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あなたの旅立ちを喜ぶビッチナース

私は看護士。32歳。
平成の大合併で県北中核都市の一員となり、市立総合病院の分院となった旧村立病院の婦人科勤務。ここには内科、外科、小児科、婦人科、脳神経外科がある。婦人科と言っても出産の対応は出来ない。
小児科はかろうじて存続している小学校と中学校の80名程と未就学児の10名用。

市立病院に併設されている看護学校を卒業し、市立病院に就職、この分院に希望して派遣。
理由は病院の隣にある老人介護施設。母親がいる。認知症と肝臓がん、2年前から寝たきり。
費用は母の年金全額と、私の給料からの月4,5万円。
勤務明けに病室を訪ね、悪魔と会話するのが日課となる。
【弛緩剤の注射ってバレルよね。】
【鼻のチューブ、途中で折っておこうか。】
【点滴の中身、変えとこうかな。】
【証拠の残らない方法って無い?】

勤務して3年目に、大学から派遣された婦人科の医師。33歳。
社会人になって初めて好きになった人。妻子持ち。
3ヶ月もすると、食事やお酒、休日のドライブとしょっちゅう誘ってくる。
周りの目を気にしてあしらうが、誘いに応えたい、抱いて欲しいが態度に出る。
遠く離れた〇〇市役所駐車場で待ち合わせ。食事をしてラブホテル。それからは月に1,2回のデート。いえ、SEX。
2年で派遣終了。後任者も派遣。3日目でデートのお誘い。〇〇市役所駐車場で落ち合おうの一言。
前任者との引継ぎに、患者のカルテと一緒に私のカルテがあるみたい。症状は何?。ビッチ?入れ食い?ぱっくり?何?。
その後任者に適当なあしらいを続けると、露骨に無視された。他の看護士に何やら言いふらしている。
「尻軽女」の声が聞こえた。まだ、お尻は振っていないのに。
円滑な職場環境づくりの一環で、申し出を受諾。
前任者との学習で、お小遣い制を導入。また2年で交代。
その次の派遣医師も同じだった。60歳を超えた人も男だった。即対応。
現在の担当医も派遣。引継ぎ済み。全員、兄弟。私の穴兄弟。
その間も、他課への派遣医師からもお誘いがあり、スケジュールが合えば同行。
患者さんからの誘いもあり、退院後にデートも幾度か。内科の応援で夜勤もあり、患者一人になった多人数部屋でいたした事もあり。
この10年で、20人くらいと関係があった。記録してアダルトビデオで売れば、オムニバス超大作でヒット間違いなし。
ゆえに職場での他の看護士の噂も露骨になる。
【てめえらだって、似た様な事してるじゃねえかっ!顔写真付きで晒してやろうかっ!】と言葉を殺しながら、トイレで泣く。月一ペースで泣く。

ビッチナース。私に授けられた称号。
ド田舎の、家付き土地(田畑、山)付き一人娘。
地区内の独身男性は同じ境遇か、こりゃダメだみたいな人達ばかり。
良い男は妻子持ち。退院後のデート相手もALL妻子持ち。しかも妻達は通院してくる顔見知りばかり。
恋愛はしたくても、相手は携帯サイトで探すしかなく、結婚前提でなければ、セフレに落ち着く。
身体が欲すれば身近な誘いに乗ってしまう。
身繕いは、デートかSEXに行き付く為の儀式のような物。結局、勤務以外はそのルーティーン。

【私だって、恋愛がしたい。キュンキュンしたい。相手を束縛したい。依存したい。失恋で泣いてみたい。立ち直る自分を褒めてみたい・】

「あんたさえいなければ。」
母の部屋で、声にしない様に呟く。

老人介護施設が手狭になった為、新館の建設が始まった。
母の部屋の目の前を大きなクレーンが動いている。
ある日、そのクレーンが倒れた。老人介護施設目掛けて倒れた。アーム自体は手前の大きな木に乗り、介護施設の建物には被害は出なかった。
アームの先のフックが、母の部屋のガラスを突き破り、母を直撃した。振り子の様に、ピンポイントで直撃した。

天使が呆れて、悪戯したのだろうか?それとも悪魔が同情して、微笑んでくれたのだろうか?

母は死んだ。私は泣いた。泣く練習は出来ていた。残された遺族を演じる事が出来た。
人から見れば痛々しい程に泣く私を鏡で見たが、明るい顔でガッツポーズをしている様にしか見えなかった。
母には生命保険など掛けていなかったが、賠償金を貰えた。
葬儀が済み、法事も済ませ、墓所に納骨した。
一人になった家で、お酒を飲んだ。惜別の酒。母親へのではなく、自分への別れ。
ビッチナースよさようなら。
貰った賠償金は、実家の固定資産税納付用に普通口座に入金。50年以上は払えそう。

東京へ行こう。憧れだった東京へ。
看護士の資格があれば、開業医への就職は出来そうな気がするし。
派手なモデルの様にはなれないが、そこそこの身繕いは出来ると思うし、顔だってまあまあ。
出来なきゃ化粧とかをYOUTUBEで練習するし、街を闊歩する女性を観察するし。

誰か私を見つけてください。
奥手で、清純派のまま三十路を超えた、引っ込み思案の私を捕まえてください。
決して損はさせませんから。

ビッチなむかし、さようなら。


#2000字のドラマ

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