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潔癖症だった私の清潔のルール

数年ぶりに、
インフルエンザが流行しているようだ。
娘の学校でも、学級閉鎖が出ているらしい。

インフルエンザと聞くと、私はグッと身構える。
何度も、苦しめられてきた病だからだ。

社会人になってから毎年、
インフルエンザにかかるようになった。
5年くらい連続でかかったと思う。
A型とB型、1年に2度かかったこともある。

そのたびに仕事は、最長5日間休むことになる。
まだ若手で、知識や経験がない分、とにかく勤務時間分だけはしっかり働かないと!と思っていた頃だ。真面目な性格だった私は、インフルエンザにかかるたびに凹んだ。
5日もの間、ただでさえ忙しい先輩の仕事を増やしてしまうことを思うと、身体よりも心が辛かった。



もう二度とかからないように!と躍起になり、
毎年秋の終わり頃からありとあらゆる対策を打つようになった。

はじめは、
予防接種をして、電車内ではマスクをするようになった。

それでもインフルにかかる。

翌年。それならば、
家に帰った時だけでなく会社に着いたら手洗いうがいをして、一日中マスクをつけて過ごす。

それでもインフルにかかる。

翌年。それならば、
会社に着いたら、除菌シートで机や引き出しの持ち手を拭いて、外から帰ったらすぐにシャワーを浴びるようになる。

それでもインフルにかかる。

翌年。それならば、
吊り革や手すりは持たない。エレベーターのボタンは指先で押さない。
買って帰ってきたものを一つ残らず除菌する。
家族が手を洗わずに触った場所は、除菌して回る。

それでも…

と、ふと気づいた時には、
「菌」が見えるようになっていた。

ドアノブにも、帰ってきたばかりの衣服にも、自分や家族の身体にも、「菌」がウジャウジャいるように見える気がする。実際見えるわけではないのだけど、トイレの洗剤のCMで見るような「菌」のイメージが、頭の中で広がるのだ。

除菌しなくては、落ち着いて過ごせない。



いわゆる潔癖症、と呼ばれるところまで来ていた。
私はそのことを自覚して、少なからずショックを受けた。

もともとは大雑把な性格で、
潔癖症に自分がなるなんて、思ってもいなかった。

その頃は、テレビのバラエティ番組なんかでも、潔癖症は揶揄される対象だった。タレントさんの潔癖症エピソードは、
「キレイ好きすぎてヤバい!」
「無理。一緒には絶対暮らせない!」
なんて言われ、笑われる。

私もその番組を見て、家族と笑っていたのに。
まさか自分が。


今思えば、
あんなに毎年かかったのは、
体質もあったかもしれないし、
実家を出て一人暮らしを始め、食生活も睡眠時間も乱れ、免疫が落ちていたのかもしれない。

それなのに生活を見直すことはせず、とにかく菌をやっつけることだけに熱中していた。


自分で自分が正しい、と考えていたわけではなかった。
もっと清潔さについて、気楽に構えられたらいいのになぁと、と思うことの方が多かった。

だから、同じレベルの清潔さを、
家族や友人に求めることはなかった。

潔癖症の人は、相手にも同じように行動することを求めると思われがちだ。だから、なんとなく嫌がられるのかなとも思う。けれど、そんなことはない。
自分の領域に入られなければ、そして、自分の領域をとことん清潔にしてもよいならば、相手に何か求めることは、私はなかった。

それから、私がとことん清潔にするという様子を見て、
「自分が汚いもの扱いされた!」と悲しく思う人もいるかもしれない。
でも、その人を汚いと思っているわけではないんだ。菌が怖くて、菌を撲滅させたかっただけなのだ。菌は生きていれば、自然に発生することは理解していた。だから、その人自体を、汚いとか評価しているわけではなかった。

私はただ、許してほしかった。
私が、私の気の済むまで清潔にすることを。
その様子を見て、怖がらないでほしいし、笑わないでほしかった。

家族は、
私が潔癖症と呼ばれる域に達していても、怖がりも笑いもせず、好きなようにさせてくれていた。
そのことを、とにかく感謝している。



✴︎
子どもたちが成長し、
保育園や小学校に通い始めると、たびたび病気をもらってくるようになった。
その病気に家族全員でかかる、なんてことも珍しくなくなって行った。

「あぁー。
これはもう、私が一人でどれほどやっても病気にかかるのは防げないのかも

と思うようになって行った。

子どもに徹底的に清潔でいろ、というのは無理な話だ。それはやりたくなかった。泥遊びをしたり、自然の中でお友達と遊びまわるのが楽しいことは、私だってよく分かる。その機会を奪うつもりはなかった。
それに、小さいうちに病気にかかるのは、免疫獲得のために必要なことでもある。

仕方ないか。

そうやって、
できないことを少しずつ認めていくうちに、
肩に背負ってガチガチに固まっていたものが少しずつゆるまり、軽くなっていったようだ。

私はまた昔のように清潔さと折り合いをつけられるようになっていった。前は抵抗があった温泉やキャンプにも、今では行くことができるようになっている。


✴︎

そうして、コロナ禍を経験し、
行きつ戻りつもあったけれど、
今はこの辺りのマイルールに収まった。

・帰宅後は手洗いうがいをする。
・食事前は手を洗う。
・人混みに行った後は、帰宅後に着替える。
・衣服は毎日洗濯。気軽に洗濯できないものは玄関に置く。
・除菌するのは、外食で机が汚れていれば、除菌シートで拭く程度。

そして、きっとこれから先、私の中で変わることのないルールが下の2つ。

・他の人に自分と同じ清潔さを求めない。

・他の人の清潔さに対する向き合い方を、
 笑わない。
 否定しない。
 お好きにどうぞ、という楽な姿勢で対応する。

少し前の私は、
笑われること、怖がられること、
近くにいる相手を嫌な気持ちにさせるかもしれないことが何より怖かった。
だから、家族以外に知られないように隠して、無理をして生きていた。
それってすごく疲れるのだ。

けれど、よくよく考えたら、
清潔さについて、
何が正しくて、何が間違いなんてことはないのだ。

だから、決して、
人のルールを、私の基準で評価しない。

それに、私自身だって今のマイルールが自分にとっても絶対の正解なわけじゃない。これから、子供の受験とか、自分の外せない仕事とか、いろいろなことを経験してマイルールは増えたり減ったりするだろう。

そういうものだ。

自分の身の回りくらい、
整えても、
散らかしても、
除菌しても、
好きにしたらいいんだよ。
と、人にも自分自身にも言いながら、生きていきたいなと思っている。

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