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2023.02.04 愛は減らない、むしろ増える

最近「愛」という言葉をよく聞くようになった。

それは私がTUMMYに関わったからだけではないと思う。
巷でも「愛」という言葉をそこかしこで聞く時代になった。

数年前の私の中での「愛」という言葉は
『家族、恋人にまつわるもの』
という狭義なイメージが付きまとっていた。

誰か、自分が知っている、相手も自分を知っている大切な人への想い。
それが「愛」なんだと思っていた。

でも時にその「愛」は
薄くなったり、遠いところに連れ去られて、
日々「愛」を感じる生活はできているようで、できていなかった気がする。

じゃあ今はどうか。
もちろん「家族や恋人にまつわるもの」であることも違いないとは思う。

ただし、もっと拡がった。
日々、何かどこかで「愛」を感じる暮らしになった。

友人たちにだって「愛」を感じるし、
仕事をしていたって「愛」を感じるし、
例えば私が何かをECサイトで買ったとして
注文から配達、手元に届くまで、
私が直接知り得ないどこかで、誰かが
想いや誠意を込めて届けてくれているということにも「愛」を感じる。

そして何より、自分自身を愛せるようになった。

自分の中にも、自分に対する「愛」があるんだなと気づけたし、
自分に対する誰かからの「愛」を
ちゃんと感じられる人間にレベルアップした。

これはでかい。

実はおっちょこちょいな自分も、
言ったことすぐ忘れちゃう自分も、
褒められると喜ぶ自分も、
何かを頑張っている自分も、
うまくいかなくて落ち込む自分も、

全部、わたしだ。全部、愛しい。

時に、仕事や暮らしがせわしないと、
薄まったり、遠ざかったりもするかもしれない。

でも「愛」はそこにある。
ちょっと靄がかかっているだけで、変わらずそこにあるし、
何なら誰かに渡して、誰かから受け取って、
巡り巡って、増えていく。

渡すことは減ることじゃない。
「愛」を渡すことは自分の中にも溜まって、
渡した相手にもきっと溜まって、
それがまた誰かへの「愛」につながって、循環していくもの。

総じてその循環の中で、
私自身の中も、どんどん溜まって増えていく。

「愛」は目減りもしなければ、消えてなくなることもない。

もしかしたらその「カタチ」は変わることがあるかもしれないけれど。

いろんな愛のカタチがあって、
私が想像だにしないカタチもあると思う。

生まれついた瞬間から、きっと「愛」は増幅し続けていく。


最後にこれを書いていて思い出した歌も貼っておく。
3歳くらいのときに、映像見ながら私がずっと歌っていた
KANさんの「愛は勝つ」。
この曲が出て30年以上。いま聴いても素敵すぎる。

2023.02.04 立春の、はじまりの日に

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