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生きるの下手くそ (2)


 「生きるの,下手くそだな俺達。」
 泣きながら笑う、女と男の話。

 日泉詩織(しおり)も同級生。父親の営む集団営農法人の事務員をしている。詩織も一人娘。都会へは大学時代のみで田舎へ帰らされた。
 農業法人以外も土木建築の許可を得て、農閑期には拾い仕事を請け負う。従業員も79歳を筆頭に全員が60歳以上。定年退職後の人を再雇用。
 補助金や助成金を最大限利用して来たが、国の方針による削減の波が襲う。
 「ベトナムの男の子に来て貰おうか、農業委員会へ丸投げしようか」
 詩織のところも、経営継続か廃業かで苦しみながら、地元への責任感で続けている。

 そんな法人の事務をしていれば、経営が思わしくない事は最初に分かってしまう。
 【そんなお荷物なんか背負いたくない。一人娘だからって何でもいう事を聞くと思ったら大間違いなんだから。】
 息詰まり感が四六時中襲う詩織、そのストレス解消を自由な関係へ求めた。
 手始めは大学時代に知り合いだった男性諸氏。連絡先の分かる所から手当たり次第に連絡する。
 『久しぶり、、、たまには会ってお話ししようよ、そっちへ行くからさ。泊まれるところお願いね。』と言えば、ほとんどの男性が自宅かホテルへと招く。
 たまに関係を望まない男性と会った時などは、ホテルのカウンターバーへと行く。そこで知り合えた年上の男性とも肌を重ねる事も増えてきた。
 そんな詩織、颯とも関係を始めた。農業法人の繁忙時期と重なる時や、自身の経済的余力不足の時は大学近くまで遠出できない。
 「結婚するまでだし、、、好きな人が出来ても家出でもしないと一緒になれないし。ねえ、時々会ってよ。知らない仲じゃないんだし。」そう言って颯に声をかけた。
 高校時代、付き合っていた時期もある。その頃から奔放な詩織に腹を立て、分かれた経緯がある。
 【自分ではどうしようもない境遇から逃れたくて自由奔放に振舞ってるのか、、、詩織も辛いんだろうな、、俺がしてやれることしてやるか。】
 颯、性欲が余りある20代後半、自分に都合よく、そう解釈した。

 奏と詩織、颯の高校時代。

 奏と颯は家も近所で、同じ小学校、中学校へ通った。
 また同じ地元の高校へと進み、下校時一緒になり、話しながら帰る事も時々あった。
 奏、颯の事は嫌いじゃない。むしろ好きだった。
 しかし奏は自分に自信が無く、心のうちを相手に伝えようとは出来ない。
 胸は貧乳、お尻は大きく、やや肥満体型で、丸顔、丸い鼻。「出来損ないの狸」と、いつも颯に揶揄われていた。
 颯は颯で、いつも明るく出しゃばりすぎない性格の奏が、気になっている。
 【嫁さんにするには奏が一番なんだろうな。】思春期に漠然とそう思っていた。
 好きになる、相手の事を良く知る、関係を持つ、責任を持つ、すなわち結婚。颯は中二病に罹った男子の考えそのものだった。
 その二人の間に詩織が入ってくる。
 「二人っていつも一緒に帰ってるけど、付き合ってんの?」
 「い、いや付き合ってない。俺、好みじゃないし、、、」
 「そう、付き合っていない。家も近所だし小学校から同じだし、、、しいて言えばいとこみたいなもん。兄弟以上他人未満の。」
 「じゃあ颯君の事、貰っていいの?」
 「ど、どうぞ、、、ってか、私の物じゃないし。」
 「貰うって、俺は物じゃないし、、、」
 颯、押し切られるように詩織と付き合うようになる。

 しかし颯は付き合い始めても手は繋ぐものの、キスを迫ったり関係を求めたりしてこない。
 詩織はそれが不満。男と女、付き合い始めれば自然と手繋ぎ、キス、SEXと流れていくはずだと頭の中の知識が、そう答えていた。
 詩織はある日の夕方、颯へ不意打ち的にキスをした。詩織にとっては自然な流れ。颯にとっては責任を持つ始まりの合図に思えた。
 それから会うたびに詩織はキスをしてくる。颯は最初こそぎこちなかったが、自分も興奮するなか、舌先を絡ませるようになる。
 詩織、いよいよ大人の関係への期待を待ち始める。扉を開ける時だと期待した。
 そして、詩織の家を訪ねた颯に、
 「ねえ、颯、、、最初の男になって、、、」と迫るが颯は、
 【自分はまだ責任は取れない、、、結婚の約束をしても良いのか、、、分からない。】
 「ゴメン。俺、早すぎる。」と言い残し、逃げ帰った。
 それから数日間、二人の会話が無いまま過ぎる。お互い気になり行動を目で追うも、話しかけるまで至らない。
 そんな二人を見て奏は内心、【このまま別れちゃぇ、、、】と思う。

 そんな中、陸上部の一年上の男子生徒からの「付き合いたい。」の告白を詩織は受ける。
 大人へと昇れそうな時に、いきなり梯子を外された気分になっていた詩織、上機嫌になり受け入れる。
 初めてのデートでカラオケボックスへと行き、そこでキスをされた詩織。颯と付き合いで考えていた階段の延長線上に、その上級生を置く。
 カラオケボックスを出た二人は近くのラブホテルへと向かい、関係を持った。詩織、初めての男は上級生だった。
 高校生でラブホテルへと入れるその上級生、いつもそんな事をしている遊び人だと分かるはずが、詩織はそこまで考えが回らなかった。
 それから数回関係を重ねた詩織と上級生は、颯の目の前でも馴れ馴れしい態度に出るようになる。
 颯、詩織を問いただす。
 「俺の事、、、もう嫌なのか?あいつの方が良いのか、、、、もう、、、関係したのか?」
 「したわ。颯こそ私の事、嫌なんでしょ。逃げちゃってさ。○○君、全部受け入れてくれたよ。私も全部、受け入れたよ。」
 颯、裏切られた気分だった。責任を持つためにもう少し大人にならないといけないと考えていた矢先に詩織が、いや女性というものが分からなくなった。

 それから少ししてその上級生と詩織が喧嘩別れしたと学校内で話題になる。
 詩織はすぐさま別のクラスの男子に告白し、付き合い始めたという。
 颯はますます詩織が、女性が信じられなくなる。
 そんな時でも奏は下校時に話しかけてくる。詩織との事には触れない。テレビの話や映画の話、好きなタレントやアイドルの話をほぼ一方的に颯に話していた。
 時々分からない事を聞き返す颯。そんな状況が心地良くなってくる。

 あの上級生、次の標的が奏になった。
 決して美人では無く、巨乳でもない下半身デブの奏。
 校内で奏に話しかけてくる。最初は詩織について聞いてきた。
 「詩織ちゃん、最近どう?」
 「どうって、私良く知らないです。特別仲がいい訳じゃないので、、、」
 「なんか同級生と付き合い始めたって噂があって、、、俺と別れてすぐにもう?、、、って思っちゃってさ。俺ってそんなにつまんなかったのかな。」
 「いや、、、ってゆうか、私良く分かんないので。」
 「こんどさあ、詩織ちゃんの事教えてくんない?、、、また声掛けるから。」
 【話聞いてた?、、、知らないって言ってるのに、、、、】奏、そう思いながらもはにかみながら「あ、、、ハイ。」と答えた
 面倒臭いと感じながらも、学校一のイケメンに話しかけられた事が嬉しくなっている自分が居た。
 数日後、奏の携帯に知らない番号から着信。不審に思うも出てみる。上級生だった。
 【なんで知ってるの?】と思いながらも、『詩織ちゃん、新しい彼氏の事なんか言ってた?』との問いに「ごめんなさい、、、あれから詩織と話す機会が無くって、、、」と答えた。
 『そう、、、話変わるけど奏ちゃんって可愛いよね。性格も良さそうだし、、、』
 「えっ!、、、そんな事急に言われても、、、、」男の子からそんな事言われたのが初めての奏、顔が赤くなるのが分かる。胸の鼓動も激しくなる。
 『今度カラオケ行こうよ。俺の練習無い日にでも、、、時間作るからさ。奏ちゃんの為に。』
 【私の為に、、、、時間を作る?、、、、こんな私の?、、、】
 奏、舞い上がる。
 それから数回、上級生から電話が来る。2週間後の日曜日の午後に待ち合わせカラオケに行く事になった。
 初めてのデート。新しい服。初めての香水。新しい口紅。新しい下着。
 上級生は手の早い人だと誰からも聞く。関係を持った人は20人は下らないとの噂も耳に入る。何より詩織よりも自分にアプローチしてきてくれている。
 こんなチャンスは二度と来ないかも知れないと思う。大人への階段を駆け上がりたくなった奏。
 クラスメイトとの話にも、初キスや初体験の話題が上ることもある。
 ほとんどが「まだ早いよね。」「妊娠しちゃうかもしれないから、怖い。」「最初って痛いんでしょ。」「なんかふしだらみたいに思われちゃうし、、、誰かみたいに。」と、臆病者を装う。
 しかしチャンスがあれば、しかも相手が優しいかイケメンなら、それに従いたい気を誰しもが持っていた。
 奏もその一人。相手は学校一のイケメンである。しかも優しいと思える。
 奏、その一歩を踏み出した。
 詩織の時と同じくカラオケボックスからラブホテルへと流れていった。

 それから学校内で親しく話しかけてくる上級生に、何かしらの優越感に浸る奏がそこに居た。しかし遠くで嫌そうな顔をしている颯が居た。
 「お前、あいつと付き合ってるのか。」上級生との会話の後、颯が聞いてきた。
 「いや、、、そういうわけじゃ、、、、」
 奏、颯の事を好きだった事は、既に胸の奥に閉まっている。
 しかし、後悔の念が胸に去来するのが分かった。
 「……分かった、、、」颯はそう言い残し、足早に去っていく。
 「颯、何?、、、何が言いたいの?」奏、颯の背中に問いかけるも颯は聞こえないかの様に去っていく。
 【何よ、、、何かあるなら教えてよ。なんで颯が先に誘ってくれなかったのよ、バカ。】
 颯はそれから奏とも口を利かなくなった。

 『僕たち、付き合ってた訳じゃないよね。じゃあ、、、』数週間後、上級生に行為後、そう言われた。
 奏と上級生の関係も終わった。

 上級生と付き合っていたとは言えない。
 自分の願望や期待を満たす役割を、上級生の彼に担って貰っただけ。奏はそう考える事にした。

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