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いつか忘れる感想 2020-9-19

『この気持ちもいつか忘れる』読了

読了。
著者のいいところを何倍にも濃縮して詰め込んだような贅沢な気持ちになった。以下感想。ネタバレをたくさん含むので見出しを付けておこうかな。
めっちゃ面白かったので買って読んでみてほしいです。
ネタバレ防止の意味があるのかはわからないけど。
今日は読書と家事で終わったので感想以外に書くことはないです。
ネタバレ上等という方はこの後も読んでいただければ幸いです。
ダメな人は今日はここまで。また明日。

話をざっとまとめると

社会や周りの人々、自分を退屈でつまらないなと感じ絶望している青年、鈴木香弥(カヤ)が街外れの廃バス停で目と爪しか見えない異世界の住人チカと出会う。
最初はつまらない自分を変えるという目的だけで関わっていたカヤが、チカに対してその目的にそぐわない、合理的でない感情を持っていることを認め受け入れ、つまらない自分でもいいからチカと過ごそうと思ったところである事件が起きチカを失ってしまう。

それからは何年も人生のピークを終えた(=突風が過ぎ去った)後の凪のような人生を、周囲に合わせ表情言動を作りやり過ごす日々を送る。
そんな中、学生時代の友人(紗苗)と出会い、流されるように交際を始める。もちろんカヤの凪いだ心に恋愛感情などはなく、相手の欲しい言葉や行動を適当に取っているだけなのだが。
そして、こんな風に取り繕って生きている自分が誰かの突風になってはいけないと思ったカヤは、チカとのことやそれ以降自分は周りに対して心を動かされることが無くなったこと、紗苗に対して恋愛感情など持ち合わせていなかったことを伝え、別れる。
その後カヤは、喪失以降自分の中でずっと大事に抱え反芻し続けたはずのチカへの思いが熱を失い、思いだすのも容易でなくなっていることに気づく。

動揺し正常ではなかったカヤは、紗苗に何かされたのだと思い問い詰める。
そこで「気持ちはいつか忘れるものだ。だから無くなってしまわないように受け入れて前に進まなくてはならない」と諭され、いつかのように再び日々に何かを感じて生きていこうと決意をする。
といった感じの話。

感想

今までとは違い、恋愛長編であると公言されていたのでいつもの不条理であったり鬱々しい展開も少なく落ち着いて読めるかな~等と思いながら読んだけれど、全くそういうことはなかった。
むしろいつもよりそういう展開がてんこ盛りだったので読後かなりの間放心してひたすらにため息をついてしまった。
これって本当に恋愛小説なの?恋愛を描いているページ数より失恋、妄執を描いているページ数の方がはるかに多いが。

チカとの出会いから別れを「突風」と表現するのはすごくいいなと思った。
確かにそういう人生を変える出会いのようなものは突風に近いだろうな~とすんなりと飲み込むことができた。突然やってきて爪痕だけを残し跡形もなく消えるようなそんな感じ。
そしてその突風は誰にでもあると認めたうえで、あくまで自分のものだけは特別で崇高なものだと信じ切っている主人公の破綻具合も嫌いにはなれなかった。

THE BACK HORNのCDが封入されているんだけど、本の内容としっかりリンクしていて(コラボ楽曲だから当然である)、聴きながら読むと没入感が物凄かったです。ただ辛い展開が普段の何倍も沁みてくるので精神に異常をきたしてしまう可能性があった。

主人公のキャラがいつもに増して濃い。
この著者が書く男主人公は総じて「自分は世間の愚かさに気づき一歩引いてみている」というような、端的に言うと痛さを持っているのだが、今作はそういう面が特に強かった。
主人公のカヤは自分の生きる世界は誰もが普遍的で退屈でつまらないと信じ、周りを見下して生きている。さらに自分の中にあるつまらなさを異常なまでに忌避していて、何か自分の人生を特別たらんとする出会いを期待していた。ここまではちょっと拗らせた男子高校生にありがちな思考かな~という感じだったが、物語の後編で更に異質な思想が明らかになる。自分以外の人間を十把一絡げに「田中」と呼んでいる。一様につまらない人間だからだ。その中でも気になる人間がいれば少し違う名字になったりはするがあくまで個人として見はしない。
濃厚過ぎて喉につっかえそうなキャラをしている。鳥肌が止まらなかった。
こういうの好きだけど。

そんな主人公にも変化が訪れる。
ずっと求めていた特別な出会いを経験するのだ。夜の廃バス停で、目と爪しか見ることのできない女性と。
この出会いを機にカヤは少しづつ周囲を気にかけ始める。つまらないものだという認識を改めたわけではないが、彼女の世界との相互の影響を確認するために。
自分の感情を理解してからの心情を書くのが上手いなと思う。自分も同じ経験をしているかのような気持ちになる。一切したことのない経験だが。

こういう世界を俯瞰した気になった主人公がヒロインと出会い変わる話好きだな~~。著者も僕も。
『君の膵臓をたべたい』も『よるのばけもの』も『青くて痛くて脆い』もそう。『また、同じ夢を見ていた』も近い。
全体的にハッピーエンドに収まってくれないけれど、最悪のエンドを迎えるわけじゃない。大きな喪失や、気に入らない現状を乗り越えようと一歩踏み出すところでおわるので、いいな~~となっちゃう。あんまりすっきりとは読み終われないけれどそのラストのおかげで後味が悪くはならない。癖になる気味の悪さというか。

今回もそんな感じ。
チカを失ってからはひたすらに辛い展開が続くので、何度も耐えきれなくなり本を閉じ読むのを中断してしまった。
恐ろしく辛いのに読んでしまう。中毒みたいなものかな。


「見つからないように」

作中何度も「見つからないように」という挨拶が交わされる。しかし最初は何の説明もないので、何なのか全くわからないまま進んでいく。なので何かの伏線なのかとずっと疑いながら読んでいた。戦争とかそういうワードが頻繁に出るのでなおさら。

しかし実際は伏線ではなかった。意味はあったが。

「見つからないように」というのは主人公の住む町に昔から伝わる挨拶で、戦火から逃れこの街にやってきた先祖達が元の住民から隠れ、声を掛け合いながらひっそり暮らしていたころの名残だ。
それが今は意味を失い言葉だけが残っている。これ自体にさしたる意味はないが、物語を最後まで見ると、その挨拶の描写の持つ意味が分かる。
「見つからないように」はチカとの逢瀬を暗示していた。
ずっと昔にあった出来事。ただ当時の感情は忘れられ、今は言葉だけが残っている。ただ言葉は残り、先祖たちがいたことも、隠れて過ごしていた事実もなくなりはしない。
同様にチカとの逢瀬も感情は忘れてしまったが、チカに受けた影響も、チカがあの時バス停にいたこと、カヤと言葉や体温を交わしあったことは消えない。でもカヤはそのことに気づけなかった。「見つからないように」とあいさつを交わしていながら。

総まとめ

最高でした。チカとの別れが急で、明確に救いと言えるものがなかった(救いがあるのかと示唆するような描写はあった)のでモヤモヤとした気持ちこそあるが、そのモヤモヤも含めていい作品だった。
むしろこのモヤモヤなくては物足りなかったかもしれない。中途半端な救いはかえって物語を薄めてしまう。

この人の作品は本当にモヤモヤを抱えながら前に進む話が多くて、妙に心に沁みてくる感じがあるのでずっと読んでしまう。これもまだまだ読み返して反芻すると思う。
ただ恋愛小説か~?とはずっと思っているしこの先も思い続けると思う。忘れるまでは。

何にもまとまっていない長ったらしい文を投げてしまった。
また反芻してまとまったら書きたいな。
今日はここまで。

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