愛をする人 (3)
真夏の一夜が、あっという間に明けた30数年前。
世界で一番暑い夏の朝、今から面接へ向かう亜希子に伴い俺は、大通りのバス停へと歩いた。
まだ朝靄が漂っていそうな時間でも、すでに汗ばむ程気温は上がっている。
その中を競輪場へと向かう大勢の男たちの流れに逆らう様に歩く二人。
シャッターの閉まった商店前には、今日のレースの勝敗予想を記入したメモ紙を売るおじさんや、競輪新聞へ赤鉛筆で丸を記入し、確率の話をしながら小冊子を売っているおじさん達がいる。それを横目で見ながら、俺たちは歩いた。
すれ違う男の人のほとんどが亜希子をじろじろと見ている。
長めではあるものの、昨日より短く履いているスカートのセーラー服と茶髪の若い高校生。しかも今朝は、薄めの化粧で髪はポニーテール。
そんな女子高校生を嫌いな奴は、男性なら多分いない。
連れ立って歩く俺は、少し優越感に浸っていた。
バスに乗る亜希子へ、「じゃあ頑張って。」と一言だけ告げ、俺は見送った。
聞きたい事、話したい事、告げておきたい事は、、、何一つ言えなかった。
【何から話せばいいのか、、、どう話せばいいのか、、、、亜希子にしてやれることはなんだろうか、、、】
そんな事には思い至らない本当に不甲斐ない、その時の俺。
その頃の俺は毎日夕方、お酒屋さんでスーパーカブに跨り、ビールや日本酒、焼酎を各家庭に配達するバイトをしていた。
高校2年になった時、オートバイが欲しくなり、その頭金を貯める為にバイトを始め、月賦でホンダのシャリーを買った。
おばさんバイクの様でも、エンジンはカブやモンキーと同じで、走りに問題は無いし、粋がる様なバイクには乗れない。追いかけられるの鬱陶しいからだ。
70cc単気筒に黄色いナンバープレートをつけて走るには住民票が必要だとバイク屋に聞き、市役所出張所へ出向く。
転入届を出し、住民票を貰って帰ろうとする俺に職員の女性が追いかけて来て、こう告げた。
「あの、すみません。本来なら17歳にならないと住民票は作れないのですが、、、、もう作ってしまったんで、このままにします。」
【何の事やら、、、だから何?、、、、何もしなくて良いの?、、、、、、このままで良いなら言わなくても、、、、】
その当時16歳の俺ではそんな事も思い浮かばず、頭の周りを?マークが数個回っていたんだと思う。
多分、、、【他言無用、、、誰にも言わないで、、、、】と言いたかったに違いない。今の俺ならそう思う。
多少のミスは見逃し、小さな失敗は責め立てず、へたくそな人にも笑ってくれていた昭和の時代だった。
秋も深まった頃、酒屋のバイトでカブに乗っていた俺は注意力散漫で、人を引っ掛けそうにはなるは電柱とぶつかりそうになるは、配達中の一升瓶を落として、そこいらを酒臭くするはで、、、気落ちしていた。
あの夏の日から暫くしてから、俺の頭の中を疑問や想像がぐるぐる回り、止まらなかったんだ。
面接はうまく行ったんだろうか、、
見た目、あれでよかったんだろうか、、、
スケ番クズレみたいな子、他にもいるのかな、、、
入学出来たのかな、、、
どこに住んでんだろう、、、
お姉さんがこの街に居るって言ってたけど、そこにいるのかな、、、
あの時もお姉さんの所に泊まればよかったのに、、、
行けない理由でもあったのかな、、、
地元の連中が噂していた事が本当で、怒られてたのかな、、、、
それにしても、なんで俺の所だったんだ?
俺に何をして欲しかったんだ?
何もして欲しくなかったのか?
あんな事したの、、、、まずかったのか?
しかも、、、あっという間で、、、、気持ち良くならなかったのが、良くなかったのか?
さんざん一人で練習して来たのに、、、いざ本番で、、、三擦り半でイっちゃうなんて、、、
【俺、ホント情けねえぇ、、、、】
「はぁ~、、、」
大きなため息をついて、酒屋まで戻ろうとカブに跨った時に、
「あっ、健夫。何やってんの?、こんなところで。」
目の前に亜希子が立っていた。
白いブラウスに茶色いベスト、ベージュのジャケットに茶色のひざ丈スカート。髪の毛が黒に近い濃い茶色で、、、化粧をあまりしていない、いわゆる女子大生風の亜希子が微笑んでいた。
「あ、何って、、、バイト。…酒屋で配達、、、今、学校帰り?」
「ううん、今から私もバイト。」
「あ、そう、、、、どこ?」
「新世界のラウンジ。丸いカウンターの中に立ってお客さんにビールや簡単なカクテル作って渡すの。レディーバードってとこ。」
「学校は?、、、行ってるの。」
「うん、9月からね、、、で、今そこに住んでるの。」
亜希子は振り返り、後方にあるアパートの方を人差し指で指示した。
でもその先には、4,5件のアパートがある。古ぼけたプレハブの様な物から4階建てのマンション風なものまで、、、
どれに住んでいるかは亜希子は言わなかった。いや、、、俺は確かめなかった。
「じゃあ私行くね。遅刻しちゃうから。」
「あ、ああ、、、じゃあ。」
小走りにバス停へと急ぐ亜希子の背中を目で追いながら、
【……怒っていなさそう、、、良かった。】
そんな事しか頭に浮かばなかった俺。今更ながら、、、、本当にバカな奴だったよと思う。
バイト先の酒屋へ帰り、丁度帰って来ていた大将の息子さんで大学生のお兄さんに、
「あの、、、新世界のレディーバードって言うラウンジ、、、知ってますか?」
「レディーバード?、、、ああ、うん知ってるよ。ラウンジって言うか、、、丸いカウンターが幾つかあって、そん中に女の子が2人とか3人とか入ってて、お酒飲みながら相手してくれる所だな。」
「あ、、相手?」
「話のな、、、触るとかは出来ないから。みんな止り木に座ってて手は届かねぇし。何?行きたいの?、、、連れてってやろうか?」
「い、いや良いです。まだ未成年だし、、、、」
「そりゃまあそうか、、高校生だもんな。なんで?」
「知り合いがバイトしてるって、、、」
「ふ~ん、、彼女? まあいかがわしいとこじゃないから安心だよ。」
「そ、そうすか、、すんません。」
「あ、、、来てくれたんだ、、、いらっしゃいませ。何にします?」
「あ、、あの、、コークハイ、、、」
俺は亜希子の顔を見る為、レディーバードへ一人でやって来た。
見渡せば客の大半はサラリーマンの様だ。大学生や職人さんらしき人もいる。
男性客が8割、女性客が2割くらい。
カウンターの中には若い女性ばかりいる。どの子も美しいか可愛い人ばかりだ。
免疫の全くない俺にはそう見えていた。
【亜希子、、負けてねえけど、、、勝ててもいねえな。浮いてそうでもないから良いのか。】
世間知らずの未成年が何言ってやがるんだ。….今なら、そうツッコミを入れてやる。
顔を見る為に来た。出来ればもっと詳しい事を聞こうと思った。住んでるアパート名、部屋番号、何時頃帰るのか、休みの日は何時?、、、
客の多くは一人か二人連れで、客同士で話す時やカウンターの女の子と話したりしている。
目の前の亜希子も、同じように他の客と二言三言話してる。
聞こうと思っていた事なんか、、、聞ける状況じゃない。
さすがにこんな俺でもその時はそう思えた。
【顔を見れただけで、良かったんじゃないかな。】
その日はそう思う事にして帰った。
コークハイを3杯飲んで、2杯分の会計にしてくれた、お通し代だけで、その他のつまみは算入してなかった。
【亜希子、ありがとう。】
とは言葉には出来なかった。
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亜希子の下腹部を触ると、「濡れ難くなってるよね。30代の時なんてさパンツ履いてる時から溢れる位だったのにね。」と亜希子は少し寂しそうな薄笑い顔をする。
下腹部を触る時、いきなり指を挿れようとすると、そこの襞部分も指と絡まるように奥深くへ入ろうとして、亜希子は「イタっ、、、」と小さく呟いたりする。
恥骨あたりから太腿へと出来るだけ優しく手を這わせ、襞部分は小さく円を描く様に、押したり揉んだりしながら愛撫する。
そのあと俺はペットボトルから水を口に含み、暫く温める。ほんの少し水を口の中へ残し、涎が垂れるみたいな口元で亜希子のそこへと唾液と共に流しいれてやる。
「きゃっ、冷たい、、、、」亜希子が喜んでいる。顔が嬉しそうだ。
「ゴメン、今度はもっと温めてからにするよ。」と言うと、亜希子は「違うわよ、ローション買ってきてよって話よ。アハハハハ。」と笑う。
どうも俺は昔から、会話の中からの最適解を見つける事が出来ない。
いつも口から出る言葉や行動は、的を得ていない。
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