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道交法38条1項前段と一時停止義務

少し前に、道路交通法38条2項と反対車線の関係を記事にまとめた。

この話題のYoutube動画のコメントで、道交法38条1項前段には一時停止義務があるのだから、38条2項に引っ掛からなくとも38条1項に引っ掛かるし、交通反則告知書(青切符)には道交法38条1項と2項の区別はないのだから、違反の取締りには問題ないという意見を見た。

「道交法38条1項前段には一時停止義務がある」という部分に引っ掛かりがあり、この点を中心に記事にとりまとめた。

「交通反則告知書(青切符)には道交法38条1項と2項の区別はない」という部分は確認が取れておらず、この記事では触れない。さまざまな違反者が公開しているネット画像を見ると、平成後期から令和初期のどこかで、区別がない書式に改訂されたように思われるところ、確認が取れていない。

なお、交通法規の専門家ではないので、正確性は紹介書籍や裁判例検索サイト、さらに正確性を望むなら弁護士相談やお知り合いの警察官との会話などで補完してほしい。

この記事では道路交通法を単に法と略記する。


条文

法38条1項の条文は以下のようになっている。

(横断歩道等における歩行者等の優先)
第三十八条 車両等は、横断歩道又は自転車横断帯(以下この条において「横断歩道等」という。)に接近する場合には、当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車(以下この条において「歩行者等」という。)がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。この場合において、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。

道交法38条1項

以降、「横断歩道等」「歩行者等」の部分を単に略記のみで記す。

この条文は前段と後段に分かれる。「この場合において」よりも前が前段、「この場合において」からが後段となる。

後段の場合に一時停止義務があるのは明らか。つまり、「横断し、又は横断しようとする歩行者等」がいる場合に一時停止義務があるのは明らか。

この記事では、前段は適用されるものの後段は適用されない場合、つまり「横断しようとする歩行者等がないことが明らか」ではないが、かといって「横断し、又は横断しようとする歩行者等」がいることも確認できない場合に、前段部分に一時停止義務があるのかという観点を中心に取りまとめている。

第三十八条前段
車両等は、横断歩道等に接近する場合には、当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者等がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。

道交法38条1項前段
「横断歩道等」「歩行者等」は略記

状況別の義務

前記のとおり、以下を前提に考える。
・「横断しようとする歩行者等がないことが明らか」ではない
・「横断し、又は横断しようとする歩行者等」がいることを確認できない

遠方に横断歩道の存在を認識したとき

横断歩道ありの道路標示が見える。あるいは遠方に、横断歩道標識や横断歩道が見える。このような場合にどういった義務があるか。

横断歩道の存在を認識したとき

前提条件下では「当該横断歩道等の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前。)で停止することができるような速度で進行」する義務を負う。ここは走行中のため、一時停止義務が入り込む要素はない。

書籍では、以下のように説明されている。横断歩道や停止線に接近するまでは難しいところはない。

 安全速度接近義務を規定したものである。その速度は徐行を要求しているのではなく横断歩道等に接近しながら50k/mhから40km/h、40km/hから30km/hと徐々に速度を落とし、横断歩道等の至近のところでは徐行に近い状態になっていることが必要であろう。必要によってはブレーキを普通に踏んで静かに、しかも直ちに停止できるような速度ということができる。歩行者等側からいうと、車両等が接近してきても少しの危険も感じない(安心して横断が始められる。)ような速度ということがいえよう。

19訂版執務資料道路交通法解説』p.365~366

停止線の至近

停止線に接近した状況でもなお、横断しようとする歩行者等がないことが明らかとはいえず、横断し又は横断しようとする歩行者等を確認もできない場合にどうするか。

横断しようとする歩行者等がないことが明らかとはいえず、停止線にも接近しているため、停止線で停まれる速度、つまり徐行に近い速度になっていることは前提となる。

これを、停止線での一時停止義務があると捉えている人もいるようだ。「停止線で停止することができるような速度」を維持したまま停止線に近づけば、いずれ、停止線で一時停止することになるという考えもできる。これを理由に、一時停止義務があると考えることもできる。

この点をどのように解釈すべきか、書籍に解説がある。書籍解説は、法38条2項に関する解説となっている。つまり、横断歩道上に前端が被るように車両が停止しているとき、停止線あるいは横断歩道の直近で一時停止したのち、停止車両の前端で再度、一時停止する義務を負うのかという点に関するもの。

19訂版執務資料道路交通法解説』p378 図(66)を参考に作成

 図(66)のように甲車が横断歩道上に停止している場合、乙車は停止線で停止し、さらに甲車の前方に出る前に一時停止しなければならないのかとの質問が多い。この場合、乙車は横断歩道等に接近するとき、横断歩道上に甲車が停車しているので、「歩行者がいないことが明らかな場合」に当たらないので第一項前段の安全速度接近義務を守りながら横断歩道等に接近しなければならないが、横断し又は横断しようとする歩行者等がいないときは、後段の停止線の直前で停止する義務は生じない。甲車の側方を通過して甲車の前方に出る前の横断歩道等上に一時停止すればよいことになる。……

19訂版執務資料道路交通法解説』p.378

このように、横断し又は横断しようとする歩行者等がいない状況が続く限り、停止線での一時停止義務はない。この事情は、見通しを妨げる障害物の種類に依らない。反対車線の停止車両の場合や、横断歩道至近の道路工事のガードフェンスなどで横断歩道の見通しが悪くなっている場合も変わらない。同じく、停止線での一時停止義務はないと考えるのが自然と思う。

なお、横断し又は横断しようとする歩行者等がいる場合は、法38条1項後段に基づいて停止線で一時停止ののち、甲車の側方を通過して甲車の前方に出る前に法38条2項による一時停止、2か所での一時停止義務を負う。これは、前記の書籍解説に続けて記されている。

停止車両も歩行者等も見える場合

 ……。横断歩道等に近接して乙車の進路の前方を横断し又は横断しようとする歩行者等がいるときは、停止線の直前で一時停止し、歩行者等の通行を妨げないようになって発進し、甲車の側方を通過して、その前方に出る前に再び一時停止しなければならないことになる。

19訂版執務資料道路交通法解説』p.378

停止線がない場合の横断歩道等の至近

停止線がなく、横断歩道等に接近した状況でもなお、歩行者等がないことが明らかな場合とはいえず、横断し又は横断しようとする歩行者等を確認もできない場合にどうするか。

多くの場合、前項同様の話となる。ただし横断歩道に近接していれば、停止線と比して、横断歩行者がいる場合の危険は高まる。そのため、より慎重な確認が必要となる。

前節の図(66)およびその書籍解説により、法38条1項前段としての一時停止義務はない。そのため、徐行や最徐行で歩行者の安全を担保できる状況であれば、一時停止義務を負わないと考えるのが自然に思う。

これに対して、徐行や最徐行では歩行者の安全を担保できないほどに見通しが悪ければ、一時停止と微発進の繰り返しを必要とする場合もあると思う。ただしそれは、法38条1項前段ではなく、法70条(安全運転義務)の定めによる。

車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に捜査し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない

法70条

ここまで横断歩道に接近してもなお、「横断し、又は横断しようとする歩行者等」の存在を確認できないというのは稀だろうと思う。どういった状況が考えられるか。

停止車両などの側方通過時が考えられる。
これには、以下のようなものがある。
① 自車と同じ進行方向の停止車両(左方、右方、ともに)
② 反対車線の停止車両(右方)
③ 停止車両以外の障害物、たとえば道路工事のガードフェンスなど

横断歩道至近で見通しを遮るものたち

①には法38条2項による一時停止義務が課せられているので、一時停止義務を負うことは明白。②③に補足する。

②が法38条2項による一時停止が課せられているかは、別記事に記したとおりに議論はある。しかしそれとは独立して、徐行や最徐行では歩行者の安全を担保できないほどに見通しが悪ければ、前記のとおり法70条(安全運転義務)の定めにより一時停止義務を負う。

見通しの悪い状況では、一時停止義務の根拠法令はひとつとは限らない。①における一時停止義務の根拠法令は、法38条2項もあれば法70条もある。②③において法38条2項における一時停止義務がなくとも、法70条における一時停止義務は依然として残る。

③は停止車両でないため、法38条2項が及ぶわけではない。しかし事情は、前記②と同じとなる。法38条2項が及ばないことが明白というだけの違いでしかなく、停止車両や障害物の陰から横断歩行者が飛び出てくる蓋然性、それに対する注意義務の程度は変わらない。なお、①よりも蓋然性が低いことは、別記事に記している。

②③で見通しが極端に悪い場合、一時停止しても見通しの悪さは解消されない。そのため、一時停止+微発進を繰り返すことにより、自車の存在を横断歩行者に徐々に知らしめつつ進行することが必要となるだろう。そして左右の見通しが確保され、横断歩行者がいないことが確認できれば、通常に進行することができる。

横断歩道に差し掛かった後

多くは前項「停止線がない場合の横断歩道等の至近」に記したところと被る。

横断歩道上に被るように道路工事がある場合など、見通しの悪さが解消されない状況が横断歩道内まで継続することになるものの、それ以外は「停止線がない場合の横断歩道等の至近」と大差ない。

障害物が道路工事などの場合には、障害物が車両等でないため、法38条2項は適用されない。この場合であっても、徐行や最徐行では歩行者の安全を担保できないほどに見通しが悪ければ、法70条(安全運転義務)の定めにより一時停止義務を負うこと、その場合は一時停止+微発進を繰り返す必要があるだろうこと、これらも前節のとおりである。

横断歩道内にまで障害物がある場合

障害物を越えて見通しが確保されれば、歩行者の存在を容易に確認できる。その結果、横断し又は横断しようとする歩行者等がいない場合は、そのまま進行することができる。

横断し又は横断しようとする歩行者等がいる場合は、その場で停止し、歩行者等の通行を妨げない状況になって進行することができる。

最後に

いろいろ見ていると、反対車線の停止車両は含まないとする解釈が妥当なように思う。今後の警視庁や警察庁、各都道府県の対応はどうなるだろうか。

それと、条例ではなく法律解釈の話なので、都道府県で解釈が異なるのはあり得ないという感想。

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