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響子と咲奈とおじさんと(48)

  二人で歩む事を選択

3月初めの土曜日のお昼過ぎ。蒲田駅前に咲奈はいた。
行先は一つ、晋平のマンション。
3年前、晋平とこの道を逆方向に歩いた事を思い出す。
あの時、涙は出たが思ってたほど悲しくならなかった。旅立ちへの期待感と3年間の思い出が有ったからなのかともあの時は思ったが、違った様だ。
【ちょっと出掛けてただけって事なのかな?、、、なんか、懐かしくもあるし、そうでもないし、、、ただいまって感じでもあるし、、、あ~疲れた、、、ってのもあるし。ウフ、変なの。】

勤め先での仕事は、最初の約束と違い2月末まで働いた。引き継ぐ人がなかなか決まらず、年度末と言う事もあり最終日まで目一杯働いた。
元々、自分しかしていない仕事も少なかった為、引き継ぎは3日もあれば済んだ。
その最終日に、部署内や隣の部署の上司、男性職員へ挨拶をして回った。
「向井さんの顔を見れなくなると思うと、寂しい、、」「向井さんの笑い声が好きだったんだよな、、、」「……新しい所でも頑張って。」
他部署の女性職員へも挨拶に回った。
「次はどんな所?」「彼氏はどうしたの?フっちゃったの?」「なんか、羨ましい、、、」
安西さんの「春になったら、向こうで会おうね。」の言葉が嬉しかった。繋がってると思えた。

部屋に帰り、思い出す誰も仕事の事は言ってくれなかった事を考えた。
悲しい様な悔しい思いに駆られ、その場にしゃがみこむ。
前にも言われた事のある「貴方は居てくれるだけで良い。」が、呪いの様に思えて来た。
【結局、誰も私をアテにしていないって事か、、、】
少し へこんだ。いや、涙ぐむほど へこんだ。

その事を響子へ電話で話すと、
「咲奈、違うよ。咲奈に助けて欲しいのは変わらないよ。みんなねぇ、咲奈の様になりたいって思ってるよ。私がそうだったし、目標だったんだよ。」
と言ってくれた。具体的では無い、自分では分からない抽象的なものでも響子の言葉は少し救われた気がした。
【須藤さんの所の新しい仕事、お客さんの力になれるような事かな、、、そして、おじさんの力にもなれるかな、、、
 でも、、、おじさんに新しい 女性ひとが出来てたらどうしよう、、、おしかけちゃ迷惑だよね、、、その時は諦めなくっちゃ、、、】
そんな事を考えながら、ベッドに寝転び天井を見上げていた時、
『大丈夫だよ。晋平さんに新しい 女性ひとなんて、出来てないから。心配しないで。』
と言う声がした、、、様な気がした。
【うん。明日は10時に須藤さんの所へ行って、出社日の相談をして、それから、、、おじさん、尋ねてみよっと。】
それが昨日の事。

途中のスーパーで買い物をして、晋平のマンションへと着く。
エントランスに入り、呼び出しボタンのある台の前に立つ。
 1203 の部屋番号を押す。
『……はい。』晋平が応答した。【懐かしい声だ、、、】
「咲奈だよっ!台所、貸してっ!」
『……あっ?  えっ!、、、咲奈?、、、ど、どうした、、、台所?』晋平の混乱した声がエントランスに響く。
「いいから、早く開けて。」咲奈、嬉しくて顔が崩れそうな笑いを堪えて、わざときつく言った。
『あ、あ~今、空ける』の声とほぼ同時に、自動ドアが開いた。エレベーターで12階まで上がる。
エレベーターから降り晋平の部屋の方を見ると、ドアが半開きの所から、晋平が覗いていた。
「ヤッホーっ。」小さく右手を振りながら、晋平のいるドアへと近づく咲奈。
ポカンと半開きの口のままの晋平の前に立ち「急にゴメンね。お昼一緒に食べよ。」と咲奈は微笑みながら言った。
「あ、あ~、、、」晋平、自分はドアの外に移動し、咲奈を迎え入れる。
咲奈は中に入ると、スリッパ立てから一足取り廊下を進む。その後を晋平が半開きの口のまま、着き従う。
「ラーメンで良い?あそこのスーパーで九州物産フェアーしてて、豚骨ラーメン売ってたの。替え玉と辛子高菜、継ぎ足し醤油付き。」
「あ、あ~、、、」晋平、言いながら頷く。
咲奈、大き目の鍋と片手なべに水を入れコンロに置き、火を点ける。
「あ、そうだ。忘れるとこだった。おじさん、コンロの火、見ててね。」急に思い出したように、咲奈は洗面所の方へと向かう。
「あ、あ~、、、」晋平、さっきからそれしか言ってない。
洗面所へ行った咲奈。洗面台にある物を確認し始める。
【ハブラシはおじさんの物だけか、、、化粧水は昔私が使ってたものか。おじさんも使ってたから、引き続きね。……誰かの物は無し。】
洗面台の下を開き、中を見る。タオル類、買い置きの歯磨き、洗剤、柔軟剤、バスタブ用洗剤など。上の棚には籠に入った新しいタオル、そしてミッフィーのベビーバス、、、あの頃のまま。
その後、浴室の中を覗く。リンスインシャンプー、ボディソープ、ミルキー入浴剤、白髪染め用トリートメント。浴槽洗いの洗剤とスポンジ。
【うん、何も無い、、、】
トイレへ行く。中を覗く。汚物入れは昔、咲奈が使っていた物がそのまま残っている。中を覗くが何も無い。
棚には買い置きのトイレットペパー。100均で買った籠に入った生理用品。【なあ~んだ、捨ててなかったのか、、、】咲奈が昔愛用していた物がそのまま。
一連の確認作業を終え、咲奈が台所へ戻ると、
「ど、どうしたの?、、、仕事は?」晋平が、会話を始めた。
「うん。こっちへ戻る事にしたの。」
「戻るって、本省勤務?」
「ううん。別な会社。」
「え、、、辞めたの?公務員、、、辞めちゃったの、、、」晋平の目が大きくなった。
「うん。辞めた。今度ねぇ、、、須藤さんのとこ、行く事にしたの。」
「え、須藤さんて、、、あの須藤さん?弁護士の、、、」
「そう。募集してたから面接受けに行って、来てって言われたから行く事にしたの。んで、朝行って来たとこ。3月20日から出社しますって言ってきた。」
「…………咲奈さん、、、」晋平の口は半開きのまま。
「あ、お湯沸いた。さっそく作るね。え~っと、どんぶりはっと。」咲奈、食器棚からラーメンどんぶり二つと大きめのコーヒーカップを出し、調理台へ置くと片手なべのお湯を少しづつ注いだ。
大きな鍋に買って来たラーメンの麺を二つ入れる。火を中火にし、まな板でねぎをきざみ始める。
「そうそう、おじさん。私、ここに住むから。よろしくね。」ねぎを包丁で刻み始めながら、咲奈は晋平に向かって報告をした。
咲奈、片手鍋のお湯を再度、沸騰させながらどんぶりのお湯を捨て、スープの素を入れる。片手鍋のお湯をコーヒーカップの7分目辺りまで注ぎ、どんぶりへと移す。
大きな鍋の火を止め、水切り用のざるで中の麺をすくい、どんぶりへと振り分ける。チャーシューとメンマを入れる。
「出来たぁ~。さあ、食べよ。」咲奈は、出来たラーメンにねぎを入れテーブルへと運ぶ。
「いただきます。」「あ、あ~、、、頂きます。」晋平、何から聞こうか思案するが、一先ず食べる事にする。
「替え玉もあるから言ってね。直ぐゆがくからね。」咲奈が微笑んでいる。晋平もつられて思わず微笑む。

「……えっ?、ここに住む。って言った?」晋平、急に思い出した。ラーメンはまだ、半分くらい残っている。
「うん。ここに帰る。もう決めたの。おじさんの傍に居るって決めたの。だから、、、さっき確かめたの。そしたら、、、、な~んにも無かった。女の人の形跡。」
「そりゃ無いはずだよ。ここの来た女の人はいないし、、、」
「へえ~、じゃどうしてたの?私が居なくなってからの3年間。」
「どうしてたって、、、、特に、、、何も、、、、ありませんでしたけど。」
「ふ~ん、、、、風俗とか行ってたの?」咲奈、すこし意地悪げにうすめに目をあけながら言ってみた。
「まあ、、、たまには、、、それより傍に居るって言っても、いい人とか彼氏が出来たら、出て行くんだろ?。一人暮らしの方が、、、」
「そのいい人とか彼氏をおじさんにするの。私、決めたの、、、あ、替え玉する?次、茹でてくるね。」
咲奈、テーブルからコンロへと移動し、鍋の火を点ける。
「……俺にするって言っても、俺、もう歳だし、、、ボケるかも知んないよ。」晋平、佐奈へ向けてネガティブな事を言って、考え直して貰おうかと思い、そう言ってみた。
「えっ、、、、ボケたらツッコミ入れたげるわよ。何ゆうとんねんっ!ちゃいまんがなっ。って」
「い、いやそう言うボケじゃなくって、、、」
「そうそう、認知症の介護って怒っちゃいけないんだってね。ハイハイ、そうですねぇ~おじいちゃんは偉いですねぇ~とか言いながらお世話するんだって、、、あ、介護の資格、取りに行かなくっちゃ。」
「でも、、、俺、、、施設に入所しようかと、、、、考えてたし、、、、咲奈さんが来てくれたら、そりゃ嬉しいけど、、、、いや、いや、、、咲奈さんは自分でパートナーを探さないと、、、俺じゃ、、、、、、」晋平、テーブルから台所へ立つ咲奈へ向かい話を続ける。
「麺、茹であがったわよ。持ってくね。」咲奈は、替え玉をお皿に乗せてテーブルへと進んだ。
「なあ、、、咲奈さん。もっと考えた方が、、、」
「もう~っ!おじさん、いちいちうるさいっ!。ず~っと考えた結果がこれなのっ!、グズグズ言わないのっ!もう決めたの。」テーブルの椅子に腰掛けながら、やや大きな声で一喝する咲奈。
「うわっ、、咲奈さんが怒った、、、、フ~、、、、、、、、、、、、、、、、、、、もぉ~
、、、勝手にしろ。好きなようにしろ。」咲奈の声に少し怯んだ晋平、観念した顔が、ほころび始めた。
「はい。勝手にします。好きな様にします。」咲奈も、そう言いながら顔がほころび始めた。
「グフっ、、、ウフっ、、、ハハ、ハハハハ、、美味しいな、このラーメン。」
「ウフフフっ、うん、美味しいね。」


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