「おバカ映画」の巨匠 河崎実を知らない人は損してる
「おバカ映画」というジャンルがある。コメディ映画の中でも、特にB級色の強い作品といえるかもしれない。
このジャンルで他の追随を許さない巨匠が日本にいる。
河崎実監督、その人。
コメディ映画の監督というと、三谷幸喜氏がぬきんでて有名だろう。
河崎氏に彼ほどの知名度はないが、匹敵するほどの笑いがその作品にはこめられていると私は思っている。
そこで河崎氏の笑いについて、三谷氏の笑いと比較しつつ私見をのべた。
巨匠がくり出す笑いの手引きになれば幸いだ。
また先日、河崎氏の新作『突撃!隣のUFO』が封切られた。監督と出演者3人による舞台あいさつがあったので、レポートしたい。
■王道の笑いを三谷幸喜氏の『ラヂオの時間』に見る
まず三谷作品。
三谷氏の映画監督デビュー作『ラヂオの時間』(1997)は傑作だ。
映画の舞台は、ラジオ局でのラジオドラマ制作現場。この日がシナリオ作家デビューとなる主婦の書いたドラマを、落ち目の大女優やかつての二枚目俳優などが演じる。
だが主演を務める大女優のわがままで、主人公の名前が「律子」から「メアリー・ジェーン」へ変更されたのをきっかけに、シナリオがどんどん変わっていき、出演者もスタッフもてんやわんや……というストーリー。
たとえば、次のようなシーンがある。
つじつまが合わないのは、ドラマ主人公の名前を日本人名から外国人名に変えたせいなのに、それを直そうとせず、
「こうなったら、設定を外国に〜」とぶっとんだことを言い出すプロデューサー(ボケ)
冷静に疑問を投げかけるディレクター(広い意味でのツッコミ)
というふうに、このシーンはボケとツッコミからなっている。
漫才でよく見るボケとツッコミではあるのだが、この笑いを一段高いところから見てみる。
すると、この笑いが「作者以外はシナリオを変えるべきでない」という常識的というか、〈まじめ〉な考えを前提としていることに気づく。
そしてこの〈まじめ〉な前提が、プロデューサーの〈ぶっとんだ〉発言によって粉々に崩されることで、笑いが生じているとわかる。
別角度からいうと、権威の破壊によって笑いが生まれているといってもいい。
こんなシーンもある。
ここも最初の例と同じ。相手役俳優が〈ぶっとんだ〉発言(ボケ)をし、プロデューサーが泣き言をいう(ツッコミ)わけだが、一段上から見ると、やはり同じ構造を持っている。
「シナリオを変えるべきでない」という〈まじめ〉な考えが前提にあり、〈ぶっとんだ〉発言で、その前提がもろくも崩れさることで、笑いが生じているのだ。
乱暴にいえば、シナリオを壊せば壊すほど、つまりボケがぶっとんだ発言をすればするほど、土台となる〈まじめ〉な考えは粉々になり、笑いが大きくなる。
このパターンの笑いは、いろんな作品に含まれている。
たとえば、『Mr.ビーン』。常にネクタイをしめ、スーツを着た英国男性(〈まじめ〉設定)が、人にくだらないウソをつき、車で標識をなぎたおす(〈ぶっとんだ〉行動)。
ほかにもある。
生徒の手本であるべき教師がめちゃくちゃする(『スクール・オブ・ロック』)
市民の法律違反を取り締まるべき警察官がめちゃくちゃする(『ポリス・アカデミー』『ビバリーヒルズ・コップ』)
ちなみに、このパターンの笑いと警官ものは相性がいい。なぜなら「警官」は〈まじめ〉イメージが強いからだ。〈まじめ〉設定がものすごくしっかりしているので、〈ぶっとんだ〉言動によって、〈まじめ〉が壊れたときのインパクトが強くなるというわけ。
「権威を壊す」ともいえる、この構造の笑いは、よく目にするという意味で王道の笑いだ。
河崎実氏は、この構造を逆転させる。
■河崎実の笑いとは?
『地球防衛未亡人』(2014年)の中にこんなくだりがある。
以上のような会話の流れは、めずらしいものではない。たとえば災害救助隊や海難救助隊など「命の危険をかえりみず救出へ向かう」系ドラマでは、普通の流れだと思う。
視聴者はこの手のシーンを観て、隊員たちの勇敢さと使命感の強さに胸をうたれるに違いない。
しかし、『地球防衛未亡人』で上記のシーンを観た人は爆笑するだろう。なぜか?
まず、日本を守るヒーロー(「ヒロイン」ともいえる)を演じるのが、よりにもよって壇蜜氏というセクシー系&小柄な女優であること。
そういうふざけた設定にもかかわらず、彼女も含め俳優陣が大まじめに演技していること。
この2点だ。
つまり、〈ぶっとんだ〉設定の上で、〈まじめ〉なやりとりがかわされていることで生じる笑いだ。
そう、前述した『ラヂオの時間』における笑いの構造が、きれいに逆転しているのがわかるだろうか。
私はこのパターンの笑いを、テレビ東京の深夜番組『ゴッドタン』の人気企画「キス我慢選手権」にかけて、「キス我慢フォーマット」と呼んでいる。
キス我慢選手権とは、キスしようとしてくるセクシー女優を、お笑い芸人がどれだけキスせずに我慢できるかを競うおバカ企画。
たいていの場合、アドリブ合戦になって、両者の頭の回転の速さが垣間見られるのだが、そもそもこの企画には、「セクシー女優がキスしようとしてくるのを我慢しなければならない」という意味不明な、ぶっとんだ設定が前提にある。
そして、この設定のうえで真剣に〈まじめ〉にふるまえばふるまうほど笑える、という構造になっている。
たとえば、よく見られるのがこんな展開。
なんなの、このやりとり。
いずれにせよ、河崎氏の笑いと同じ構造がここにある。
『ラヂオの時間』の笑いを分解した際と同様の言い方をするなら、〈まじめ〉な言動が〈ぶっとんだ〉設定を壊すことで、笑いが生じている、といえるかもしれない。
ちなみにキス我慢フォーマットにおいて、セクシー要素は本質ではない。
河崎氏の劇場映画初監督作『いかレスラー』(2004年)にもこのフォーマットが使われているが、同じく笑えるからだ。
『いかレスラー』においては、主人公はセクシー系女優ではなく、イカ。
つまり、「イカが主人公」という〈ぶっとんだ〉設定が前提にある。
映画の中で、イカはプロレスラーとして人間相手に試合をし、集まった人間のファンと談笑し、人間の恋人と愛しあう。
「なぜイカが?」という疑問は発せられるけれども、最初だけ。ほぼ全編をとおして、なんの違和感もないかのように、人々はイカとともに暮らしている。
いやいや、おかしいでしょ。こいつ、イカですよ。
まさに、キス我慢フォーマット。
要するに、「イカが主人公」という〈ぶっとんだ〉設定がまずあり、そのうえで、イカや周囲の人々が〈まじめ〉にふるまえばふるまうほど笑える、という構造になっている。
キス我慢フォーマットは、河崎氏の多くの作品に見られる。彼の映画に怪獣や特撮ヒーローがよく出てくるのは、偶然ではない。
それら空想キャラクターは、〈ぶっとんだ〉設定を作り出すのにきわめて有効だから、登場する機会が多いのだ。
もちろん、河崎氏本人が特撮大好きという理由もあるだろうけれども。
そんなキス我慢フォーマットの笑いを使いこなす「天才」、河崎氏の新作が2023年2月3日、封切られた。
■河崎実監督作『突撃!隣のUFO』
2月5日の上映後、河崎氏と出演者による舞台あいさつがあるというので、私はヒューマントラストシネマ渋谷へ飛んだ。
主演は、日本テレビ系『ルックルックこんにちは』の人気コーナー「突撃!隣の晩ごはん」を担当した落語家ヨネスケ氏。
見知らぬ家へズカズカ入りこんで、住人の驚く顔もかまわず晩ごはんを味見する彼の姿を覚えている人も多いだろう。
そのずうずうしさそのままに、ヨネスケ氏演じる滝捜査官がUFOへ突撃し、調査するというストーリー。
ここにもやはり、キス我慢フォーマットが使われている。地球に飛来したUFOを調べるのが、金のしゃもじを持った落語家ヨネスケ氏という〈ぶっとんだ〉設定を見れば、そのおもしろさはお墨つきに決まってる。
実際、私の声も含め、そこかしこのシーンで爆笑の声があがっていた。
今作はイケメン俳優やAKB48のアイドルが出演しているし、笑い的にも、きわめてとっつきやすい組み立てになっている。
上映後、4人が登壇。
左から
監督:河原実
捜査官:濱田龍臣
主演:ヨネスケ
捜査官:服部有菜
落語家ヨネスケ氏のトークが軽快なのは当然かもしれないが、他の3人からも楽しい話が続々と出てきた。
UFO用語がわからないヨネスケ氏に、濱田氏がいろいろ教えてあげてた
UFOに吸いこまれ、テーブルにのせられた牛を、ヨネスケ氏が『隣の晩ごはん』ふうに「おいしそうですね」と言っている絵が河崎氏の頭に浮かんだのが、この映画の始まり
○○に顔をつっこんだヨネスケ氏が、顔を上げてニコッとするシーンは、『シャイニング』のジャック・ニコルソンをオマージュしている
服部氏が映画の画像をSNSに載せたところ、AKB48のメンバーから「なに、この映画?」といぶかしむような反応が返ってきたらしい
トークの合間には、ヨネスケ氏と服部氏が観客席まで下りてきて感想を集める、というか客をいじるなど、和気あいあいとした30分であった。
この日、ミラクルが2、3つ重なって、一緒に写真を撮ってもらうチャンスを得た。
快く応じてくださったお二人と、スタッフの方々に感謝。『突然!隣のUFO』、めちゃおもしろかったです!
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