やはり登る山を間違っていたのに気付く

昨夜気付きました。

正しいデータ整形で正しいデータを作り、正しい学習をし、正しく推論し、正しく評価し、正しく調整し、正しく改善していく。

これが目的になってしまってる。


もちろん適当でいいなんて言うつもりはありません。

ゴミ箱からはゴミしか出ない。

わかります。まだAI一年生ですが。


私は専門家でもなければ、学生時代にコンピュータサイエンスなどは、これっぽっちも触れてきませんでした。

ただ、Excelで指数を作りフィルターをかけての予想に限界を感じ、必要になったからAIを勉強した。それだけです。

なので、AIを専門にやられている方や、深く学んだ方々なら知っていて当然のことも知らない。セオリーも知らない、経験も少ない。

私は特徴量を標準化だ正規化だ対数変換だと、形に拘ることばかりで、自由に特徴量をクリエイトしていくという発想が全く無かったです。

適当じゃダメです、それはもちろん。

大事なのは、いかに予測の精度を上げるか。

これのみが正義なんじゃないかなと。

これ以外に目的は無い。


先輩方が残してくださっている全ての情報に改めて感謝します。



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