見出し画像

愛をする人 (13)


愛をする人

 奥さんの一周忌をした。
 主寺で読経をして貰い、墓所へ参り、会食会場へ向かい食事。
 そこで義父の妹さん、叔母さん夫婦に「御相談があります。近いうちにお伺いして良いですか?」と尋ねた。
 『良いけど、、、実家の事なら任せたからね。勝手に処分したらダメだからね。いつ帰っても良い様にしていて頂戴。』
 【どうしろって言うんだ、、、、俺は単なる管理人かよ。しかも無報酬の、、、、】
 また、我慢した。

 娘を駅まで送る。
 心なしか元気が無い様に見える。
 「勉強、捗ってるか?、、、息抜きも必要だけど、ほどほどにな、、、」
 何を言ってるのか、何を言いたいのか自分でも分からない。
 娘の今の状況など、聞いてもいないし想像も出来ていない。
 「うん、、、パパもね、、、、ほどほどにね。」
 何に対しての”ほどほど”なんだろう。
 実家の事か、仕事の事か、、、、亜希子の事か、、、、知らないはずなんだが、、、、
 「ああ、、、じゃあな。」
 「じゃあ。」
 改札を抜けていく娘を見送った。
 娘がどれ程まで考えているかは分からない。
 ただ今は考えなくてもいいくらいにはしておかないといけない。
 俺がちゃんとしなくちゃいけない。
 娘に負担はかけられない。
 娘に荷物は背負わせられない。

 でも、、、俺は、、、、

 「亜希子の所も法事、無事終わった?」
 「うん、済んだ。ちゃんと手土産も持たして、、、、来年の三回忌の日にちも決めたよ。多分来れないって言うおじさんもいたけどね。」
 「年々減っていくだろうな。もしかすると先に葬式に行く様になったりしてな。ハハ。」
 「そうなるよね~、、、私たちの時なんか、自分の子供しか法事には居なくなってるかもね。」
 「そうだな、、、でも、その方が良いのかも。」
 「そう、、、その方がいいよね。」

 いつものホテルへ道行くすがら、近況を尋ねた。
 心のどこかに、亜希子の暮らしに一区切りが来ていないかと期待をしている自分がいる。
 その一区切りで、、、

 「生き直せる事って、、、出来ないかな」
 「捨てちゃえばね、、、この前の話じゃないけど、ホームレスにでもなりたいの?」
 「いや、、、、一人じゃなく、、、、二人でだ。亜希子と、、、」
 「……連れてってくれるの?」
 「ああ、、、置いてはいけない。」

 「……行っちゃおか、、、、、」

 「うん、、、行こうか、、、」

 翌々日を旅立ちの日とした。
 持っていく物の準備、差し当たり着るものと現金。
 今に職場にだけは出来るだけ迷惑が掛からないようにと、当面の間出社できない旨を伝える。
 今から失踪します。と言うのもおかしい話だが、一番自分に期待して貰えているのは職場の人達だと思っている。
 その期待を裏切る事に、後ろ髪を引かれる思いがある。
 今の時代、ほぼ皆携帯電話を持ち、新しい仕事を見つけたとしてもマイナンバーの届け出が義務付けられる。
 住民票のある場所への納税、健康保険や労働保険への加入も避けては通れない。
 アルバイトやパートタイマーの一部には、日払いでしかも取っ払いで給与を貰える場合もあるが、個人事業主として申告しなければ、必ず足が付く。

 生きていくには、生活していくには首に括りつけられたリードをはずす事は叶わない。
 そんな事は百も承知だ。
 それでも、、、抗いたい。
 それでも、、、放棄したい。
 やっぱり、、、この人と生きていきたい。

 北へ北へと車を走らせた。
 辿り着いた土地で、仕事を探そう。
 その仕事場の近くで、住む所を探そう。
 目処が立てば、住所変更をしよう。
 子供たちには伝えておこうか。
 すまない、許して欲しいって言わないと。
 携帯電話、、、解約しようか、、、また新しく買おうか、、、
 それも、住民票、、、、必要だよな。運転免許証の書き換えも、、、

 未来予想図を描こうにも、見えないリードが邪魔になる。

 だから未来予想図は、、、、好きじゃない。

 その日の夜は、そこそこの値段がする温泉旅館へ宿泊した。

 翌日、書店やコンビニを探しフリーペーパーの求人誌を数種類、調達。
 大きな本屋で履歴書を買い、写真機で顔写真を撮る。
 採用して貰いやすい職業を探す。
 亜希子は携帯で、賃貸物件を探し始める。
 「二人で住むなら、2DKで大丈夫だよね。4,5万までくらいかな、、、、かなり古い物件しかないかな。」
 「古くても構わないよ、二人なら。」
 「・・・ンフッ、、、フフフ。」「ア、ハハハ。」
 こそばゆくなる様な会話が、楽しい。恥ずかしがる様に笑い合う。

 清掃会社の面接へ行った。
 ビジネスホテル、旅館、パチンコ屋やスーパー、ホームセンターの清掃を請け負っている所。
 10代から80代まで在籍しているそうだ。年齢的に問題は無さそう。
 給与は安い。時間当たり1,000円未満。月200時間働いても、手取り12、3万位にしかなりそうにない。
 【いずれ亜希子も働いてくれたなら暮らしてはいけるか、、、】

 運送会社へ行った。
 路線便 混載便配達からチャーター便もあり、車両も10トン車から4トン車、2トン車から軽トラックまである。
 軽トラックでの小荷物集配で、月15万くらい、4トン車で混載便集配だと20万から、10トン車で長距離路線便やチャーターで便で40万以上と聞く。
 普通免許しか持っていない俺では、20万くらいか、、、と思うも、「ボーナスは無いので、、、すまないけど。」と言われ、会社を後にする。

 旅館へ行った。
 主に清掃を行うと言われた。
 駐車場から庭、ロビーから手洗室、廊下、階段、浴槽、障子や襖の修善も出来ればして欲しいと言う。
 20から25万にはなるが、朝は6時から夜は10時過ぎまで拘束される。昼間11時から4時まで休憩時間が取れるが、何かしら仕事はあるそうだ。
 週休3日は取れるが、従業員不足の時節柄理解してほしいと言われた。
 考えます。として旅館を後にする。

 亜希子は亜希子で、駅前から繁華街に掛けての不動産屋を数軒回っていた。
 窓ガラスに貼られた空き室情報を見ていると、中で説明してくれると言う。
 夫婦二人で2DKで駐車場付きで、、、7,8万のマンション、3万円の一軒家、5万円のアパート、その街の相場をある程度把握できた。
 土産物屋もある商店街を歩くと、パートアルバイト募集の貼り紙を幾つか見つける事が出来た。
 人手不足が慢性的にあるのかもしれない。
 通りのお店に中に自分より年下の人は、もしかすると半分も居ないのじゃないかと思える。
 60、70当たり前で、中には90歳かもと思える人も客対応をしている。

 【働き口なんて意外と見つかるかも、、、】
 亜希子にはそう思えた。

 健夫と亜希子は、その地で一番安い旅館に泊る事にした。
 案の定と言うか、玄関口の横には”従業員募集”の貼り紙。かなり前から貼られているのだろうか、水滴による滲んでる箇所が目立つ。
 「意外と働き口はありそうだね。今日3社ほど回ってそう思った。」
 「私も、、、商店街とかいつも募集しているみたい。」
 「この街にしようか、、、、もっと遠くへ行ってみようか。」
 「・・・う~ん、分からない、、、、健夫に任せる。私じゃ決められない。」
 「そうだよな、、、一晩、考えよう。」

 「もう少し寂しい街へ行ってみよう。観光客が多い所は顔見知りに会う可能性が高いかも知れないから。」
 「…うん、、、」

 もっと北へ北へと向かった。
 同じように大きな本屋で履歴書を買い、写真機で顔写真を撮る。
 清掃会社、警備会社、運送業、ビジネスホテル、ラブホテル、食品製造会社、便利グッズ販売卸、、、幾つか訪問してみた。
 是非来て欲しいと言われる所もあったが、社内で働いている人たちの顔を見て、躊躇した。
 適当にやり過ごす様に仕事をしている人、忙しそうに動いてる人がいるかと思えば、立ち話をしながらひまを潰している様にしている人がいた。
 職場の力関係なのだろうか、、、ヒエラルキーでもあるんだろうか、、、、

 昼食時や夕方に亜希子と話す。住む所探しについては、
 「この街は物件が少ないわ。不動産屋で聞いてみたけど、多くの人は市営住宅へ行くそうよ。景気の良くない街なのかしら。」
 「面接の時はそう思わなかったな。どこも人手不足みたいで、、、でも、暇そうにしてる人も居たし、、、何なんだろう、ここ?」
 昨日の街は活気はあった。観光にも力を入れている印象もあった。
 今日来た街に、観光資源があるのか無いのか良く分からない。
 街全体が、目立たない様に日々を過ごしてる様な気がした。

 【もしかして、目立たない様に埋没して暮らしていくなら、、、こんなん所かもしれない。】

 「ここ、どう思う?」
 「どう思うって、、、何が?」
 「いや、目立たない所だけど、返ってそんな所が良いんじゃないかって、、、」
 「ん?、、、どう言う意味?、、、分かんない。」
 亜希子の声に、苛立ちが見えた。
 「あ、、、その、、、昨日の所は観光客が多い所で、、、目立つイメージで、、、ここは観光客は少なそうだし、誰かに見つかる事も少なそうだなって、、、」
 「そんな事、どうでも良いって。人の目なんて、、、、」
 「見つかれば、責められるかもしれないし、、、、帰れって連れ戻されるかも、、、、、」
 「じゃあ、そうすれば、、、、その時はそうすれば、、、、」
 「亜希子、、、嫌なのか?、、、、俺と、、、これから、、、」
 「違うっ、、、そういう事じゃないの。決めて欲しいの、、、、行き当たりばったりが怖いの。せめて、住む所が、、、、、」

 「ゴメン、、、連れてってくれてるのに文句言っちゃって、、、私、今までずっと自分で決めてきたの、、、
 自分の家の事もだし、夫婦の形も私が決めて、、、始まりも終わりも決めてて、良かった時も思ってた通りで無かった時も、自分で決めたんだからって、、、
 でも今は、健夫が決めてくれる、着いて行けば良いんだって、、、嬉しかったんだよね。任せてみたかったんだよね、、、今まで辛かったから。」
 「すまなかったな。俺は逆だったから、、、今はここぞとばかり張り切ってる。勝手に動いてた。自分で探して計画して、進めて、、、、今まで大体が人の設計図やら計画に乗らされてたから。」
 「何だろううね、、、流されればいいのにね。違和感、、、放っときゃいいのにね。」
 「違和感か、、、」

 【今回の行動、そのものが違和感だと思うが、、、、やっぱりこの先は、無理なのか、、、】

 「 私ね、、、憧れてたの。
 自分じゃどうする事も出来なくて、、、振り回されて、、、でも、会える時は嬉しくて、身を焦がす様な愛。
 それ、、建夫に重ねてた。
 だって、、、一度も無かったんだもん。」
 「 俺は今、、、そんな愛の最中だと思う。」

 「帰ろうか、、、」
 「……うん、、、」

 住んでいた街へと進む車。
 「多分、12時までには着くと思う。」
 「うん、焦らなくて良いから、、、まだ時間はあるから、、、もっと、、、時間はあるから、、、」
 「今まで通りで、良いのか。」
 「今まで通りが良いの。」
 「3回忌過ぎたら、一緒に住もうか?」
 「……ううん、、、このままが良い。」
 「そうか、、、荷物、背負う物、、、有るもんな。」
 「ううん、そうじゃなくって、、、一緒に住めばさ、些細な事でも気になるとこ、どうしても出て来るし。
 許せる事は許せても、、、駄目な物はやっぱり駄目って、、、理由つけて、作っちゃうから、、、
 健夫もきっと同じだと思うよ。私の嫌なところ、、、見つけちゃうだろうし、
 だから、、、だから、それぞれ帰る場所、帰らないといけない場所に、、、
 何日かおきに会えるって思えれば、頑張れるし、、、、
 それでも、、、どうしても一緒にって言うなら、、、、私、嫌われない自信なんか無いし、嫌いなところ見せたくないし、、、」

 「分かった、、、それぞれの暮らし、生きる中で会える時間を、作ろう。今までの様に。」
 「都合の良い関係、って事になるのかな、、、」
 「丁度良い関係って、言えば良いんじゃないの?」
 「言い方一つね。」
 「ああ、それで良いんだ、、、それで。」

 「私達って間違いなく今、、、愛をしている人、だよね。」
 「ああ、間違いなく愛をしている。求め合っている。」
 「しばじゅんの歌う悲恋の仲じゃないけど、、、」
 「一途に思い焦がれてた中では有るけどね、、、」

 「これからも、よろしく。」
 「うん、これからも頼んだ。」

 違う生き方を探してみた。
 出来たかもしれないが、それで良いのか心に残るものがお互いに会ったんだと思う。
 今の生き方でも構わないんだ。
 いや、それを二人で選んだんだ。

 死ぬまで、愛をする人になる事を。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?