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ウイスキーを女性に喩えるシリーズ #6(ラガヴーリン 8年)

『君は、若いときから綺麗だった。』


大学に入って2年目の秋。
僕たちは出逢った。


目が覚めると僕は白いベッドに寝ていて、
黒縁眼鏡をかけた君が、となりの椅子に座って本を読んでいた。

状況がまったく掴めない。

「ここは、、」

むくりと起き上がる僕に、君が言った。

「ここは大学の保健室です。それより大丈夫ですか?」

話を聞くと、どうやら貧血で倒れていたところを通りがかった君が助けてくれたらしい。

「はい、なんとか。。ここのところ寝不足だったからかな」

頭を掻いている僕をまっすぐ見ていたので、
内心ドキッとした。

「あの、、なにか僕の顔についてます?」

「あっ、いや、そういうわけではないんですけれど」

そういって君は視線を下げた。


「大学の保健室なんて、はじめてきたなあ」

なんて照れ隠し半分で言うと、君は

「そうですね」

と、眼鏡を外しながら言葉を返して、
窓からの遠い景色を眺めていた。

秋の風が、君の香りを運んでくる。

本のページがめくられていたけれど、
君は気にしていないようだった。

そのきれいな横顔を、いまも鮮明に覚えている。


君の読んでいた本の背表紙には、
どうやら英語ではない文字の羅列がみえた。

「それ、どういう本なんですか?」

「あっ。これはドイツの小説なんです。若い建築家の主人公が、彼女のために家を設計するお話で、、」

「えっ、ドイツ語読めるんですか」

「はい。ドイツ語を専攻で取っていて、その勉強も兼ねているんです」


その佇まいといい、口調といい、表情といい、
君をとりまくすべてに、知性と品性のようなものを感じた。


それから君の話をいろいろ聴いているうちに、
すっかり月が見える時刻になっていた。

「おっと、もうこんな時間だ」

「あら、すみません。つい話し込んじゃって」

ふだん、こんなにじっくり本の話をすることがなかったそうだ。
僕もここまでひとの話に聴き入ったことは、これまでなかったかもしれない。


「もう暗いので、途中まで送っていきますよ。貧血気味の男だと頼りないかもしれないけど」

君は鈴のように笑った。

大きな目は、笑うと三日月のような形になって、僕はそれを魅力的に感じていた。

歩いて帰れる距離だといっていたけれど、
たまたま僕も同じ方面だったので一緒に歩くことになった。


今夜も、月は夜空の一等地に咲いている。


僕は月が好きだった。

太陽のような輝きもいいけれど、
月光のような明かりもまたよい。

月に勇気づけられたことがある人は、
きっとすくなくないはずだ。


心が、澄んでいる。

そして、頭ではよくわからないけれど、
直感のようなものが僕を伝って流れ出た。


「あの、、僕と付き合っていただけませんか」


君はゆっくりと立ち止まった。

その目は、夜の暗闇を吸い込むようだった。

君の後ろに、ちょうど下弦の月が咲いている。


あまりに急な申し出であるにもかかわらず、
そこまで驚いていないようだった。


そして、三日月のように目を細めてこう返した。

「はい、よろしくおねがいします」


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実は、はじめて君を見た瞬間に、
もうこのひとしかいないとおもった。
ラガヴーリン 8年。

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