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【エッセイ】おかえりなさい

 学校からの帰り道、2人はいつも畑にいた。「ただいま」とあいさつすると「おかえりなさい」。よく庭になっているアケビをくれた。
 ぼくがどんどん大きくなるにつれて、2人はどんどん小さくなった。腰は曲がって、畑から家までゆっくり歩いていた。
 数年後、お菓子をくれるのはお婆さん1人になった。変わらず毎日、畑にいた。テスト期間中など勉強がイヤになると、話に行った。「何人兄弟?」「6人はおったけど、1番上と2番目は戦争に行って死んだ。あとはあそことあそこに住んどる」「畑で何作ってるの?」「芋やきゅうり、キャベツ、白菜だよ。鶏もおるよ」。
 いろんな話をしたのに、今ではあまり覚えていない。茅葺き屋根の大きな家だった。
 それから20年。空き家になって久しい。2人は我が家を見下ろす丘に眠っている。戦争で亡くなったり、病気で若く亡くなった兄弟や先祖のお墓もそばにある。家はまだ壊されていない。息子夫婦が時々来ては掃除している。聞くと、自分たちが元気なうちは壊したくないらしい。
 家は人間より長生きだ。でも同じように歳をとる。2人の家は2人が住んでいた時のままだから思い出が詰まっている。庭に行けばぼくも当時に戻ったような気になる。画家の東山魁夷は「古い家のない町は、思い出のない人と同じです」と言ったが、ぼくの記憶は確かにこの家に詰まっている。
 今年もアケビが大きくなっている。主人が眠っている方向に、実っている。次の「おかえり」を待っているかのように。

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