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アリババの投資先505社から覗く未来

かの天才科学者アイザック・ニュートンは次のような言葉を残している。

If I have seen further it is by standing on the shoulders of Giants.
もし私がより遠くを見渡せたのだとしたら、それは私が巨人の肩の上に乗っていたからだ。

私たちが自分だけで見える世界には限りがある。ただ他者の行動を追うことによって、その人が見た世界と同じものを覗くことができる。

そしてそれこそが、人が人たる意義であり、人類がここまでの発展を遂げた理由だろう。

ましてや、その覗く世界が巨人が見るものだとすれば、私達に与える示唆は計り知れない。

そこで本シリーズでは、IT業界の巨人の投資先から、彼らが見据える未来を解きあかしていく。そしてそれを著者である私や、読者である皆様の事業に還元していくことを目指したい。

第1回となる今回はアリババ(Alibaba、阿里巴巴)を取り上げる。

本分析はiT桔子から取得した計505件の投資先のデータを用いて行った。
(iT桔子とは中国版Crunchbaseのようなサービスである)

ちなみに本サービスの支払いはAlipayとWechatpayしか受け付けていない。そのためデータを購入する場合はいずれかのアカウントを準備するか、中国在住の友人を頼ってほしい。
(私達はここで「When in Alibaba, do as the Alibaba do (アリババを知りたければ、まずアリババに従え)」という洗礼を受けることになる。その意味においてアリババは文字通り「帝国」と言えるだろう。)

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iT Juzi

以下は今回の分析で用いたデータの一部だ。ご覧のように、投資先の事業内容(公司简介)、住所(地点)、産業(行业)、ラウンド(轮次)、投資金額(融资金额)、バリュエーション(估值)、また投資時期(投资日期)が記載されている。

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これにより私達は「アリババがいつ、どの地域の、どんな事業を行っている企業に重点的に投資しているか。また投資するラウンド、どの程度のシェアをとっているか(支配力を及ぼしているか)」を知ることができる。

これらの軸を横断的に見ることで、アリババの見据える未来、そこにいたる山の登り方が立体的に見えてくるはずだ。

ただその考察にはひとかどの時間では足りない。そこで今回は産業軸に絞った分析をご紹介したい。

アリババ(巨人)の肩の上に乗って見渡した未来はどんな世界なのだろうか?

早速本論に移っていこう。

産業別投資先数

まずアリババが投資する505件の企業を産業別に見ていこう。

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上記のグラフから、アリババは主に企業向けソフト(85件)、エンタメ(62件)、EC(57件)、金融(56件)、ローカルサービス(51件)、自動車/交通(34件)、物流(33件)の分野に投資していることがわかる。

このデータだけでも、「アリババは小売(EC)を軸として、小売基盤を拡張する分野への投資(企業向けソフト、ローカルサービス)、物流機能改善への投資(物流)、決済機能改善への投資(金融)を進めている」といった粗い仮説が建てられる。

続いて更に仮説の解像度を上げるべく、投資先企業の事業内容を見ながら、アリババが描く未来を考察してみよう。

アリババの4つの投資方針

アリババの投資先から私は4つの方針を見出すことができた。順に説明していこう。

1).ユーザーとの接点を増やす。かつシームレスにする

まず目立ったのはユーザーとの接点を可能な限り増やすための投資だ。

例えば決済。これまでアリババは中国国内のAlipayの利用店舗を広げることでユーザーとの接点を増やしてきた。ただそこではリーチできないものもある。たとえば公共交通機関の決済だ。そこでアリババはmetro大都会(上海の交通決済サービス)と連携し、交通機関でもAlipayを使えるようにした。

また国外での決済への展開も進めている。Paytm(インド)、bkash(バングラデシュ)、KakaoPay(韓国)、Mynt(フィリピン)、Ascend Money(タイ)、V-Key(シンガポール)などがそれにあたる。

またユーザーとの接触をシームレスにする試みも進めている。EyeVerify(zoloz)という眼球認証サービスや、旷视MEGVIIという顔認証サービスへ出資しているのはそのためだろう。

これらへの投資を通して、アリババはユーザーとの接触範囲を広げる一方、接触時の摩擦を減らしていると言える。

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paytm

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EyeVerify(zoloz)

2).ユーザーをアリババ経済圏に惹きつける

ユーザーとの接触を増やし、かつ滑らかにした後は、一人でも多くの人を惹き付け、アリババ経済圏に滞在してもらう必要がある。そのための投資も目立った。

例えばエンタメ分野への積極投資。アリババはリアル/デジタルのエンタメ企業に積極的に出資している。動画プラットフォームのbilibili、映画製作の万达电影向上影业(映画製作会社については子会社の阿里影业含む計22社出資)、韓国の芸能事務所SMエンタテイメントなどがその一例だ。

これはAmazon(Prime Video)や楽天(Rakuten TV)がとっている施策とも重なる。

またローカルサービスの饿了吗OfoHello  Bikeなどへの出資も、アリババ経済圏の価値を高める施策の一環として捉えられるだろう。

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万达电影

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Hello Bike

3).ユーザーのことを徹底的に知る

ユーザーを惹き付けて滞在してもらった後は何をするのか?「ユーザーを徹底的に知り、彼らが将来欲しいであろうサービスや製品を提供し、彼らを更に惹きつける」が正解となるだろう。

そのために試行と解析が必要となる。(2)で説明したサービスはその一環としても捉えられる。例えばバイクシェアリングアプリは、計測可能なユーザーの行動を能動的に作ることによって、その人の信用を測っている。これはエポスカードや楽天が、クレジットヒストリーが無い学生を対象にクレカを発行し、自ら彼らの信用度を作っているのと似ている。

また取得したデータをより精緻に解析するための投資も行っている。DataArtisans(Ververica)Sensetimeなどが投資先の一例だ。

以上の試みにより、アリババはユーザーの解像度を極限まで高めている。

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DataArtisans(Ververica)

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Sensetime

4). マスとバーティカルを掛け合わせる

アリババはこれまで、マス(ホリゾンタル)に対して(1)~(3)のイテレーションを回すことで、ユーザーを惹き付けて離さない経済圏を提供してきた。

しかしそれと並行し、各ユーザーが属するコミュニティ(バーティカル)に特化した経済圏の構築も進めている。

すなわちマスバーティカルを掛け合わせて、ユーザーのことを更に精緻に知ろうとしているのだ。その象徴的な例が汇通达だ。

これは農村地方のユーザーに特化したO2Oサービスだ。工具の販売、農作物の物流支援、資金繰りのサポートなど農民特有の需要に対するサービスを提供している。いわばアリババ経済圏の農村特化版だ(私はこれを農協2.0と呼んでいる)。

今後同様の試みは各業界で行われていくだろう。個人に近いSmall Bの業界特化型経済圏が立ち上がり、それがマスの経済圏と紐づいていく。そして私達のペルソナはより精緻にデジタルの世界に反映され、私達が願うものは意図せずに満たされていく。

この波は日本を始めとした世界各地にも遅かれ早かれ来るに違いない。

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汇通达

以上4つが、アリババの投資方針だ。これらの投資から、アリババはどんな未来を作ろうとしているのだろうか? 私の仮説をご紹介したい。

505社の投資先から覗く、アリババが見据える未来

アリババの投資先から覗く未来、それを私は次のように考えた。

「ユーザーにとって魅力的なコンテンツや体験を提供し、可能な限り多くのユーザーにアリババ経済圏に入ってもらう。そこで各ユーザーの全ての行動を取得・計測し、彼らが次に求めているもの予測し提供する。最終的にはユーザーの24時間の生活のインフラになる」

「そんなこと小学生でも知ってるよ」という返事が返ってきそうだ。面白くも何ともない、至極当たり前な結論になってしまい大変申し訳ない。

ただこれを実際に実現しているところに、アリババの凄さがあると私は思う。

夢とは、その壮大さよりも、その壮大の夢に尻込みせず、立ち向かうことに意義や難しさがあるのだから。

さて、アリババの505の投資先から皆さんはどんな未来を見出し、どう自社の事業に活かすだろうか?

もしも対話を通して、自社や世界の未来に思いを馳せたい方がいれば私に連絡してほしい。ディスカッションの機会を持てれば幸いだ。(最後に私の連絡先を記載しています)

注目すべきその他の投資先

上記で説明した投資先以外にも興味深い企業は山ほどある。ここでは私が興味を持った企業を一部ご紹介したい。

小鹏汽车

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小鹏汽车は中国のテスラと呼ばれるEVメーカー。すでに100億元(1600億円)以上を調達し、評価額は250億元(4000億円程度)を超えている。

またアリババは完成車にとどまらず、MaaS分野には全方位的に投資している。配車サービス(滴滴立刻出行)、自動運転技術(DeepMap)、充電基地(猛犸充电)、二次流通マーケット(大搜车)などが主要な投資先だ。

ここから、アリババが交通インフラを志向していることが読み取れる。

配車サービスでユーザーの動線を掴み、車両と充電施設を適当な場所に設置する。運転はもちろん自動化。また乗車中の満足度や二次流通市場での購買情報から嗜好を読み取り車両生産にフィードバック。それを配車サービスで流す。このループを回し、人の移動を自動化/最適化していく。

このような未来が来た場合、日本の自動車メーカーはどうなるのか。ただの下請けに成り下がりはしないか。また自動車メーカーに依存する日本経済はどうなるのか。そう考えると、この潮流は私たち日本人にとっても切実な事態だとわかる。

大润发

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アリババは昨今リアル店舗への展開を加速させている。いわゆるニューリテール(新零售)と語られる動きだ。その文脈では盒馬鮮生の展開が有名だが、並行して既存の小売プレイヤーへの出資も進めている。その一つが大润发だ。同社は売上で中国第2位の規模を誇るスーパーである。(これはアマゾンがホールフーズを買収した流れと似ている)

また小売の拡張という文脈では海外ECへの積極展開も注目すべき点だ。アリババは既に世界各国、特に成長著しい新興国への投資を進めている。Tokiopedia(インドネシア)、Snapdeal, Paytm Mall(以上インド)、Trendyol Group(トルコ)、Lazada(シンガポール)などがその一例だ。

菜鸟

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アリババは物流への投資も頭一つ抜けている。その筆頭が菜鸟だ。菜鸟は2013年にアリババが複数の物流業者と連携して設立した物流企業であり、同社の物流を統括している。金融におけるアントフィナンシャルのような役割を担う企業だ。アリババは今後菜鸟を中心に1000億元を物流に投資すると宣言している。

またアリババは物流分野でも全方位的に出資している。卡行天下(企業間物流)、中通快递(ラストワンマイル)、快狗速运(物流最適化)、快仓沃天下(倉庫内最適化)などが主な出資先だ。

Qupital

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Quiptalは香港をベースにしたサプライチェーンファイナンスの企業だ。Zenportを貿易金融を提供する上で参考にしている企業である。彼らの詳細は別の記事で書いているのでそちらを見てほしい。

またFintechの分野でも、アリババはアントフィナンシャルを中心に積極投資を行っている。我来贷中和农信(レンディング)、众安保险保险师(保険)、弘量研究(投信)など、分野も全方位的だ。アリババ(アントフィナンシャル)が世界一の金融コングロマリットになる日は近いだろう。

以上が私が注目する企業群だ。ただこれらは投資先のほんの一部に過ぎない。みなさんも是非ご自身でチェックし考察を深めてほしい。

最後に

今回はアリババという巨人の投資先から、彼らが描く未来を覗いてみた。

この分析が皆さんの事業に示唆を与えることができれば幸いだ。


・Sera加世田の連絡先
TW:https://twitter.com/toshi_kaseda
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参考記事
https://glotechtrends.com/alibaba-new-logistic-180605/
https://zuuonline.com/archives/153241


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