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愛をする人 (9)


 別れ 引き寄せられる心

 亜希子との初デートからはラインの交換も2,3日おき程度になった。

 双方に気まずさが残ったせいなのか、これ以上の進展は望まないと言う表れなのか俺自身も分からない。ましてや亜希子の思いなど俺には分からない。

 2週間位経った頃、夕方のネットスーパー配達の途中、携帯電話が着信を知らせた。
 車を路肩に停め通知画面を見ると、登録していない携帯番号の表示。
 俺は、勤務している配送会社の誰かか、提携先のスーパーの担当からの電話かと思い、それに出た。
 『もしもし、、、健夫?、、、亜希子。』の声に驚いた。
 【亜希子の携帯番号だったのか、、、そう言えば教えて貰っていなかったな、、、通話ならライン内通話もあるが、、、
 どうやって俺の番号を、、、、あっ、同窓会の時の名簿か、、、、】
 一瞬にしてそんな事が頭の中を巡ったが、直接電話をしてくるくらいなら、何かあったのではと思い、
 「あ、ああ 亜希子か、、、どうした、、、、急な事か、、、」
 『うん、、、母さん、、、死んじゃった、、、、今ね、病院から。看護師さんが綺麗にしてくれてる。それが済んだら、葬儀屋さんに運んでもらうつもり、、、』
 「えっ!、、、そ、そうか、、、、」
 『親戚とか子供たちとかはもう連絡した、、、講の人(近所の互助会)にも世話役に連絡したから、、、、誰かに、でも誰かに、伝えたくなっちゃって、、、ゴメン。関係無いのにね。』
 「いや、、、関係なくは無いよ、、、、俺、、、、、」
 【通夜や葬儀の段取り、死亡届や火葬許可証に埋葬許可証、返礼品の種類と数、集まってくる親戚の人への食事やお茶、菓子類、、、当日の受付の件や終ってからの初七日の事、
 親戚の中には泊まり掛けの人もいるだろうし、宿や寝具の心配から式場や火葬場までのバスタクシーの手配、待ってる間の食事の件、翌日に待っているお寺や葬儀屋、バスタクシー、花屋への支払いとか、、、
 多くは葬儀屋や近所の人がしてくれるだろうが、、、、一つ一つ確認してくるはず、、、、、悲しんでいる暇なんか無い、、、寝むれないかもしれない、、、、】
 俺はまた、そんな事を一瞬に考えた。自分の両親や義両親の4人を見送った俺は、、、手慣れているんだ、、、、そう思った。
 でも、、、やっとの事で口を突いて出た言葉は、

 「傍に、、、亜希子の傍にいてやりたい、、、、」

 『……ありがとう、多分それが聞きたかったの。うん、大丈夫、、、、きっと大丈夫。私、ちゃんとするから、、、、、また、連絡するから、、、、、ごめんね、仕事の邪魔しちゃって。また、、、落ち着いたら連絡する。うん、、、、ありがと、、、健夫、、、』

 『それが聞きたかった。』 亜希子の声が本当に嬉しかった。直ぐに飛んでいきたい衝動に駆られている。

 俺は大きく深呼吸して、滲んで見えにくくなった配達の伝票を確認し、、、車を発進させた。

 2日経った夜、今日は亜希子のお母さんの葬儀だったはずで、明日はお昼ごろに電話をしてみようかと思っていた矢先に、携帯が着信を知らせた。
 画面を見ると、奥さんが入院している病院だった。
 『○○久美さんの容態が思わしくありません。急いで病院までお越しください。』
 【来る時が来たか、、、】
 3日前に病室へ行った時、ベッドから起き上がれなくなっていた。
 顔だけ俺の方に向け、「仕事行くの?、、いい身分ね。」と意味の分からない嫌味を言われ、「これから行く。午後から配達だから。」と話していた。
 その時の顔がやけに透明だったのを思い出す。まるでろう人形の様な。
 その時に、【近いかもしれない。】と思ったのは、当たっていた。

 娘へ
 ”ママ、容態急変。明日朝帰るように”
 とメールを送り、俺はすぐに病院へ向かった。
 病室には医師と看護師が居た。
 二つの点滴台とアラームが鳴り続けるモニターがある。マスクをした奥さんがベッドに仰向けになっている。
 「娘は明日のお昼には到着します。」と告げると、医師は
 「ではそれまで、このままに。」と俺と看護師に告げ、部屋を退出して行く。
 手の甲に差し込まれた点滴の針を確認した看護師も、部屋を出て行く。
 俺は目を閉じたままの奥さんの横に座り、その寝顔を見続けた。

 夜中、奥さんが目を開けた。
 仰向けのまま動かない奥さんをじっと見続けていた時、指の先が動いたと思った時、奥さんの顔が俺の方を向いた。
 うつろな目で暫く俺の顔を見ている。
 意識が有るのか、目は見えているのかは分からない。
 奥さんの口が動き、何やら話したがっている。
 俺は頭を奥さんの顔へ近づけ、何とか聞き取ろうとする。
 「……ありがとう、、、、ごめんなさい、、、、、」
 と言った気がした。
 いや、、、そう言って欲しかったのは俺で、そう聞き取りたかったのかもしれない。
 奥さんの目がまた閉じたのを確かめ、病室を出る。
 面会室の様な窓際のフロアーに向かい、自販機でコーラを買い一口飲む。
 窓の外に目をやると、都市部の中心地らしい夜景が広がっている。
 よく見ると、中年の男がこちらを見ている。疲れた顔をしている。
 それは俺の顔だった。
 【ごめんなさいって、、、何に対してだ。俺の何に謝ると言うんだ。】
 20数年の思い出と言えば、、、我慢と忍耐、流されるまま、、、だったのかもしれないが、それでも構わないと思ってたんじゃないのか、、、
 娘がいたから、それも出来ていたんだとも言えるが、いなかったとしても、俺はそうしていたんじゃないのか、、、

 窓ガラスに映る中年男性は、泣いている。
 一体何の涙だろう。
 家族が居なくなってしまう悲しみか、、、
 心の重しが一つ、外せるかもしれないと言う、、、安堵の涙か、、、

 この時間になってから、亜希子へ何も連絡していない事に気付く。
 ラインにしようか、先日掛かって来た番号へ電話しようか迷った。
 深夜で、しかも亜希子は葬式明けできっと疲れている。寝ているとしたら迷惑になる。
 しかし俺は、、、亜希子の声が聞きたかった。
 「はあ~、、、」
 俺は大きなため息をつきながら目を閉じ、俯いた。
 病室では、自分のパートナーの命が事切れようとしている。
 例え、、、女性としてでは無いにせよ、家族としては愛はあったんじゃなかったのか、、、
 今の一番の心のよりどころは、、、、亜希子なのか、、、
 それで良いのか、、、、
 俺は窓へと目線を移し、目の前の中年男の顔を見つめた。そして答えを出した。

 『もしもし、、、健夫?』
 着信履歴から発信した亜希子は、2コールも待たずに出た。
 「うん、、、今、病院、、、奥さん、もう、、、」
 『……うん、、、』
 「亜希子、、、疲れてないか、、、、寝てないんじゃないのか?、、、すまん、こんな時に、、、」
 『人の心配しなくて良いから、、、、傍にいてあげて。』
 「……分かってる、、、、娘が来るまでは多分、、、、」
 『いつ着くの?』
 「明日の朝、、、、また、、、電話する、、、、」
 『……じゃあ、、、』

 翌朝、8時過ぎに娘が病室へと入って来た。
 「夜行バスと一番列車、タクシーで帰って来た。」と言いながら、ベッドの横の丸椅子へと座る。
 暫く奥さんの顔を見ている。
 「……嬉しかった事とか、、、楽しかった思い出とか、ぜ~んぶ、上書きされちゃったな~。あれはダメ、これもダメ、、、ああしなさい、こうするべきよとかさ、、、、
 上書きした嫌な事が見えなくなるまで、、、剥がれるまで待っててくれても良かったのに、、、、」
 娘は呟く様に、そう言った。

 モニターの規則正しいアラーム音が、連続音へと変わった。

 「8時25分、死亡が確認されました。」

 それから俺と娘は病室を追い出され、俺はナースステーションへ向かい、娘には親戚や友人、近所の互助会への連絡を頼んだ。
 奥さんは入院したての頃、「なにかあったらここに連絡して頂戴。」とベッドサイドの引き出しへと、便箋にしたためたリストを収めていた。
 俺はナースステーションで退院手続き、ケアセットの解約、葬儀会場への遺体搬送手続きなどを行った。

 遺体の搬送、通夜、葬儀、初七日、火葬と慌ただしく時間は過ぎる。
 家族の家へと連れ帰った奥さんは、小さな仏壇の前に設えた白い布の掛かったテーブルの上に居る。
 娘がその前に座る。俺はその後ろへ座り、手を合わせた。

 「もしかしてね、、、パパの方が煩くて、娘に過干渉だったとしたらさ、、、私、ママともっと仲良く出来てたのかな、、、
 例えばね、、、ママと一緒にパパをディスってたら、、、もっと共感出来てたのかな、笑い合ってたのかな、、、」
 娘は落ち着いた声でそう、話し始めた。
 「……仲良くできたかどうかは分らん、、、、ただ俺は、口煩くて過干渉には、、、到底なれていないよ。」
 「……だよね、、、パパが私の事、見守ってくれてたから、、、横道に逸れないでここまで来れたんだよね、わたし、、、
 ママもさ、、、パパが口煩くしてたら、一緒になってさ、、、私をもっともっと厳しくしてたんだろうね、、、そう言う人だったもん。」
 「そうかもしれない、、、でもパパは、ああする事しか出来なかったんだ。感情的にならず、何が一番良いか、、、お前にとって何が良いか、、、そればっかり考えてた、、、そう選んでた。」
 「パパの優柔不断なところとか、、、直ぐに謝るところとか、、、、嫌いになってれば良かった。」
 「……今からでも遅くはないぞ、、、友だちとかみんな、そうしてるんだろ。」
 「……もういい、、、だってもう、、、、ママ、いないから。」
 膝の上で硬く両手を結んでいた娘から、一粒二粒の涙が落ちていた。

 【すまん、、、俺はそうする事しか出来なかったから、、、】
 きっと俺が、さっき娘が言ってたように違っていたら、母と娘の関係は良くなっていたんじゃないかとも思える。俺は、心で娘に謝った。
 娘の母、奥さんと知り合った頃のあの人は、誰にでも笑みを絶やさず、協調性のあるタイプだった。
 苦手な上司からの無茶振りにも彼女なりに答えていたし、出来ない事は周りに頼っていた。良く出来た人だった。
 半ば強引に入籍の運びになって、一緒に暮らすようになった時、、、あの人は豹変した、、、いや、、、素の自分が出た。
 料理は不得意だからしたくないと言ったので、夕食はほとんど俺が作った。出来ない時はコンビニ弁当かカップ麺としていたが。
 掃除は、埃を吸って咳が出るからしないと言った。だから週に一回、俺がした。それも俺が怠り、掃除しない時が2,3週間経った辺りには、すリビングの隅には髪の毛や綿埃が絡まっていても、奥さんは見て見ぬ振りをしていた。
 洗濯は自分のデリケートな衣類のみ洗う。部屋着やラフな物、タオルなどは俺の物と一緒に洗う。干すのは俺の仕事。
 娘が生まれてからはミシンを購入し、服や外出用バッグを製作し始める。幼稚園や小学校で必要なものや習い事のレッスンバッグなど生地探しや装飾物も含め買い求め、いつもミシンの前にいた。
 奥さんは、娘の母親は、、、ミシンの前と時々洗濯機の前以外は、ソファーへ寝そべっていた。
 娘が小さい頃はそれでも一緒にじゃれ合っていたんだ。
 思春期になった娘の前でもソファーに寝そべって、小言を言い注意を与え、叱咤激励を送ってた。そうすると娘に反発され、その態度を娘に非難される。口げんかが絶えなくなった

 奥さんと俺の間では、喧嘩らしい喧嘩はした事が無い。
 声を荒げるのは何時も奥さんで、俺は反論するだけの口数や記憶を持っていない。
 奥さんの口からは、いつも同じではあるものの俺のよくない所や、以前失敗した事が次々と出る。
 奥さんを嫌いになっていく。
 でも、娘を一人前にしてやらないといけない。

 俺は、、、我慢した。
 奥さんを女性ではなく、家族として接した。

 【俺は間違った選択をしたんだろうな。
 自分に蓋をする事が正しいんだ、、、それを正解にしたんだ、、、でも、、そうするしかなかったんだ、、、
 そういしたかったんだ、、、】

 「私、、、パパみたいなお婿さん貰ってさ、、、何もかもして貰おうかな。」
 白い箱を見つめていた娘が妙に明るい声で言った。俺はその声に少し驚き、、
 「…はぁっ?、、、バカゆうな。もっとしっかりした働き者を探せよ、、婿を貰うなんて言うなよ。
 一緒に生きていくパートナーなんだから、分担でも協力してもいいからさ、、、しっかりこれから探せよ。
 この家に拘るな、、、、好きに生きて良いんだから。」
 普段思っていた事を娘に告げた。
 「……そんなことわかってるもん、、、ふ~んっだ、、、、お腹空いちゃった。ねえパパ、カップ麺でも食べようよ。」
 「ご飯炊いておむすびでも作ろうか?」
 「今日は良いよ。パパも疲れてるからさ、、、あとお風呂入って、寝よ。」
 「うん、そうだな、、、そうしよう。」

 何をどう分かってるのか、俺には分からない。
 多分娘は、自分にとっていい答えを出すさ、、、と思いながら、一緒にカップ麺を食べた。

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 女性は一気に年を取る時期があるように思える。
 ある年齢まで、その歳には見えない若さを持っている女性ひとが、急に高齢者と見え始めてくる。
 亜希子のそのラインはいつ来るのだろう。
 その時の俺は、そのまま引き受けるつもりでいる。
 多分、男の俺もそのラインがきっと来る。
 そのラインを越えた俺を引き受けて欲しい、、、そう願う。

 亜希子の股間に顔を埋めながら、そんな事も考える俺。
 行為中も他の事を考え、少しでも長持ちさせようとする事がある。
 効果があるのか無いのか分からないが、気持ちが前のめりになっていると、フィニッシュまで短い気がする。
 少しは効果があるのかもしれない。
 フィニッシュの時の、ドクドク感とは関係なさそうだけど。

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