【短編小説】お嬢ちゃんと呼ばれたくて
私は何故そのようなことをしてしまったのだろうかと深く後悔していた。
目の前には四方80センチほどの1つのテーブル。それを挟んで『強面の男1』と『強面の男2』が向かい合って座っていて、それぞれの背後には子分が1人ずつ立っている。つまり、このコンクリートの匂いしかしない狭い狭い部屋には、私を含めて5人の人間がいることになる。
そしてテーブルの上には6連発のリボルバー。スイングアウトのスミス&ウェッソン式だ。どうしてこんな物騒なものが無防備にそこに置かれているのかは、この場にいる誰もがすでに理解していることだ。
「俺からいこう」
スキンヘッドの『強面の男1』はそう言ってリボルバーを手に取り、銃口を自分のこめかみに突き付けた。
その瞬間に場に冷たい緊張が走ったが、強面の男たちとその子分たちがたじろぎもしなかったので、私も唾を呑むことをやめて平静を装った。この状況、今しがた銃を手に取ったこの男がその直前に放った一言でおおよそ察しが付く人間は少なくはないだろう。
スキンヘッドはまっすぐに正面を睨みつけながら引き金を引いた。銃声は響かなかった。
そう、これはロシアンルーレットなのである。
向かい合う2人ずつの人間たちのちょうど真ん中の位置に立つ私が中立の立場であることは、もしもこの部屋を『神視点』で眺めることができる人間がいたならばそう見ただけで伝わることだろう。
双方の背景や事情はよく知らないが、この男たちはいわゆるヤクザもので、何かに揉めに揉めた末にこういった形で命をやりとりして決着することを望んだことは知っている。
中立の私が、周りから見えないように銃に1発だけ弾を込め、ヤクザの男2人が交互に引き金を引いていくというルールでこれは行われているのだ。
私はと言えば、下っ端なのであまり詳しく知らないのだが『そういう商売』なのである。彼らのような人間たちが巣食う社会で時に必要とされる『中立の存在』を報酬1つで任される第三国のような組織に私は属している。が、私にはこの商売や組織が向いていなかったと、今とても後悔しているのだ。
「まぁ最初だからな。次は俺だ」
オールバックの『強面の男2』はそう言ってリボルバーを手に取り、シリンダーを弾いて回したあと、銃口を自分のこめかみに突き付けた。その瞬間に場に冷たい緊張が走ったが、強面の男たちとその子分たちがたじろぎもしなかったので、私も唾を呑むことをやめて平静を装った。
オールバックはまっすぐに正面を睨みつけながら引き金を引いた。銃声は響かなかった。
当然である。何故ならこのリボルバーには弾が1発も入っていないのだから。それが私の過ちである。
「お嬢ちゃん、今日はあと少しで帰れるよ」
オールバックはリボルバーをテーブルの上に置きながら、私に一切視線をくれることもなくそう言った。
私はそれを聞いて『好き』と思うしかなかった。
私はこのような、シャツの首元から和彫りがチラリと顔を覗かせるような強面の男に『お嬢ちゃん』と呼ばれることにたまらなく興奮するし、実際何も考えずにそれだけが目当てでこの仕事に就いた。性癖というものは人間の思考を酷く鈍らせるのだと私は確信している。
それにしてもこのオールバック、とてもカッコいい。
先程オールバックがしたように、このロシアンルーレットはルール上、引き金を引く前にシリンダーを回転させる。つまり1回撃つごとに弾の位置は変わるので、順番が決まった時点でどちらが死ぬのかが確定する形式ではなく、頭を弾が撃ち抜いてしまう確率は毎回6分の1という形式が採用されているのだ。無論、弾が入っていればの話だが。
にもかかわらずこのオールバックは、引き金を引く前に『まぁ最初だからな』と言った。最初もクソもないのである。そういった計算は全くできないくせに、命を失う危険などにはまったく恐れることなく只々正面の敵を睨みつけながら躊躇なく引き金を引いたのだ。カッコよすぎる。頭脳に頼っていないのにめちゃくちゃ自信があるところが素敵だ。
そして今しがたの一言である。『あと少しで帰れるよ』と。つまりは次のターンで対面のスキンヘッドが死ぬとそう言い放ったのだ。確率というものを理解していないが故なのか根拠のない自信の表れなのか虚勢なのかはまったくわからないが、何にせよ声もハスキーでカッコいいしかなり好きすぎる。私は恋をした。
次の瞬間に『シュボッ』という音が聞こえてきた。スキンヘッドがタバコに火を点けたのである。
『今?』と思ったがそれはあまりにもカッコよかった。名前は知らないが80年代の映画とかでよく出てくる金ピカのライターで『シュボッ』と、タバコ、しかも両切りのタバコに火を点けていたのだ。好きすぎる。
「とっとと決めよう」
スキンヘッドはシリンダーを回した。いやタバコもうちょっと吸えばいいのに。
それとも、自分がこのゲームで死ぬという未来を全く描いていないのだろうか。タバコを今吸い始めてそれから銃の引き金を引いてたとしても、何事もなくそのあと全て吸いきれるという謎の確信があるのだろうか。そういうところが私はとてもカッコいいと思うし、どう考えてもセンスの悪いゴツゴツしたピカピカの腕時計がどうしてか似合ってしまっているその厳つさにも惚れ惚れとしてしまう。好きです。
スキンヘッドはタバコを咥えながら銃口を自分のこめかみに突き付けた。
その瞬間に場に冷たい緊張が走ったが、強面の男たちとその子分たちがたじろぎもしなかったので、私も唾を呑むことをやめて平静を装った。弾が入っていないことがいつバレるのかと気が気ではない。
スキンヘッドはまっすぐに正面を睨みつけながら引き金を引いた。当たり前だが、銃声は響かなかった。
たとえ仕事とはいえ、私にはこのリボルバーにどちらか一方の命を奪う弾を入れることはできなかった。何故ならこの場に来てスキンヘッドとオールバックを見た瞬間に2人のことを好きになってしまったからだ。愛する男の命を奪える女がどこにいようか。
あまりにも2人がカッコよすぎたので『双方とも死なないのであれば中立は守れる!イケる!』と思ってしまった数十分前の私を殺してやりたい。もしも予定通り1発だけ弾を込めたならばそれはそのときの私の脳天に直撃するべきものであろう。今はとにかく平静を装うのにただただ必死になっている。
それにしてもこのスキンヘッド、よく考えたらかなりすごいな。こいつ最初に『俺からいこう』って言ったんだよな。冷静に考えたらそれって大分ありえなくて、6分の1とはいえ相手に引き金を引く機会さえ与えずに自分が死んで負けるかもしれないという不利な順番を進んで取りに行くような、そんなこと言えます? カッコよすぎるだろ。
「悪いな。タバコ吸い終わるの待ってやれなくて」
オールバックはそう言うとテーブルのリボルバーを手に取ってすぐにシリンダーを回し、それが止まった瞬間にこめかみに銃をあてたかと思うと緊張が場に走る間もなくすぐに引き金を引いた。銃声なんか響くわけがなかった。だって弾が入ってないから。
いやなんなの、このオールバック。早すぎでしょ。そういう『クイック』みたいなのもあるの? 1、2塁にランナーがいたの? いずれにせよかなり意表を突かれたし、とてもカッコいいと思ったし、よく見たら顔もかなり男前な気がしてきた。私は結婚とか、イケます。
オールバックはリボルバーをテーブルに置くと、懐から葉巻を出してジッポライターで火を点けた。いやどんだけゆっくりするつもりなんだこいつ。カッコよすぎか? あなたと悠久の愛を育みたい。
「6分の1を5回目までに引く確率は59.81%ってところか」
スキンヘッドはそう言いながらテーブルのリボルバーを手に取った。
いや、ちょっと待ってくださいね。あなた、もしかしてですけど『頭脳もあるタイプのヤクザ屋さん』ですか? あ、いえ、それはそれでいいと思います。何故ならとても見た目とのギャップがあるので、私そういうの好きなんです。ちなみに、もしかして猫とか好きですか? だとしたら私は、あなたの子を産みたい。
スキンヘッドはまだ半分ほどしか吸っていないタバコを咥えたまま、弾の込められていないシリンダーを回した。その姿は私はとてもカッコいいと思ったし、弾さえ入っていればもっとカッコよかったなと思った。本当にごめんなさい。わかるよ。撃つんだよね。また躊躇いもなく。
スキンヘッドはまっすぐに正面を睨みつけながら一切の躊躇いを見せずに引き金を引いた。銃声ってなんだっけ。
私は注文通りに銃に弾を込めていないが故の『いつバレるか』というドキドキと、2人の好みの男性が場にいることへのドキドキで自分が平静を装えているかどうかがとても心配になってきている。
先程までは眼中になかったが後ろで立っている2人の子分もなかなかにガラが悪くて好みかもしれなくて困っている。これ以上私の気持ちを弄ばないでほしい。
タバコと葉巻の煙が立ち上る中、オールバックはスキンヘッドがテーブルに置こうとしたリボルバーをそのまま手から奪い取った。クイックにも程がある。お前は葉巻をゆっくり楽しめよ。しかしながらその狂気、ラブでございます。
オールバックは先程のようにすぐにシリンダーを回し、それが止まった瞬間にこめかみに銃をあてたかと思うと緊張が場に走る間もなくすぐに引き金を引いた。なんでそんなことするの? 好き。
ていうかこれもうバレてるだろ。弾入ってないの。
いくら恐れを知らない漢たちでも自分の命を奪うかもしれない引き金ってこんなに軽々しく引けないと私思う。わかってるからこんなに簡単に引けちゃうんだよね。そうだよね。いくらなんでも度が過ぎるから、私そう思う。
オールバックはリボルバーをテーブルに戻し、手に持った葉巻を燻らせながら口を開いた。
「さすがにそろそろ出るかね。ハハッ」
セーーーーーフ!
バレてない! まだバレてませんでした! まだバレてません! 現場からは以上です!
いや待て。喜ぶのはまだ早い。もしかしたら『頭脳もあるタイプ』かもしれないスキンヘッドさんの見解がまだだ。安心できない。彼はきっと見破ってくる。何故なら頭脳にはそういうカッコよさがあるから。
私はギリギリのところでおそらく装えている平静そのものの表情を崩さずに、スキンヘッドが次に発する言葉を待った。
「お互い悪運が強いな」
セーフでした。スキンヘッドさん。あなたのそういう『頭は良いけど都合の悪いことには決して気付かない』という一面を、私はとても愛しています。騙されてはいけませんよ。あなたのことを守れるのは私だけです。結婚しましょう。
というかお二方、そろそろ私に構ってもらえませんかね。そろそろ『お嬢ちゃん』が欲しいんです。私の仕事のやりがいってそれですから。それが報酬みたいなものでして、あ、そうなんです、私って『オジョモク』なんです。そんなオジョモクの私に、どうか一言だけお願いできませんでしょうか。
「お嬢ちゃん。悪いんだけど、弾の位置を変えてもらえるかい」
好き。好きというか、しゅき。スキンヘッドさん。今、私は、あなたのオタクになりました。今後は最前列で精一杯やらせていただきます。
ていうか今なんて言いました? 弾の位置を変えろ?
「たしかにそうだな。今の位置じゃ決着がつかないような気がしてきた」
オールバックさん。あなたって人は多分、ロマンチックな占いとかを信じてくれるタイプ。あなたと私はどうやったら今世で結ばれるのでしょうか。一緒に占ってもらって相性が良かったら、それはもうドキドキしますね。
というか今これチャンスなんだよな。弾込めてないのバレてなくて、今込めたら込めてなかったこと帳消しにできるし。え~。でも込めたらどっちか死んじゃうんでしょ~。困る~。私困る~。困っちゃう~。
しかしながら平静を装っていた私はとりあえず2人の言う通りにリボルバーを受け取り、後ろを向いてから弾を込めるか込めないかをギリギリまで悩むことにした。仕方がない。恋はいつだって駆け引きなのだから。
2人の未来の旦那さん候補に背を向けながらそう悩んでいると、突然背後から『ガゥン!ガゥン!ガゥン!』と3発のけたたましい音がした。
あ、私これ知ってる。銃声。
振り返ると、スキンヘッドとオールバックとオールバックの子分の3人が額から血を流して伏していた。さすがに怖すぎる。
間違いなくこの状況を作ったのは今もまだ銃をその手に構えているスキンヘッドの子分だった。あ、これ私も殺されるのかな。
「最初からこうすればよかった」
子分は低い声で確かにそう言った。ちょっと待ってくださいね。もしかしたら、あなたって一番カッコいいかもしれない。組織を裏切って鉛玉で全部解決しちゃうって、なんか突き抜けた強さがあると思う。ていうか銃の腕すごくない? 私そういうの好きかもしれない。
「お嬢ちゃん、あんた俺の好みだ。一緒に逃げないか」
はい。逃げます。末永くよろしくお願いします。私はあなたのことを愛しています。子供は3人が良いです。やっぱり後悔って未来への糧になるんですね。勉強になります。あとこの仕事もう辞めます。あ、これって寿退社だ。
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