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さよならのあとさきに 立秋 (2)


 同窓会が終わり、会場の前で待つ賢一に春香が駆け寄る。
 「ゴメン、お待たせ、、、行こっか。」
 「あの、どこへ、、、」
 「どこへも行かないよ。歩きながら話したいだけ。学校へ行く途中に河川敷、あったじゃん、そこ行こう。公園みたくなってるし。」
 「ああ、あそこですか。」
 【晴香の目的は、何だ?】

 高校3年の春、大人しい賢一へのクラスみんなからの悪戯が、日増しに過激になってきた頃。
 怒れない自分、言い返せない自分に嫌気が差し、暗くなった公園で一人泣いた。
 ベンチが置かれた屋根付きの休憩場所。ベンチの裏に凭れ掛り佇んでいる賢一の目に見えた物。
 防災用具置き場として設置されているプレハブ小屋の戸が開き、中から男女が出てきた。
 上倉春香と金田良介。同じクラスの同級生だ。
 息を殺し、気配を消す賢一。二人の会話に聞き耳を立てる。
 「ねえ、松波君へのイジメ、、、止めなよ。」
 「イジメじゃねえよ、親愛の情だよ。多少ムカつくけど、、、、だってあいつ歯向かってこねえじゃん、いっつもヘラヘラしてよ。たまには反撃しろってえの。そしたらボッコボコにしてやるのに。」
 「松波君、本気出したら多分怖いよ。だって中学ん時、柔道してたし。何で辞めちゃったか知らないけど。」
 「それなら余計に反撃しねえだろ。なんせ格闘技してる奴は、それそのものが凶器になるし、、、、だから手を出さねえのかあいつ。」
 「なんかさあ、松波君を揶揄ってるみんなって、イライラしてて誰かを突っついたり笑ったりしないと気が済まないみたいになってるじゃん。
  受験が迫ってるからかもしんないし、うちらみたいに就職一択のもんは僻みとかさ、、何かにぶつけたくなってるじゃん。
  やっぱ、それって良くないよ。あの子の二の舞になったら、、、、、、ヤダよ。」
 「しのぶの事か、、、俺ら関係ないし、、、、、忘れようぜ。昔の話だ。」
 【しのぶ、、、、3年前自殺した○○中学の子か。あいつら同じ中学だったよな。】
 二人は遠ざかっていく。賢一は暗闇の中で二人が完全に見えなくなるまで待ち、家路に着いた。

 今のクラス内で同じ立ち位置のAとBは、春香と良介と同じ中学だった。自殺したしのぶについて聞いた事がある。
 ○○中学の時、上倉春香と金田良介はその子をイジメていたと、AとBは言う。
 しかし話を聞くと、今自分にしている直接的な加害ではなく、シカトしていた様だった。しかも、クラス全員がしていた。

 しのぶと言う子は成績優秀で、活発で性格も優しく、元気のないクラスメイトへはいつも気をかけている子だったそうだ。
 ある時クラス内で男子が万引きの自慢話をしていた時は
 『C君、それは犯罪だよ。謝りに行こうよ。一人じゃいけないなら付いていくから。正直に話せば許して貰えるよ。』と、真剣な表情で説得する。
 またある時、ある女の子が『高校生の彼氏と結ばれちゃった。嬉しい。』と、仲間内で話していた時など、
 『D子ちゃん、そういう事は人に話しちゃいけないの。自分の心の内に秘めておくものなの。本当はまだしなかった方が良かったと思う。未成年だし、早いと思うし、心と身体、、、傷ついちゃうし。』と、肩を抱き寄せながら諭す。
 クラス内で財布や時計が無くなると騒ぎがあった時などは黒板の前に立ち、
 『みんな。憶測で犯人は誰かなんて言わないでほしいの。無くした人の思い違いかもしれないし、、、特定の誰かだって、言わないで。』
 こう演説したそうだ。
 ただ、こうなると誰もが疎ましくなる。最初は心の中で【ウゼェ~】と思った事が、口に出始める。
 出始めたら、クラス内にアッという間に広まる。
 そうなると、クラス内全員が距離を取り始める。しのぶが居ると話をしなくなる。居なくなるとこれ見よがしに今までの様にしゃべりだす。
 クラスの役員をしのぶに押し付ける。担任からの伝達事項は聞かなった事にする。また、他の者が聞いてきた事は、しのぶにだけ伝えなかったりする。
 しのぶは孤立し始める。それでもしのぶは親しげにまわりに話しかけるも、無視される。その内、あからさまに「うるさいッ!、面倒くさいッ!」と、罵られるようになる。
 登校しなくなって2週間後、しのぶは列車に飛び込んだ。
 誰もがシカトが原因だと感じていたが、自部屋で見つかった日記には、それらしきことは書いてなかったらしい。
 しのぶの両親も学校も教育員会も、高校進学にまつわる悩みがあったとした。

 しのぶ以外クラス全員が、【自分たちが追い込んだ。】と自覚はあったものの、原因は自分たちじゃない。が共通認識となった。

 賢一が通う高校には○○中学の出身者が3分の一はいる。
 イジメが相手を追い込むことは身をもって理解しているはず。揶揄いや構う事はイジメでは無いとも思っている様子。
 相手も笑っている。周りも笑っている。陰湿ではない。だから、、、罪ではない。

 自分自身を正当化することが、不安を取り除く、あるいは感じなくなる方法だと、誰もが思っていたクラス。
 そんな中で、歯向かえばシカトが始まるかもしれない。そうなれば自殺するまで追い込まれるんじゃないか、、、。賢一はそう考えるようになった。

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