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大巻工務店の2代目社長

「ママ!いつものね」
モーニングサービスの時間が終わってから来るのは、リリーの斜向かいにある小さな会社、大巻工務店の2代目社長の大巻さん。

大巻工務店は、社長と社長のお父さんとお母さん、そして若い美人の事務員が1人いるだけの小さな工務店。
社長は派手なストライプのスーツを着ていて、髭を生やし、大きな焦げ茶色のサングラスをしていた。
律子は、口に出したことはなかったが、テレビのコントの社長みたいだなぁといつも思っていた。

大巻工務店では、社長のお父さんもお母さんも会社では薄いグレーの作業着を着ていた。
美人の事務のお姉さんは、いつも上下お揃いの綺麗でお洒落な私服を着ていた。

この大巻工務店からは、6人分のコーヒーの出前の注文が頻繁にあった。
事務所にお客さんが来ると頼んでいるようだった。
出前には、6つのコーヒーカップのうち、1セットだけが、金色のラインがデザインされたゴージャスなコーヒーカップとソーサー、金のスプーンのセットだった。
律子はそれを金ピカセットと名付けていた。
リリーのコーヒーカップは全部白いものなのに、なぜか金ピカセットが1つ棚にあったことを不思議に思っていたのだ。

ある時、謎が解けた。
大巻さんがリリーに来ると、ママはいつも金ピカセットでコーヒーをだすのだった。
「大巻さん専用カップ」だったのだ。
大巻さんが、わざわざ家からリリーに常備するために持ってきたカップだった。
いつでもどこでも、高級なカップでコーヒーを飲みたいらしい。
そういえばタバコも、外国のかっこいい赤い箱に入った大きなものだった。それを箱ごと持ち歩いていた。
大巻さん以外でそのタバコを吸っている人を律子は未だ見たことがないのっだった。

テレビや漫画で見る社長のイメージそのままなのだ。

リリーに来ても大きな声で自慢話をよくしていた。
一方、ケチでもあった。
店で「あの人はケチだ」ってヒソヒソ噂されていたのを律子は知っていた。
2代目で何の苦労もせずに社長になったドラ息子だって。
「ドラ息子」という単語を律子は大巻さんで知った。
それにしても、こんなおじさんでも「息子」なんだな。

律子が保育園の頃にリリーの噂話で初めて知った言葉は
「キャリアウーマン」と「ドラ息子」だ。

そういえば、山田のオババはお年玉やおやつを律子にくれるけど大巻さんからは何ももらったことがなかった。

ある日、普通の2階建ての家のような建物だった大巻工務店は、15階建ての大きなマンションに変わった。
近所で一番背の高いマンションになった。
大巻さんが会社を建て替えたのだ。
遣り手社長だったんだねとリリーで話題になった。

律子が中学生になる頃、大巻さんが消えた。
いつの間にか見かけなくなった。
噂によると、借金が返せなくなって、あの美人の事務員さんと2人でグアムに逃げたらしい。
奥さんと2人の子供と、リリーの棚の金ピカセットを残したまま。

借金は返せないのに2人でグアムに行くお金はあるんだと不思議に思う律子だった。






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