに変えるアルゴリズムインフラを構築したりすることに費やされていると同氏は嘆いた。)

同記事より

ジャンルは社会学としておく。



検索条件2「zombie -firms -xylazine -biolegend -DDoS」

上記の条件で誤ってねらいのゾンビ論文を取りこぼしていないかチェックするために、こちらの検索結果もチェックしておく。ただし、ゾンビ企業とゾンビ試薬、ゾンビPCは排除されるように設定してある。

レネー・フォックス著『ネクロマンティクス:蘇生、歴史的想像力、ヴィクトリア朝のイギリスとアイルランドの文学』(書評)

アラート日付:2月27日
原題:The Necromantics: Reanimation, the Historical Imagination, and Victorian British and Irish Literature by Renée Fox (review)
掲載:Dickens Quarterly
著者:Leslie S. Simon
ジャンル:書評

「-narrative」で排除。タイトルの通り、書評。いかにもゾンビが出てきそうな本のタイトルだ。

 

感情的意識と道徳的地位

アラート日付:2月27日
原題:Affective Consciousness and Moral Status
掲載:Oxford Studies in Philosophy of Mind(リンク先はPhilPapers)
著者:Declan Smithie
ジャンル:哲学

「-philosophical」で排除。意識のある存在は道徳的地位を有している、と主張する論文。たとえば、動物が道徳的なわけがないから、線引きを意識の有無にしようという論理だろうか。文中では、意識を持たない存在である哲学的ゾンビは道徳的地位がないと主張する。


医療技術評価への挑戦: 製紙工場、虚偽の主張、および架空の主張の支持

アラート日付:2月27日
原題:THE CHALLENGE FOR HEALTH TECHNOLOGY ASSESSMENT: PAPER MILLS, FALSE CLAIMS AND THE ENDORSEMENT OF IMAGINARY CLAIMS
掲載:MAIMON WORKING PAPERS
著者:Paul C. Langley
ジャンル:

「-drug」で排除。zombieの単語は"zombie claim"(主張)や"zombie trials"(試験)、 "zombie category"(カテゴリー)、 "zombie reporting"(報告)、 "zombie information"(情報)、 "zombie papers"(報告書)といった文字列で出てくる。問立て、試験、データにまつわる単語がゾンビ化していることと、タイトルの「医療技術」から察せられる通り、この論文におけるゾンビとは虚偽の治験データを指す。


それはどんな感じでしたか? 直観と意識の認識論

アラート日付:2月29日
原題:What was that like? Intuitions and the epistemology of consciousness
掲載:An Interdisciplinary Journal of Philosophy
著者:Brandon Ashby
ジャンル:

「-philosophical」で排除。哲学的ゾンビを含む、古典的な思考実験が物理学者に受け入れられすぎていると主張する論文。哲学的な思考実験の多くが物理学者によって「物理学的に回答可能である」と主張されてきた(大槻教授みたいな?)過去があることを念頭に置きたい。


休息不足: なぜ睡眠だけでは疲労が回復できないのか

アラート日付:2月29日
原題:The Rest Deficit: Why Sleep Alone Cannot Cure Our Fatigue
掲載:Partners Universal Innovative Research Publication (PUIRP)(リンク先はResearch Gate)
著者:A. Shaji George
ジャンル:健康学

「-narrative」で排除。エナドリで疲労を回復させることはできないと説く論文。カフェインを取りすぎるとゾンビになるのだろか。似たような内容の論文は以前もあった



「philosophical」と「Chalmers」の差分

検索条件3と4の差分を確認した。それぞれ、検索ヒット数は十件と二件で、哲学的ゾンビを扱う論文は四件と二件ずつだった。

「-Chalmers」は哲学的ゾンビを排除しきれていないが、あまり大したことではないと考えた。その理由は後述する。

検索条件3(ヒット数:十件)

以下の通り、二日で十件のヒットがあった。うち、哲学的ゾンビを扱っていると思われるのは太字で示す四件だった。的中率は40%。

まずは2月27日の分。

DEFINING COMPUTATIONAL PROPERTIES OF NEUROPHYSICAL REGIMES

  1. DEFINING COMPUTATIONAL PROPERTIES OF NEUROPHYSICAL REGIMES(神経物理学的領域の計算特性の定義)

  2. Affective Consciousness and Moral Status(感情的意識と道徳的地位)

  3. Abhinavagupta, the hard problem of consciousness, and the moral grounding problem(アビナヴァグプタ、意識の難しい問題、道徳的根拠の問題)

  4. The Necromantics: Reanimation, the Historical Imagination, and Victorian British and Irish Literature by Renée Fox (review)(レネー・フォックス著『ネクロマンティクス:蘇生、歴史的想像力、ヴィクトリア朝のイギリスとアイルランドの文学』(書評))

  5. Critical-Set Views, Biographical Identity, and the Long Term(クリティカルセットの見解、経歴、および長期)

  6. Strengthening Human Resource and Regeneration in The Process of Integrating Knowledge In Economics At PCIM Spain(PCIMスペインにおける経済学の知識の統合プロセスにおける人材の強化と再生)

  7. Consciousness Unbound(束縛されない意識)

  8. Moral sensitivity and the limits of artificial moral agents(道徳的感受性と人工道徳主体の限界)

  9. A critical race analysis of Māori representation in university strategic documents in Aotearoa New Zealand(ニュージーランド・アオテアロアの大学戦略文書におけるマオリ表現の重要な人種分析)

そして、2月29日の分。

  1. What was that like? Intuitions and the epistemology of consciousness(それはどんな感じでしたか?直観と意識の認識論)


検索条件4(ヒット数:二件)

以下の通り、二日で二件のヒットがあった。うち、すべてが哲学的ゾンビを扱っていた。的中率は100%。

まずは2月27日の分。

  1. Affective Consciousness and Moral Status(感情的意識と道徳的地位)

次に、2月29日の分。

  1. What was that like? Intuitions and the epistemology of consciousness(それはどんな感じでしたか?直観と意識の認識論)

「zombie philosophical」でヒットしている論文が二件抜けているが、『Abhinavagupta, the hard problem of ~』の方はアラートメールが勝手に「関連性の低い結果」に分けていたため、引っ掛けること自体はできていた。『Critical-Set Views, ~』の方は註で哲学的ゾンビに一言触れたのみであり、Chalmersにがっつり触れていなかったために引っ掛かりもしなかったようだ。まあ、そういうこともあると考えるしかない。


最後に

検索条件1は政治学、社会学が二件ずつ、気象学が一件だった。

ゾンビ論文のアラートチェックは、2023年2月に始めて丸二年がたった。様々なゾンビを見てきて中々知見がたまってきて、新しいゾンビ比喩を見かけることは少なくなってきた。だからだろうか、新しいゾンビ比喩が現れると、理解するのに非常に時間がかかる。今回の「ゾンビ規律(仮)」は時間をかけたにもかかわらず理解できなかった。今後こういったゾンビ比喩が大量に現れるのだろう。楽しみでもあり、恐ろしくもある。

今回はねらいの論文がなかった。


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