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交通事故の過失割合

Youtube動画コメントで、交通事故における過失割合に対する、様々な批判や言説をしばしば見る。曖昧な基準とか、動いていれば過失はつくとか。過失割合とはどういったものなのか。その点を再確認し、まとめることとした。まとめていたら35,000文字と長大な記事になってしまった。

ネットで過失割合を解説するサイトや動画にも、解説内容に怪しい点が目立つものがしばしばある。そのような動画を見る際に要注意と思われる部分も、記事内に記しておいた。

なお、交通法規や交通損害賠償の専門家ではないので、正確性は紹介書籍や弁護士サイトや保険会社サイト、さらに正確性を望むなら弁護士相談や保険会社務めのご友人との会話などで補完してほしい。


記事の範囲

専ら過失割合そのものを記事の主題としている。

事前に類型化され算定された過失割合を、保険会社や弁護士や裁判所がどのように扱っているかといった部分にはほとんど触れていない。

参考書籍

この記事を作成するうえで、以下の書籍を参考とした。

過失割合網羅系の書籍
 『別冊判例タイムズ38号』(2014年7月)
過失割合集
 『事例にみる 新類型・非典型交通事故の過失相殺』(2023年3月)
    新日本法規サイトの電子書籍版
 『第2版 実務裁判例 交通事故における過失割合』(2019年5月)
 『第3版 実務裁判例 交通事故における過失相殺率』(2023年5月)
 『判例にみる 自転車事故の責任と過失割合』(2022年11月)
その他
 『判例にみる高齢者の交通事故』(2020年11月)
 『「交通事故」実務入門』(2021年4月)

交通事故では以下の書籍も参照されると聞く。しかし、損害賠償額の算定を中心としていること、多くは弁護士会からの直販入手のみで手軽でないこと、こういった理由から所有しておらず、この記事を作成するうえでは使用していない。

赤い本』『青本』『黄色本』『緑のしおり
大阪地裁における交通損害賠償の算定基準

とくに『赤い本』には過失割合が掲載されていると確認できるものの、弁護士会の直販となっているため、入手していない。

 交通事故損害賠償事件における過失相殺の処理にあたっては、……(別冊判例タイムズ38号)が実務上広く用いられています。また、公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部でも過失相殺基準を作成し、「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準」(いわゆる「赤い本」)に掲載、公表しています。これらは、事故当事者、事故発生場所、事故態様の区分に応じた過失相殺率・過失割合を基準化するもので、多数の交通事故損害賠償事件を迅速かつ公平に処理する基準として機能しています。

『事例にみる 新類型・非典型交通事故の過失相殺』はしがき

上巻(基準編)
第11 過失相殺

日弁連交通事故相談センター『赤い本』目次

別冊判例タイムズ38号

この記事の多くの部分は、参考書籍一覧の冒頭に記した『別冊判例タイムズ38号』(全訂5版)を参考としている。この書籍を簡単に紹介しておく。この記事の下方で、もう少し掘り下げて解説しなおしている。

正式名称は『別冊判例タイムズ38号(民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準全訂5版)』。通称、『別冊判例タイムズ38号』『判例タイムズ』『判タ』など。以下、この記事では『判タ』と略記している。

過失割合算定の実務上、広く用いられている書籍となっている。

 交通事故損害賠償事件における過失相殺の処理にあたっては、東京地方裁判所の民事交通専門部の裁判官が作成した「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準[全訂5版]」(別冊判例タイムズ38号)が実務上広く用いられています

『事例にみる 新類型・非典型交通事故の過失相殺』はしがき

過失割合とは

過失割合

交通事故の損害は、不法行為による損害となる。そのため本来は、民事裁判、損害賠償請求訴訟によって損害額を決めることになる。しかし、多くの交通事故が発生する現状、すべてを民事裁判で決めるのは現実的でない。

令和5年発表の統計を犯罪白書で確認すると、令和4年分の交通事故発生件数は300,839件となっている。裁判所の稼働日が土日祝を除いて年間約200日と考えて、全国の裁判所で約1,500件の裁判を連日行う必要がある。

裁判所データブック2023を見ると、地裁と簡裁あわせておよそ650。裁判所は、令状発行は年中無休だが、裁判は土日祝はやっていない。年200日程度として、単純計算で裁判所ごとに1日2件~3件。さらには裁判が1日で終わるわけでもなければ、裁判所の分布に合わせて事故が起こってくれるわけでもない。これらをすべて民事裁判で捌こうとすれば、裁判所が交通事故の民事裁判で埋まってしまう。

交通事故には似たような態様のものが多くある。出会い頭事故や右直事故などは、典型的といえると思う。ある交通事故①と似たような態様の交通事故②が発生すれば、賠償分担は①と②で同様のものになると推測できる。

似た態様の事故を類型化し、個々の事故類型における双方の過失の割合を基準化しておくことにより、類似の事故を大量かつ迅速に処理できる。このように類型化・基準化された双方の過失の割合が、一般に言われる、交通事故における過失割合となる。

 交通事故損害賠償事件における過失相殺の処理にあたっては、……(別冊判例タイムズ38号)が実務上広く用いられています。……これらは、事故当事者、事故発生場所、事故態様の区分に応じた過失相殺率・過失割合を基準化するもので、多数の交通事故損害賠償事件を迅速かつ公平に処理する基準として機能しています

『事例にみる 新類型・非典型交通事故の過失相殺』はしがき

さらには類型化・基準化しておくことで、裁判の迅速化に留まらず、争点が複雑でない交通事故では示談だけで済ませることもできる。示談で済めば裁判を行う必要はなくなり、争点がより複雑な交通事故、あるいは交通事故以外の民事裁判や刑事裁判に、より多くの裁判リソースを割り当てることができる。

 交通事故事件においては、訴訟ではもとより示談交渉時においても、東京地方裁判所交通部の裁判官により構成される東京地裁民事交通訴訟研究会編の別冊判例タイムズ38号「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準(全訂5版)」によって公表されている基準(いわゆる「別冊判タ基準」)において、車両の種類、事故態様、当事者の属性等により、「過失相殺率」ないし「過失割合」が、類型化・定型化されている。

『判例にみる高齢者の交通事故』p.212

このような示談は、多くの場合、保険会社が代行している。

 示談代行
 対人賠償責任保険及び対物賠償責任保険では、被保険者が被害者との間で行う示談交渉について、被保険者の同意を得て損保会社が代行する制度が定められているのが通常である。したがって、被害者側は、多くの場合、損保会社との間で交渉を行うことになる。
 なお、損保会社が示談交渉を行う目的は、損害賠償責任者たる被保険者に対して保険金の支払い義務を負う範囲における示談の成立であり、……

『「交通事故」実務入門』p.50~51

なお、類型化・基準化には、過去の裁判結果、つまり裁判例の蓄積がベースにある。このような情報をベースに、東京地方裁判所民事第27部(交通部)の裁判官により構成される東京地裁民事交通訴訟研究会編がとりまとめている。

そのため、このように基準化された過失割合に納得できず民事交通訴訟を起こしたとしても、自身の過失を減らす、あるいは、相手の過失を増やす、そのような特段の事情がなければ、基準化された過失割合のままとなる可能性が高いといえる。

過失割合と過失相殺率の関係

ここまでの説明の中に、過失割合という言葉と過失相殺率という言葉が登場している。書籍名にも両者があり、書籍に記載されている内容にも併記されている個所がある。この両者の違いに触れておく。

過失相殺率

交通事故が発生したとき、それによって発生する人的あるいは物的損害をどのように扱うべきか。ここに民法722条2項が絡んでくる。

(過失相殺)
 被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。

民法722条2項

民法722条2項に基づいて、被害者に過失がある分に応じて損害賠償から減額すること、これを過失相殺という。10万円の損害に対して、被害者側に20%の過失があるから、損害賠償額を8万円に減額するといった具合である。このケースでは20%の減額率となっている。これを過失相殺率という。

過失相殺率と損害賠償額

交通事故の双方向性

交通事故では、多くのケースで双方が損害を与え、双方が損害を被る。車同士の場合はとくにそうなると言える。そのため、前出の過失相殺率は双方向的な話になる。前節で示した例を用いれば、以下のように双方向になる。前節の例は、下表の下段に相当する。

過失相殺率と損害賠償額(双方向)

表の左部分が冗長であることから、加害者視点にすることで、表を少しばかり簡素化する。加害者視点のため、損害額=加害額、賠償額=賠償支払額となる。ただし、過失相殺率は相手の過失相殺率を意味するため、過失割合の列とは値が逆転する。ネットでは、被害者視点で解説されているものもあるところ、損害額=被害額、賠償額=賠償請求額に変わるだけで実質は同じとなる。

過失相殺率と損害賠償額(双方向、簡略化)

高級車に近寄るなという話を聞く。相手の損害額が高ければ、自身の過失が低くても、賠償額は高くついてしまう。Aが高級車で修理費が高くつくと、過失割合の低いBが過失割合の高いAに支払うことになり得る。

過失相殺率と損害賠償額(Aが高級車で修理費が高くついた場合)

過失割合≠過失相殺率となる場合

ここまで、損害態様別に見た被害者の過失割合=過失相殺率として、賠償額を算定してきた。このようになるのは四輪車同士の場合であり、四輪車同士以外ではこのようになるとは限らないと書籍で解説されている。書籍には以下のように説明がある。

 ……、四輪車同士の事故の類型の基準においては、それぞれの車両の過失相殺率はそれぞれの車両の過失割合と同一であると解し、一方が歩行者・単車・自転車の事故の類型の基準においては、いずれも歩行者・単車・自転車が被害者となっている場合を想定している。一方が歩行者の事故の類型の基準においては、従前どおり、四輪車側の過失割合は示していない。一方が、単車・自転車の事故の類型の基準においては、四輪車側の過失割合も示しているが、単車・自転車の過失割合は、あくまで注意的な記載であり、単車・自転車が加害者であるとして請求された場合における過失相殺率を直ちに示すものではないとされている(……)。

『判タ』序章「はじめに」p.44

第1章 歩行者と四輪車・単車との事故
1 序文
(1) 過失相殺率の基準
 ……
 歩行者が加害者となるような場合、例えば、歩行者が路上に急に飛び出したため、急停止をした四輪車・単車の運転者・同乗者が負傷したり、歩行者との衝突を避けようとしてハンドルを切り、対応車と衝突した四輪車・単車の運転者・同乗者が負傷した場合等に、歩行者が不法行為責任を負うか、負うとしてその負担割合がどの程度かなどは、本章の基準の対象外である

『判タ』第1章序文p.60

 その後、平成9年の全訂3版以降は、車対車の事故を含む全ての事故態様について「過失相殺率」のみを表示するものとされた。すなわち、車対車の事故において、それぞれの車の過失相殺率は、それぞれの車の過失割合と同一と解している。一方が歩行者・単車・自転車の場合はそれらが被害者の場合を想定している。ただし、一方が単車・自転車の場合に、記載されている車の過失割合が、単車や自転車が加害者の場合における車の過失相殺率を示すものではない。以後、この立場が踏襲されている。

『判例にみる高齢者の交通事故』p.212~213

前出のA80対B20の事故で、A=四輪車、B=自転車の場合を考える。ただし、自賠法が絡むと過失相殺の考えが適用されなくなる部分があるため、物損を前提に考える。自転車が転倒することのない軽度の接触であり、自転車や荷物などの物損に留まり、人損はなかったケースを想定する。

このケースで、四輪車が被った損害を算定するうえでは、自転車の過失が20%だからといって、必ずしも過失相殺率が20%を意味しないことになる。過失割合≠過失相殺率となるケースが実務上どの程度あるのか分からないところ、巷に言われる「片側賠償(片賠)」などは、これが適用されたケースといえる。

「片側賠償(片賠)」は、事故全体の加害者側の損害額を算定するうえで、被害者側の過失相殺率を0%で算定したものとなる。今回の例だと、自転車Bが四輪車Aに与えた損害を免除するようなものである。以下のような損害賠償となる。

過失相殺率と損害賠償額(片側賠償)

自転車Bが四輪車Aに与えた損害は、上表の下段となる。過失相殺率は相手の過失相殺率を意味する項目だった。上表の下段において、自転車Bの過失相殺率を0%で算定するため、四輪車Aの過失相殺率は100%となり、この数値100%を過失相殺率の項に記載している。その結果、賠償額の項は0円となる。相手が高級車であろうとも、である。当然ながら、過失相殺の結果としても、Bが支払う賠償額は0円となる。

過失割合と過失相殺率が一致しない場合とは、このようなケースをいう。

過失割合と過失相殺率の違いを設けている理由

過失割合と過失相殺率の違いは分かったところ、両者の違いを設けている理由は何だろうか。書籍では、相対説と絶対説の違いと説明されている。

 被害者の過失をどのように評価するか、言い換えれば過失相殺率(あるいは過失割合)の認定をどのように行うか、という点については、一般に、「相対説」と「絶対説」の対立があるとされている。
……
 絶対説によれば、不可抗力的要素の寄与がある場合にはこの部分は加害者負担に帰することになるが、相対説によれば、不可抗力的要素は過失割合に応じて被害者と加害者に按分されることになる。
……
 例えば、昭和50年別冊判タ基準においては、「基本的には相対説の立場に立つ」が、対歩行者事故においては「過失割合」という思考を取らず「相殺率」が、車対車の事故においては「過失割合」が示された。すなわち、「車対車の事故については被害者と加害者の注意義務違反の対比によって過失を評価するが、歩行者と自動車との事故においては、対比を前提としつつ、双方の過失の異質性、不可抗力的要素を加害者側に加重した適切な配分を考慮しながら、妥当な過失相殺率を設定することとされた。
 その後、平成9年の全訂3版以降は、車対車の事故を含む全ての事故態様について「過失相殺率」のみを表示するものとされた。……。ただし、一方が単車・自転車の場合に、記載されている車の過失割合が、単車や自転車が加害者の場合における車の過失相殺率を示すものではない。以後、この立場が踏襲されている。

『判例にみる高齢者の交通事故』p.211~213

「双方の過失の異質性」というところがポイントと思われるところ、ここを掘り下げた記述は書籍に見られなかった。ネットの情報と照らすと、以下のように説明できると思う。

歩行者と四輪車の対比で考えると……。

歩行者の不注意は基本、他人に危害を加える類のものでなく、自身を守る注意を怠ったという程度のものに留まる。相手が同クラス、つまり歩行者でない限り。

四輪車の不注意は、他人に危害を加える類のものであり、それがゆえ道路交通法で注意義務が課されている。そのため、単なる不注意でなく注意義務違反に問われる。

このように、歩行者あるいは車両等の種類の違いが、不注意の扱いの違いとなる。これが、過失の異質性なのだと思う。

過失割合の基準化の仕組み

過失割合は、似た態様の事故を類型化し、個々の事故類型における賠償分担を基準化したものだと、冒頭で記した。基準化には、事故態様の分類化、事故態様ごとの基本過失割合、修正要素、これら3種を組み合わせる形態を採っている。

 本書は、各基準が想定している事故態様について、基本の過失相殺率・過失割合を設定し、事故態様ごとに修正要素をできるだけ具体化し、その修正要素に一定の数値を与え、基本の過失相殺率・過失割合と修正要素の組合せにより、特定の事故につき、できるだけ具体的妥当性を具備した過失相殺の割合を算出することができるように配慮している。

『判タ』p.43

それぞれの事故態様ごとに、以下の形式で基本過失割合や修正要素がまとめられている。ただし、記載されている事故態様図、基本過失割合、修正要素の組合せは、まったくのデタラメであるので、その点はご注意いただきたい。

『判タ』の事故態様ごとのページを参考にしたイメージ

事故態様の分類化

事故態様の分類は、掲載ページ数ではなく、墨付き括弧の数字【107】の形式で表すのが慣例となっている。たとえば、四輪車同士の青信号右直事故は、事故態様【107】で扱われる。

事故態様は階層構造で分類されている。事故態様【107】を例にすれば、以下の階層構造となる。

第3章 四輪車同士の事故
3 交差点における右折車と直進車との事故
(1) 同一道路を対向方向から進入した場合
ア 信号機により交通整理が行われている交差点における事故
(ア) 直進車・右折車ともに青信号で進入した場合

『判タ』目次より抜粋

このように階層構造となっているのは、法令の適用状況が階層ごとで異なることによる。これは、それぞれの章節の冒頭に記されている。事故態様【107】を例にすれば、以下の太字のような観点がそれぞれの章節の冒頭で解説されている。

第3章 四輪車同士の事故
 → 相手が歩行者や自転車や単車の場合とは、注意義務程度に差がある。
3 交差点における右折車と直進車との事故
 → 直進車優先(法37条)、交差点に入る際の双方の義務(法36条4項)
(1) 同一道路を対向方向から進入した場合
 → 対向進入の特性として対面信号が通常同じ
ア 信号機により交通整理が行われている交差点における事故
 → 信号交差点では直進車優先(法37条)よりも信号規制(法7条)
(ア) 直進車・右折車ともに青信号で進入した場合
 → 信号には優劣がないので、直進車優先(法37条)が強く働く

『判タ』p.37目次+当方補記

このように、事故態様の分類階層ごとに法令の適用状況が示されている。

階層の深さは、事故態様によって差がある。歩行者や車両の種類による分類は全面的に設けられているところ、交差点以外は階層が少なく、交差点は階層が多く、信号のある交差点はさらに階層が多くなっている。それは、事故態様の分類の複雑さにも絡んでくる。

実際の事故がどの事故態様に当てはまるか。多くはさほど判断は難しくないものの、一部に単純でないものもある。四輪車をベースに例示すると……

  • 交差点事故では、信号の色は、事故の瞬間でなく、停止線を超える時点が基準となる。ただし、交差点進入後の信号の変化を類型化している事故態様もある(【108】【111】【112】など)。

  • 信号なし交差点の場合、双方の道路の幅員、優先道路の有無、一時停止規制の有無などによって類型化されている。複数の類型に当てはまるときに、どれを優先的に採用するかという観点がある。たとえば直進車同士の場合、一方に一時停止規制がある場合の事故態様【104】よりも、一方が優先道路の場合の事故態様【105】が優先的に適用される場合もある。どちらが優先的に適用されるかは、道路状況により左右される。

  • 見通しの悪い信号なし交差点の場合、左方優先(法36条1項1号)よりも、見通しの悪い交差点での徐行義務(法42条1号)が強く働く。また、徐行していなくとも相応に減速していることは事故回避に寄与する。これらを理由に、双方の速度によって細分類化されている。

ネットには、こういった前提情報が記されていないサイトや解説動画もあり、どのような前提があるかを誤っているものもあるように見える。解説を見るうえで注意しておきたい。

なお、自転車同士の事故をはじめとして、基準化されていない事故類型もある。そのような場合には、類似した分類にあてはめたうえで修正する、あるいは過去の類似裁判例にあたる必要がある。

基本過失割合

前記の事故態様ごとに、基本的な過失の態様が規定され、それに応じた過失割合が設けられている。これを基本過失割合という。

多くの基本過失割合には、その事故態様における典型的な過失が織り込み済みとなっている。前出の右直事故【107】であれば、優先的に扱われる直進車にも、法36条4項に基づく注意義務が課せられており、軽度の注意義務違反があることを前提に過失割合が基準化されている。

 ……。しかし、直進車優先といっても、直進車に法36条4項による注意義務が免除されるものではなく、具体的事故の場面では直進車にも前方不注視、ハンドル・ブレーキ操作の不適切等何らかの過失が肯定されることが多い。したがって、本基準では、直進車にも上記のような通常の過失があることを前提としている。

『判タ』p.227

 車両等は、交差点に入ろうとし、及び交差点内を通行するときは、当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等、反対方向から進行してきて右折する車両等及び当該交差点又はその直近で道路を横断する歩行者に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない

法36条4項

このように『判タ』には、なぜそのような基本過失割合となっているか、被害者側にも過失がつく理由が記されている。

基本過失割合は、一見すると理不尽に見えてしまうものもある。それには、典型的な過失が織り込み済みであることが一因にある。ネットには、どのような過失が織り込み済みか記されていないサイトや解説動画もあるように見える。解説を見るうえで注意しておきたい。

修正要素

前記の基本過失割合は、分類化された事故態様の典型ケースを前提とした過失割合となっている。実際の事故は、この典型ケースから外れるものも多くある。典型ケースから外れるような個別事情がある場合に、個別事情に応じて過失割合を加減算する仕組みを設けている。これを修正要素という。

前出の右直事故【107】を例にすると、以下が修正要素とされており、表形式で『判タ』にまとめられている。事故態様【107】の基本過失割合は、(A)直進車20:(B)右折車80となっており、修正要素は(A)直進車の過失割合を増減する方向に加減算する要素となっている。

直進車
 既右折(+10)
 法50条違反の交差点進入(+10)
 15km/h以上の速度違反(+10)
 30km/h以上の速度違反(+20)
 その他の著しい過失(+10)
 その他の重過失(+20)
右折車
 徐行なし(-10)
 直近右折(-10)
 早回り右折(-5)
 大回り右折(-5)
 合図なし(-10)
 大型車修正(-5%程度)
 その他の著しい過失・重過失(-10)

『判タ』【107】修正要素

それぞれの修正要素の詳細は、各章の冒頭に統一的に説明されている。また、特段の説明が必要なときには、ページ下部に説明されている。

ページ下部に、説明が記される。

たとえば、右直事故【107】の「徐行なし」は、同ページ内に以下のように説明されている。

② 徐行なしの意味・内容については、本章序文(2)オを参照。
 徐行は、右折車としての通常の速度を意味し、必ずしも法律上要求される徐行でなくてもよい。

『判タ』【107】②

修正要素の中には、修正を行わない事項が明記されているものもある。上図のケースでは「B車の修正要素1 ④」と書いた部分がそれにあたる。修正値が「*」と記されている。

④ ……の意味・内容については、本章序文……を参照。
 ここでは、……を意味する。しかし、……をもってA車に有利に修正するのは相当でないし、……の場合には、すでに基本の過失相殺率において考慮済みであるから、修正要素として考慮しない。

ネットで見ると、大型車修正が記されていないサイトもある。主要な修正要素でないため省かれているのかもしれない。また、『判タ』のページの中段部分の修正要素一覧に含まれておらず、表の下部の説明部分に記されているため、見落としているのかもしれない。また、そのようなサイトだけを見て、原典たる『判タ』を見ずに解説するようなサイトや動画解説だと、当然にこのような修正要素の存在を見落とすことになる。

大型車修正の説明は、上図のような形式で説明されている。

大型車修正とは、大型車の側方後端に衝突する事故態様で適用される修正要素となっている。

③ 大型車修正については、本章序文(2)ウを参照。

『判タ』【107】③

ウ 大型車について
 修正要素としての大型車とは、大型自動車、すなわち、……をいう。
 本章では、各基準の修正要素から大型車による修正を削除しているが、これは、……、大型車であることと事故発生の危険性に関連がない場合にまで大型車であることのみを理由に一律に修正要素とするのは妥当ではないと考えられることによるものである。したがって、大型車であることによる修正を否定するものではなく、大型車であることが事故発生の危険性を高くしたと考えられる態様の事故においては、大型車であることにより5%程度の修正をするのが相当である。例えば、……、交差点に直進進入した車両が右折する大型車の側面後方に衝突した事故などである。なお、大型車による修正は、大型車であることが事故発生の危険性を高くする場合には、大型車に対してより慎重に交差点に進入する注意義務が課せられることを前提とするから、大型車が優先道路を走行する場合、直進車と対向右折車の事故において大型車が直進車である場合、大型車が右折の青矢印信号に従って右折する場合等には考慮する必要がない。

『判タ』p.203
大型車は交差点に後端を残しやすいので、
大型車の後端に衝突するケースで、大型車に不利となるよう修正が掛かる。
図は、左方優先に反して進行した大型車の例。

「徐行」などのように、修正要素が示す言葉の意味が、道交法で定義される言葉と必ずしも同じとは限らない。また、大型車修正のようなケースは見落とされがちである。原典たる『判タ』を参照していなければ、このような誤りは容易に起こりえる。

「その他の著しい過失」「その他の重過失」は、事故態様ごとに通常想定されている程度を超えるような過失を汎用的に扱うための修正要素となっている。事前に類型化された修正要素によってありがちなケースはカバーできる。しかしそのような典型的なケースばかりとは限らないため、汎用的に扱える修正要素が設けられている。

参考書籍掘り下げ

ここまで過失割合を説明した。あらためて参考書籍をもう少し掘り下げてみる。一部、これまでの説明と被る部分もある。なお、手持ちの書籍に限っている。

過失割合網羅系の書籍
 『別冊判例タイムズ38号』(2014年7月)
過失割合集
 『事例にみる 新類型・非典型交通事故の過失相殺』(2023年3月)
    新日本法規サイトの電子書籍版
 『第2版 実務裁判例 交通事故における過失割合』(2019年5月)
 『第3版 実務裁判例 交通事故における過失相殺率』(2023年5月)
 『判例にみる 自転車事故の責任と過失割合』(2022年11月)
その他
 『判例にみる高齢者の交通事故』(2020年11月)
 『「交通事故」実務入門』(2021年4月)

別冊判例タイムズ38号

冒頭にも記したとおり、実務上広く用いられている書籍となっている。この記事では『判タ』と略記している。

位置づけ

すでに記したとおり、東京地方裁判所交通部の裁判官によって、過去の裁判例をベースに基準化された書籍となっている。そして、裁判だけでなく示談交渉でも用いられている。事実上の標準といえる。

 東京地裁民事第27部(以下「東京地裁交通部」という。)は、交通事故に関する訴訟(船舶又は航空機事故によるものを除く。以下「民事交通訴訟」という。)を集中して担当している専門部であるが、従前から民事交通訴訟の審理方策として、基本的主張、証拠及び一般的な訴訟進行について基本的な部分で統一的な訴訟運用が図られてきた
 一般的な民事交通訴訟については、大量の同種事案を公平・迅速に処理するため、古くから賠償額や過失相殺率に関する基準化が図られてきたことから、争点に関する裁判所および当事者の認識は、相当程度共通化されており、おおむね1年以内での紛争の解決が図られている。……

『判タ』はじめに p.1

 交通事故事件においては、訴訟ではもとより示談交渉時においても、東京地方裁判所交通部の裁判官により構成される東京地裁民事交通訴訟研究会編の別冊判例タイムズ38号「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準(全訂5版)」によって公表されている基準(いわゆる「別冊判タ基準」)において、車両の種類、事故態様、当事者の属性等により、「過失相殺率」ないし「過失割合」が、類型化・定型化されている。

『判例にみる高齢者の交通事故』p.212

変遷

『判タ』全訂5版より前の版は持ち合わせていない。しかし、同書の序章に変遷の説明がある。抜粋してみる。

昭和50年(1975年)
 初版『別冊判例タイムズ1号』
平成3年(1991年)
 全訂版『別冊判例タイムズ№1』〔1991・全訂版〕
平成9年(1997年)
 全訂3版『別冊判例タイムズ№15』〔平成9年・全訂3版〕
平成16年(2004年)
 全訂4版『別冊判例タイムズ№16』〔全訂4版〕
平成26年(2014年)
 全訂5版『別冊判例タイムズ38号』〔全訂5版〕

『判タ』p.43より抜粋

版を重ねながら、すでに半世紀近く発売され続けていることが分かる。短いときには6年、長いときには15年で次の版が発売されている。交通法規の改訂など、諸条件で期間の長短は変わるのだろうと思う。

交通環境の変化

前節で軽く変遷を紹介した。『判タ』全訂5版は発売から10年経過している。ドラレコの普及など交通環境の変化に追従できていない部分が生じていると感じる。この点を踏まえて、そろそろ全訂6版が登場してほしいと思う。

第3版 実務裁判例 交通事故における過失相殺率』第1編第2章「主な道路交通法の改正」を参考にしつつ、2014年以降の交通環境変化で気になる点を記した。

◆ドラレコの普及

ドラレコ普及率は、『判タ』発売の2014年の8.1%から、2023年には52.5%まで上がっている(ソニー損保「カーライフの実態に関する調査結果2023年」)。昨年ついに、50%を超える状況となった。

裁判例にも、ドラレコによる立証を見ることがある。過去に記した記事で紹介した右直事故の裁判でも、事故車両の位置関係は、一方的被害者である赤信号停止車、タクシーのドラレコで認定されている。

位置関係だけでなく、ドラレコで過失要素をどこまで否定し得るかということは、過失割合を算定するうえでも重要要素と思う。これを窺えるような改訂を望む。

◆携帯電話使用の厳罰化

携帯電話の使用は、令和元年(2018年)12月1日に厳罰化されている。

『判タ』では、携帯電話の使用は著しい過失(10%不利に修正)と扱われている。法改正により厳罰化された携帯電話の使用が、従来どおり著しい過失と扱われるのが妥当か、それとも、重過失(20%不利に修正)と扱われるのが妥当か。このあたりを全訂6版でははっきりしてほしいと思う。

感覚的には、著しい過失ではやや軽い感。ただし重過失ではやや重い感。『判タ』の例示では、「脇見運転等著しい前方不注視」が「著しい過失」、「酒酔い運転」「居眠り運転」が「重過失」として例示されている。行為態様は脇見運転ではあるものの、厳罰化を受けてより不利に扱ってもいいような気がする。

『判タ』の説明では以下のように記されている。

タ 著しい過失・重過失
……、著しい過失とは、事故態様ごとに通常想定されている程度を超えるような過失をいう。重過失とは、著しい過失よりもさらに重い、故意に比肩する重大な過失をいう。

『判タ』p.206

これを見ると、重過失には、危険運転行為相当の行為が要求されるように思う。危険運転致死傷における危険運転行為は、その行為の悪質性ゆえに、故意に準ずる重罰を課すというもの。そして、「重過失」に例示される「酒酔い運転」もまた、危険運転行為にあたる(自動車運転死傷処罰法2条)。これに匹敵するほどの前方不注視かというと、やや疑問には感じる。個人的には、15%~場合によっては20%不利に扱うくらいだろうか。

◆自転車のヘルメットの努力義務化

自転車のヘルメット使用は、令和5年(2023年)に努力義務化されている。

『判タ』では、ヘルメット不着用を理由とした修正要素は記されていない。これがどの程度変化するか。0%と扱われるべきなのか。5%と扱われるべきなのか。このあたりを全訂6版でははっきりしてほしいと思う。

書籍では『事例にみる新類型・非典型的交通事故の過失割合』に記述がある。紹介されている裁判例は、神戸地判平31.3.27交民52.2.427。裁判例検索では出てこなかった。

 なお、道路交通法63条の11(本件事故当時は平成25年法律第43号による改正前の同法63条の10)は、児童・幼児の保護責任者に対し、努力義務として、当該児童・幼児へのヘルメットの着用を定めているにすぎないし、本件事故当時、児童・幼児の自転車乗車時のヘルメット着用が一般化していたとも認められないから、ヘルメットを着用していなかったことをAに不利に勘酌すべき過失と評価するのは相当でない。

『事例にみる新類型・非典型的交通事故の過失割合』p.352

下記サイトの考えに近いように思う。

ヘルメットの着用は、要するに、被害者が事故に遭った際に自身に生じる被害を軽減するための措置であり、シートベルト着用に類するものと言えます。
……
よって、法律上の義務を遵守していなかった場合でさえ原則1割の過失相殺とされているのに、現時点で努力義務に止まるヘルメット不着用が、それ(1割)を超える過失相殺を裁判所が認めるはずもなく、一般的な自転車でごく通常の走行態様であったのなら、現時点ではゼロ割とする可能性も高いと思います(せいぜい5%ではないか、というのが私の感覚です)

自転車のヘルメット未着用に伴う過失相殺の相場観と各人の役割

前記サイトで気になったのは、以下の部分。やはりメディアの報じ方はおかしいということだと思う。そこで呼ばれる専門家とは……。

……、交通事故に詳しいという弁護士さんの「過失相殺の可能性あり、最大で2割」とのフリップが表示され、……。
が、膨大な交通事故事案に従事してきた弁護士として、この「弁護士さんのコメント」が一人歩きすることに疑義を感じざるを得ません

自転車のヘルメット未着用に伴う過失相殺の相場観と各人の役割

なお、上記は一般的な自転車の場合であり、スポーツタイプの自転車では話が変わる。前掲の書籍やサイトも、スポーツタイプの自転車では事情が変わると説明している。

 もっとも、今後のヘルメット着用の普及状況等によっては、被害者(側)の過失として考慮されることも考えられます。また、高速度で走行するロードレーサー型の自転車の場合には、事故の際の頭部受傷の危険が高く、ヘルメット着用も相当程度普及しており、一般的な自転車の場合とは事情が異なる点があると思われます。

『事例にみる新類型・非典型的交通事故の過失割合』p.353

ただ、何年も前から通常とは異なる事故リスクが指摘され現にヘルメット着用が当然視されているツーリング等に用いるスポーツタイプの自転車や、転倒時の被害等が大きくなりやすい電気自動車なら、通常とは異なる防護義務(損害拡大防止義務)が認められるべきとして、1~2割の過失相殺もありうるとは思います。

自転車のヘルメット未着用に伴う過失相殺の相場観と各人の役割

◆電動キックボードの登場

基本は原付扱いでいいのだと思う。ただ、細かい点で過失割合に影響してきそうな要素がどの程度あるのか分からない。全訂6版では、電動キックボードも取り扱ってほしいと思う。

事例にみる 新類型・非典型交通事故の過失相殺

『判タ』で扱っていない、非典型的な事例が多く記されている。
裁判例だけでなく、それに対する解説も付記されている。

自転車同士の事故やETCがらみの事故は、『判タ』で扱っていないうえに、発生頻度も多く参考になる。あと、煽り運転やしがみつきなど、故意性が認められる態様の事故は、他の書籍では扱いがあまりないように思う。

少し残念なのは、電子版のスキャン解像度がやや悪いこと。電子版は、発売元である新日本法規サイトの電子書籍版で提供されている。はしがきページを拡大率最大で表示すると、以下のようになる。

『事例にみる 新類型・非典型交通事故の過失相殺』はしがき
第3段落冒頭 最大倍率

その一点だけが残念に思う。内容は興味深いところが多い。

 交通事故損害賠償事件における過失相殺の処理にあたっては、……(別冊判例タイムズ38号)が実務上広く用いられています。また、……(いわゆる「赤い本」)に掲載、公表しています。
 ……
 もっとも、実際に発生する交通事故には様々なものがあり、それらの基準では想定していない新しい類型や非典型の類型の事故も相当数存在しています。
 本書は、それら新類型・非典型の事故類型における過失相殺について、事故当事者、事故発生場所、事故態様のそれぞれの観点から、関連する裁判例を整理、分析し、実務の参考に供するものです。……

『事例にみる 新類型・非典型交通事故の過失相殺』

第1章 新類型・非典型的な事故当事者
 【歩行者が加害者】【自転車同士】【緊急自動車】
 【バス】【路面電車】
 【畜犬・野犬動物】【製造物責任】
第2章 新類型・非典型的な事故発生場所
 【変形交差点】【Y字路】【五叉路以上】【ロータリー】
 【駐車場内】【ETC】【右にはみ出して通行することができる場合】
第3章 新類型・非典型的な事故態様
 【結果回避行動(非接触事故)】
 【不法行為の競合・共同不法行為】
 【スイッチターン】
 【追抜き直後など危険な進路変更】
 【警察官の手信号】【交通整理者の不適切誘導】
 【あおり運転】【しがみつき】
 【アイドリングストップの解除】
 【道路瑕疵】
 【シートベルト・チャイルドシート・ヘルメットの不装着】
 【作業中の事故】

『事例にみる 新類型・非典型交通事故の過失相殺』目次抜粋

実務裁判例 交通事故における過失割合 第2版

過失割合以外にも、代車料・休車損・評価損といった、賠償額要素の説明も含まれている。

過失割合は、『判タ』に載る典型的ケースの実例もあるものの、高速道路の合流・多重追突事故・料金所(ETC含む)などは他の書籍にあまり見られず、参考になる。

なお、事故態様を表す図面とともに裁判例が掲載されているだけで、解説は付記されていない。そのため、『判タ』など他の情報と比較し、標準的な過失割合からどの程度変わったか、あるいは変わらなかったか、どの部分がどの程度普遍的な判断なのか、それともその事故固有の判断なのか、それらを自身で読み解く必要がある。

(当方注、第1版)はしがき
 平成25年3月に、自転車や駐車場での事故を中心とした、いわば非典型裁判例についての過失相殺率に関する実務裁判例を上梓したが、このたび、四輪車に関する、いわば典型裁判例における過失割合に関する裁判例を再び上梓することになった。
……
 また、本書では、高速道路における車線変更や多重事故、さらには、料金所付近における事故について裁判例を挙げてみた。……

『実務裁判例 交通事故における過失割合 第2版』(第1版)はしがき

第2版 はしがき
……
そして、改訂版としての本書は、高速道路や路外における交通事故などに関し更に判例を積み上げているが、……

『実務裁判例 交通事故における過失割合 第2版』(第2版)はしがき

第1編 交通事故に基づく損害賠償請求権と消滅時効
 第1 民法724条前段(現行法)
  1 短期消滅時効を設けた趣旨
   :
 第2 民法724条後段
  1 除斥期間を設けた趣旨
   :
第2編 代車料、休車損及び評価損
 第1 代車損
 第2 休車損
 第3 評価損

『実務裁判例 交通事故における過失割合 第2版』目次
過失割合以外を抜粋

第3編 交通事故裁判例(過失割合)
 第1 交差点
  (1) 信号機による交通整理が行われている事例
  (2) 信号機による交通整理が行われていない事例
 第2 丁字路
  (1) 信号機による交通整理が行われている事例
  (2) 信号機による交通整理が行われていない事例
 第3 車線変更
 第4 追越し
 第5 追突
 第6 路外への出入り
 第7 高速道路(車線変更)
 第8 高速道路(追突)
 第9 高速道路(多重追突)
 第10 高速道路(料金所)

『実務裁判例 交通事故における過失割合 第2版』目次
過失割合を抜粋

実務裁判例 交通事故における過失相殺率 第3版

前記書籍の第3版。

分類の仕方を変えてある。交差点や丁字路といった道路の状況をひとまとめにして、歩行者や車両の種類で分類している。当方の見落としがなければ、高速道路や車線変更は含まれていない。第1版は電子書籍化されていないこともあって所有していないところ、おそらく第1版はこの方向だっただろうと思う。第2版のはしがきから、第2版で高速道路の裁判例を充実させたことが窺えるため。

『判タ』には含まれない「自転車 対 自転車」が、本書には含まれている。また、『判タ』では単車としてまとめられている、原付と自動二輪車が区別できるように記されているなど、『判タ』よりも車両の種類は細分化され、充実している感はある。ただし、網羅的な書籍でないため、調べたいものに類似した裁判例の有無で、参考になる度合いが左右される。

第3版も第2版同様、事故態様を表す図面とともに裁判例が掲載されているだけで、解説は付記されていない。そのためこちらの版も、『判タ』などと合わせ読みする必要がある。

第2編 交通事故裁判例
 第1 自転車 対 原動機付自転車
 第2 自転車 対 自動二輪車
 第3 自転車 対 自転車
 第4 単車 対 歩行者
 第5 自転車 対 歩行者
 第6 車 対 歩行者
 第7 車 対 自動二輪車
 第8 車 対 原動機付自転車
 第9 車 対 自転車
 第10 単車 対 単車
 第11 駐車場内
 第12 駐車場への出入り

『実務裁判例 交通事故における過失割合 第3版』目次

判例にみる 自転車事故の責任と過失割合

自転車事故に特化した交通事故を対象とする書籍。第1章が概説、第2章が裁判例となっており、第2章の大半が事故態様で分類した過失割合集となっている。

『判タ』には、自転車同士の事故が含まれていないため、自転車同士の事故における過失割合で有益。自転車同士の事故には、第1章の中で、他の書籍『自転車事故過失相殺の分析 歩行者と自転車との事故・自転車同士の事故の裁判例』『交通事故損害賠償実務の未来』も紹介されている。なお、これらは電子書籍化されておらず、やや古いこともあって、所有していない。

対象読者は、法曹関係者以外にも少し広げている模様。自転車通学者のいる学校教師も対象読者に含んでおり、若年自転車運転者の責任論にも触れている。

 このような状況下において、自転車事故の法的処理等についての知識は、事故当事者や法曹関係者のほか、一般の自転車利用者、自転車利用者が通う学校の教師、保険会社サービスセンターの担当者、保険代理店等にも必須となりつつあります
 そこで、私達は、法曹関係者のみならず、それ以外の方々にも、自転車事故の解決やその関連事項について基本的な知識を押さえることができることを目的として、本書を執筆しました

『判例にみる 自転車事故の責任と過失割合』はしがき

コメントも付記されており、その分、法律実務に関わらない者にとっても読みやすいと思う。

 「コメント」欄では、「判例理論上道交法の規定は同時に自動車の運転行為に関する不法行為法上の行為義務の根拠ないしその存否の判断基準となっていると考えるべき」(平井宜雄『債権各論Ⅱ不法行為』32頁(弘文堂、1992年))であるとされていることから、なるべく道路交通法の規定に触れるよう心がけています

『判例にみる 自転車事故の責任と過失割合』はしがき

なお、『事例にみる 新類型・非典型交通事故の過失相殺』でも簡単に触れたとおり、新日本法規サイトのスキャン解像度がやや悪いと感じる。新日本法規サイトでサンプル版を見ると、『事例にみる 新類型・非典型交通事故の過失相殺』と同様に、拡大すると粗が目立つ。AmazonにKindle版が用意されており、こちらはリフロー版のため、文字を拡大しても問題はない。せっかく公式で電子版を提供していながら、ややもったいないように思う。

『判例にみる 自転車事故の責任と過失割合』はしがき
冒頭 最大倍率

第2章 自転車事故に関する裁判例
 第1 責任原因
  1 未成年者が自転車運転者であった場合
  2 使用者責任
 第2 過失相殺
  1 自転車対歩行者
   (1) 交差点における事故
   (2) 交差点以外の場所における事故
    ア 車道上の事故
    イ 歩道上の事故
  2 自転車と四輪車・単車との事故
   (1) 交差点における直進車同士の出会い頭事故
    ア 信号機による交通整理の行われている交差点における事故
    イ 信号機による交通整理の行われていない交差点における事故
   (2) 交差点における右折車と直進車の事故
   (3) 交差点における左折四輪車と直進自転車との事故
   (4) 歩行者用信号機等が設置された横断歩道又はこれに隣接して設けられている自転車横断帯により道路を横断する自転車と四輪車との事故
   (5) 道路外出入車と直進車との事故
   (6) 対向車同士の事故
   (7) 進路変更に伴う事故
   (8) その他
  3 自転車同士の事故
   (1) 交差点における出会い頭の衝突事故
   (2) 自転車同士の正面衝突事故
   (3) 同一方向に向けて進行していた自転車同士の事故

『判例にみる 自転車事故の責任と過失割合』目次より過失割合部分を抜粋

判例にみる高齢者の交通事故

第5章で過失相殺を取り上げている。高齢者に特化した説明以外に、より普遍的な説明も含まれている。『判タ』よりも分かりやすく説明されている部分もあり、この記事ではこの書籍から説明を拝借しているものもある。

ただし、事故態様別の過失割合という観点の掲載はない。書籍の主題が高齢者であり、第5章は、高齢者が修正要素としてどのように扱われているかという点に特化している。

過失割合以外の点では、それぞれの観点に応じて多くの裁判例が掲載されており、興味深い書籍ではある。ただし、この記事の主題からは外れるため、目次の掲載は控えた。

「交通事故」実務入門

実はこの書籍には、事故態様ごとの過失割合は一切含まれていない。

この書籍は、交通事故を担当することとなった若手弁護士向けに作成されたものとなっている。その性質上、実務全体を幅広くカバーした書籍となっている一方、過失割合を深く掘り下げているわけではない。

 司法協会から、特に若手弁護士を対象に、司法研修所では十分には学べない分野の弁護士事務について、『指南書』となるような入門書を執筆してほしいとの依頼を受け、本書を執筆することとなった。
……
 本書では、交通事故案件を多数手がけてきた熟達の弁護士たちが執筆に参加し、初めて交通事故の弁護実務を担当する若手弁護士にも読みやすいよう、順を追って「相談を受けたら」(1章)まず行わなければならないことから、複雑な保険の仕組みを説明する。そして、……

『「交通事故」実務入門』はしがき

実務全体を幅広くカバーできているだろうと思うものの、当方は法律実務に関わっているわけではないため、その観点での実務者目線での評価はできない。

この記事の主題たる過失割合は、2ページほどしか割かれていない。確かに掘り下げてしまえば、それは『判タ』になってしまう。書籍では、過失割合の基本的な考え方として、「優先車優先」「非停止車優先」「広路車優先」「左方優先」を軸に考えるのがよいと記されている。簡にして要を得るまとめ方のように思う。

興味部分を見た感じだと、個人的興味部分の掘り下げは不十分。基本知識の取得と、掘り下げて学ぶにはどのような書籍があるかという読み方をするのがよさそうに思う。法律実務者でない、一般成人の嗜みとして読むうえでは、そのように思う。

ネットの言説

過失割合に関して聞いたことのある言説について、取り上げ、当方の理解に基づいてまとめてみた。

警察との関係

過失割合に警察は関与しない。

『判タ』の正式名称が『民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準(全訂5版)』であることから、過失割合は民事の領域だと分かる。そして、「民事不介入」「民事上の法律関係不干渉の原則」という言葉に示されるとおり、警察は民事上の法律関係たる過失割合に干渉することはない。

下記のように、交通事故に警察が関与することはあっても、刑事責任が問われる部分、交通秩序に支障を生じるおそれのある部分に限られる。

人身事故においては、過失運転致死傷あるいは危険運転致死傷で警察が関与することはある。しかし、広義の刑法、罰則ある法令違反、刑事責任を負う行為に対しての関与でしかない。もっとも、危険運転致死傷だとその前提となる危険運転行為は道交法違反であるからには、人身だけにかぎらず危険運転行為自体の捜査にも関与することにはなる。

物損事故に留まる場合、それは過失で他者の物を損壊したに過ぎない。器物損壊罪(刑法261条)には過失犯規定がないため、過失で器物損壊罪に問われることはない。そのため犯罪として警察が関与する立場にない。

警察への報告義務(法72条1項後段)という観点で、警察の関与はある。しかしこれも、損壊部品の脱落、積載物の散乱、オイル漏れ等、法1条「道路における危険を防止」「交通の安全と円滑」「道路の交通に起因する障害の防止」を理由としたものでしかない。その証拠に、法72条1項後段の報告義務内容は、人損や物損の程度、道路上の散乱物の程度、それに対する措置に限定されている。この点、最大判昭37.5.2が興味深いところ、別の機会に紹介するかもしれない。

交通事故があつたときは、……。この場合において、当該車両等の運転者(……)は、……警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置(……)を報告しなければならない。

道交法72条1項

いずれも、広義の刑法、罰則ある法令違反、刑事責任を負う行為に限定して、警察が関与していることがわかる。

曖昧な基準

「曖昧な基準」「保険会社の力関係」などということを聞いたことがある。「保険会社の力関係」ということが過去にあったかの真偽は分からない。ただ、現行運用されている過失割合の算定は、そのようなものでないことが分かる。

双方の保険会社が提示する過失割合は、『判タ』に準じた基準で算定されており、どちらかが無茶な主張でもしていない限り、その周辺の過失割合に落ち着く。

本書は、民事交通訴訟における過失相殺率の認定・判断基準を示したものであり、……
一般的な民事交通訴訟については、大量の同種事案を公平・迅速に処理するため、古くから賠償額や過失相殺率に関する基準化が図られてきたことから、争点に関する裁判所および当事者の認識は、相当程度共通化されており、……

『判タ』東京地裁民事27部における民事交通訴訟の実務について
第1 はじめに

「争点に関する裁判所および当事者の認識は、相当程度共通化されており」とあるように、過去の裁判結果が基準化のベースにある。裁判でどのような争点があったか、それら争点における法的解釈はどのようなものであったか、そういった点をベースに、基準化されている。

もしかすると、事故態様や修正要素を適切に捉えられていないケース、近時の裁判動向を押さえていないために過失割合交渉時に有利に扱えていないケースなど、保険会社の情報収集能力や示談交渉能力の差が過失割合に影響しているケースはあるかもしれない。しかしそれは、力関係という言葉から想像される理由とは違うだろうと思う。

「曖昧な基準」と言われる理由には、事故態様の分類に対する理解の問題もあると思う。例えば、先行車両の進路変更に伴う後続直進車との事故は、事故態様【153】で扱われる。しかし、下図のようなケースは事故態様【153】の範囲外となる。

事故態様【153】に含まれない車線変更事故

(2) 進路変更車と後続直進車との事故
……
 ……。ここでは、あらかじめ前方にある車両が適法に進路変更を行ったが、後方から直進してきた他の車両の進路と重なり、両車両が接触したという通常の態様の事故を想定している。隣の車線の前方を走行していた他の車両を追い抜いた直後に進路を変えて当該車両の進路前方に出たところ衝突した場合、進路変更後の車線における前車との車間距離が十分ではなく、車線を変更した後、前車への追突を避けるために直ちに急ブレーキを掛けたために衝突した場合及び他の車両等との接触を避けるためにあわてて車線変更したところ衝突した場合などは本基準の対象外であり、具体的事情を考慮して過失相殺率を検討するのが相当である。
……

『判タ』p.290

それぞれの事故態様の想定ケースは、『判タ』に事細かく記されている。こういった細かい情報は、サイトや解説動画にはあまり見られない。そのため、そのようなサイトだけを参照し、原典たる書籍『判タ』を参照しなければ、こういった細かい情報を知らずに事故態様を選ぶことになる。それでは適正な事故態様を選ぶことはできず、過失割合の理解も誤ったものとなる。

『判タ』を直接見ずに解説していると思われるサイトや解説動画をしばしば見る。こういったサイトや解説動画が横行しているのも、「曖昧な基準」と言われる一因だと思う。

動いていれば過失に問われる

「動いていれば過失に問われる」としばしば言われる。これは、多くの事故態様の基本過失割合の中に、ほぼ一方的な被害車両側にも軽度の過失が織り込み済みであることによる。

別の記事で、10割過失となる事故態様の典型例をまとめたことがある。これ以外の事故態様では、被害車両側にも過失がつくこととなる。それは、軽度の過失が織り込み済みであることによる。

ほぼ一方的過失である10対90の例として、事故態様【105】を示す。事故態様【105】とは、信号のない交差点、直進四輪車同士、一方が優先道路の場合の事故態様を表す。この基本過失割合は、優先車10対劣後車90となっている。

左右方向の道路が優先道路

この事故態様には、以下の説明が記されている。

 優先道路を通行している車両等は、見とおしがきかない交差点を通行する場合においても徐行義務がないが(法42条1号かっこ書)、その場合でも法36条4項による注意義務は依然として要求されており、具体的事故の場面では優先車にも前方不注視、若干の速度違反等何らかの過失が肯定されることが多い。ここでは、上記のような通常の過失を前提として、基本の過失相殺率を設定している

『判タ』【105】説明②

優先車にも、前方不注視や若干の速度違反といった軽度の過失があることを前提に、基本過失割合が算定されている。これが、優先車10%過失の正体となっている。

これを否定することができれば、10対90ではなくなる可能性がある。ドラレコがあれば、前方不注視や速度違反を否定できる場合もあると思う。ただし、5対95どまりなのか、0対100まで行けるのかは、保険実務などに触れる機会もなく、把握していない。

どの程度の過失をドラレコで否定し得るのか、この点が分かるように、次期改訂、全訂6版では修正要素や解説を含めてほしいと願う。それがあれば「動いていれば過失に問われる」が誤解であるといえる日が来ると思う。

前車ブレーキでの追突事故での過失

「動いていれば過失に問われる」の派生に、前車がブレーキを踏み、後車が追突事故を起こしたというケースがある。事故態様【154】では追突事故の前車に3割の過失がついており、これを根拠に追突事故で前車の過失を主張するという話を聞く。

これは事故態様【154】が、前車に法24条違反があることを前提とした事故態様であることへの理解に絡む。この理解がないと、前車つまり被追突車にも過失が付くと誤解してしまう。

 追突事故の場合、基本的には被追突車には過失がなく、追突車の前方不注視(法70条)や車間距離不保持(法26条)等の一方的過失によるものと考えられる。したがって、赤信号や一時停止の規制に従って停止した車両や渋滞等の理由で停止した車両に追突した場合、被追突車の基本の過失相殺率は0ということになろう
 ところで、法24条は、危険を防止するためやむを得ない場合を除き急ブレーキをかけてはならないとしていることから、本基準は、被追突車が法24条に違反して理由のない急ブレーキをかけたために事故が発生した場合のみを対象にしている追突事故一般について本基準が適用になるものではない。……

『判タ』p.293

(急ブレーキの禁止)
第二十四条 車両等の運転者は、危険を防止するためやむを得ない場合を除き、その車両等を急に停止させ、又はその速度を急激に減ずることとなるような急ブレーキをかけてはならない。

道路交通法24条

前車に法24条違反がなければ、『判タ』【154】に解説されているように、前車の過失は基本的には0となる。

なお、法24条違反と言えないまでも不必要なブレーキの場合には、過失に問われる場合もあり得る。細部の状況を無視して「追突車の10割過失しかない」「被追突車も常に過失を負う」と短絡的に考えるのは適切でない。また、故意の急ブレーキ、煽り運転の一態様にまでこの基準を適用するのは無理がある。

 被追突車Bに法24条違反に至らない程度のブレーキの不必要、不確実な操作等がある場合にも、被追突車Bの過失を肯定してよい場合があると考えられるが、このような場合には、その過失相殺率を20%程度に留めるのが相当である。
 また、これとは反対に、被追突車Bが後続車に対するいやがらせ等のために故意に急ブレーキをかけた場合は、追突車Aの過失の有無について、別途慎重に検討する必要があろう

『判タ』【154】説明①

類型化された事故態様がどのような前提のものであるか、その理解なしに過失割合の数値を解説しても適切ではない。しかし、そのような前提情報抜きに過失割合を解説しているサイトや動画をしばしば見る。こういったことが、過失割合の数値が独り歩きする理由となっているのだろうと推測する。

右左折時の徐行

交差点右左折が絡む事故の修正要素に、「徐行なし」というものがある。
右直事故の場合に、右折車が徐行をしていなければ不利に扱うという修正要素となっている。

多くの右左折車が、法2条1項20号で規定する「車両が直ちに停止することができるような速度」たる徐行など守っていないために、過失割合を解説する際に「徐行なし」がつくと解説している動画をしばしば見る。

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
二十 徐行 車両等が直ちに停止することができるような速度で進行することをいう。

法2条1項20号

しかし実際には、そのような修正要素ではない。

運転態様に関する用語の意味
(4) 徐行
……
 ただし、右左折における修正要素としての「徐行」は右左折車としての通常の速度を意味し、必ずしも法律上要求される徐行(法34条1項、2項、2条1項20号)でなくてよい。

『判タ』序章「はじめに」p.55

(2) 修正要素について
オ 徐行なし
 徐行とは、車両が直ちに停止することができるような速度で進行することをいう(法2条1項20号。詳細な意味については、55頁を参照。)。
 本章においては、右左折車に徐行がない場合を、右左折車に不利に修正する要素として多く用いているところ、ここでいう「徐行」は、右左折車としての通常の速度を意味し、必ずしも法律上要求される徐行(法34条1項、2項、2条1項20号)でなくてよい。

『判タ』第3章「四輪車同士の事故」序文

この解説を見れば、右左折が絡む多くの事故では「徐行なし」は適用されないことが分かる。「右左折車としての通常の速度」とは言えない、つまり減速なしの無謀な速度で右左折するような場合に限定して適用されることが読み取れる。

その昔、スリルドライブというゲームがあった。下記動画の105秒からの右折やそれに続く110秒からの左折、このような場合が「右左折車としての通常の速度」と言えない右左折であり、こういった右左折のときに用いられる修正要素が「徐行なし」だろうと思う。なお、110秒からの左折時には横断歩行者あり。

高齢者

道路交通法では、75歳以上から、また身体機能の衰えに依っては70歳以上から、高齢運転者標識の義務がある(法71条の5第3項、同条4項)。また、70歳以上から、免許更新時の高齢者講習の義務がある。こういったことを理由に、交通全般において70歳以上を高齢者と解説しているサイトや動画を見る。

しかし、『判タ』ではおおむね65歳以上を高齢者としている。

第1章 歩行者と四輪車・単車の事故
1 序文
(3) 修正要素について
ウ 児童・高齢者、幼児・身体障害者等(歩行者)
 ……。「高齢者」とは、おおむね65歳以上の者をいう。……
 歩行者のなかでも、道路を通行するに際して、判断能力や行動能力が低い者については、これを特に保護する要請が高いことから、その能力に応じ、大きく2つのカテゴリーに分けて過失相殺率を減産修正することとしている。
 これらには当たらない者であっても、社会的にみて特段の保護を要求される度合いが強い場合は、その能力に応じ、児童・高齢者又は幼児・身体障害者等に類似したものと扱ってよい

『判タ』p.61

交通全般において70歳以上を高齢者と捉えている人は、道交法の目的に即した高齢者と、過失割合算定における高齢者の違いを理解していないことによるものだと思う。

法令によって法令の目的は異なる。そのため、同じ言葉でも法令によって扱いは変わる。さらには、同じ交通という舞台であっても、高齢者には、高齢運転者としての側面と交通弱者保護としての側面がある。高齢者と扱う理由が異なるため、この両者の年齢が異なっていても不思議なことではない。

過失割合において高齢者が直接的に修正要素となるのは、高齢者が歩行者や自転車の場合における交通弱者保護の場合となる。そして、高齢運転者よりも交通弱者としての高齢者をより広く扱っている。これが、年齢の差となって現れる。

高齢者が修正要素となる、交通弱者となるケースは、歩行者か自転車に限られる。さらに、歩行者⇔自転車の事故では歩行者だけが高齢者の修正要素と扱われる。

 別冊判タ38号では、歩行者や自転車の運転手が65歳以上の高齢者であった場合、要保護者として過失の減算を認めている。
 しかし、高齢者が四輪車・単車(原動機付自動車、自動二輪者等)を運転中に事故を起こした場合については、次の②で示す類型を除き修正要素とはされていない。高齢者が有資格者として、運転行為を行っている以上、免許不要の歩行者や自転車運転中の場合と同程度の保護の要請は及ばないと思われる。また、四輪車の場合は特に、運転しているのが高齢者であることを相手方が認識することが難しく、相手方に重い注意義務を課す前提を欠く。よって、高齢者による四輪車・単車運転中の事故については、基本的に、高齢者を理由とする過失の減算修正は行われないものと考える。

『判例にみる高齢者の交通事故』p.348

第2章 歩行者と自転車の事故
1 序文
(3) 修正要素について
エ 児童・高齢者、幼児・身体障害者等(歩行者)
……
 なお、自転車運転者が児童や高齢者等であることは、加算要素とはしていない。自転車という他者に対して危険を及ぼし得る交通手段を利用している者が、自らの危険管理能力の欠如を理由に責任を減ぜられることを正当化することは困難であるし、そもそも自転車は児童や高齢者等によっても比較的容易に操作可能であるからである。

『判タ』p.132

 歩行者として保護される場合は、広く高齢者と解されるが、高齢運転者としての対応が求められるのは70歳以上と画されている

『判例にみる高齢者の交通事故』p.12

「過失割合において高齢者が直接的に修正要素となるのは」と、やや歯切れの悪い書き方をした。四輪車同士の事故では、別の形で修正が掛かる要素がある。年齢が直接的に修正要素となるわけでないものの、高齢運転者標識(シルバーマーク)の表示がある場合、一部の事故態様では修正が掛けられる。

(17) 初心者マーク等
 法71条の5によって表示(努力)義務のある初心運転者標識(いわゆる初心者マーク)や高齢運転者標識(いわゆるシルバーマーク)法71条の6によって表示(努力)義務のある身体障害者標識、法87条3項によって表示義務のある仮免許を受けた者の練習運転のための標識をいう。

『判タ』p.53

 (当方注、事故態様【153】進路変更車と後続直進車の事故)
⑦ 後続直進車Aが初心者マーク等をつけた自動車である場合には、進路変更に際しての注意義務が加重されるから(法71条5号の4)、後続直進車Aについて10%減算修正する。

『判タ』【153】説明⑦


(運転者の遵守事項)

第七十一条 車両等の運転者は、次に掲げる事項を守らなければならない。
五の四 自動車を運転する場合において、第七十一条の五第一項から第四項まで若しくは第七十一条の六第一項から第三項までに規定する者又は第八十四条第二項に規定する仮運転免許を受けた者が表示自動車(第七十一条の五第一項、第七十一条の六第一項若しくは第八十七条第三項に規定する標識を付けた準中型自動車又は第七十一条の五第二項から第四項まで、第七十一条の六第二項若しくは第三項若しくは第八十七条第三項に規定する標識を付けた普通自動車をいう。以下この号において同じ。)を運転しているときは、危険防止のためやむを得ない場合を除き、進行している当該表示自動車の側方に幅寄せをし、又は当該自動車が進路を変更した場合にその変更した後の進路と同一の進路を後方から進行してくる表示自動車が当該自動車との間に第二十六条に規定する必要な距離を保つことができないこととなるときは進路を変更しないこと

(初心運転者標識等の表示義務)
第七十一条の五 
 第八十五条第一項若しくは第二項又は第八十六条第一項若しくは第二項の規定により普通自動車を運転することができる免許(以下「普通自動車対応免許」という。)を受けた者で七十五歳以上のものは、内閣府令で定めるところにより普通自動車の前面及び後面に内閣府令で定める様式の標識を付けないで普通自動車を運転してはならない。

道路交通法71条1項第5号の4、71条の5第3項

15km/h未満の速度超過の扱い

若干の速度超過では、修正要素は付かない。速度超過ということは違法のはずだが、なぜ修正要素が付かないのかと疑問を聞いたことがある。

法定速度や制限速度を超える態様の事故はしばしば見られる。そのような態様の事故では、速度違反に対する修正要素が設けられている。

例えば、この記事で頻繫に取り上げている四輪車同士の青信号右直事故【107】で、速度に関わる修正要素を抜粋すると以下となる。

直進車
 15km/h以上の速度違反(+10)
 30km/h以上の速度違反(+20)
 その他の著しい過失(+10)
 その他の重過失(+20)
右折車
 徐行なし(-10)
 その他の著しい過失・重過失(-10)

『判タ』【107】修正要素 速度関連、著しい過失、重過失を抜粋

このうち、右折車の「徐行なし」は、この節の上部で説明した。

直進車には、典型的な修正要素に「速度違反」が設けられている。この例のように、2段階の修正要素「15km/h以上の速度超過」「30km/h以上の速度超過」が設けられていることが通例となっている。この点、『判タ』には以下の説明がある。

(5) 著しい過失
……
 なお、速度違反については、昭和61年法律第63号による法の改正に伴って反則制度の適用範囲が拡大され、時速30km未満(改正前は25km未満)までの速度違反が反則行為とされたこと(法125条、別表第2)、ガードレールの設置等の安全設備の拡充やブレーキ性能の向上、運転の実態等の社会通念を考慮すると、規制速度を時速30km以上超過した点を著しい過失と重過失との区別基準としても、格別の問題はなく、むしろ今日の実情に合致すると考えられるから、全訂4版と同様に、時速30km以上超過したか否かを著しい過失と重過失との区別の基準としている

『判タ』p.59

事故態様【107】のように、速度違反が頻出するような事故態様では、「15km/h以上の速度超過」「30km/h以上の速度超過」が別建てで用意されている。このような場合に、修正要素の数値は「著しい過失」「重過失」と同じとは限らない。

たとえば事故態様【108】は、右折車が青進入で交差点進入し待機のうえ、黄信号になってから右折開始した右折車と、黄信号直進車との右直事故となっている。この事故態様で、直進車の修正要素を見ると、「著しい過失」「重過失」が10%・20%に対し、「15km/h以上の速度超過」「30km/h以上の速度超過」は5%・10%と基準化されている。このように速度超過が別建ての修正要素となっている場合には、別建てで示される数値が優先する。

さて、15km/h未満の速度超過にはなぜ修正要素が付かないのか。それは、基本過失割合に折り込み済みであるため。交通整理されていない交差点で、一方が優先道路の場合の事故態様【105】に説明がある。

左右方向の道路が優先道路

② 優先道路を通行している車両等は、見とおしがきかない交差点を通行する場合においても徐行義務がないが(法42条1号かっこ書)、その場合でも法36条4項による注意義務は依然として要求されており、具体的事故の場面では優先車にも前方不注視、若干の速度違反等何らかの過失が肯定されることが多い。ここでは、上記のような通常の過失を前提として、基本の過失相殺率を設定している。

『判タ』【105】説明②

 車両等は、交差点に入ろうとし、及び交差点内を通行するときは、当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等、反対方向から進行してきて右折する車両等及び当該交差点又はその直近で道路を横断する歩行者に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない

法36条4項

速度超過で過失が付かないというわけではない。基本過失割合に織り込まれているだけである。多くの事故態様で、ほぼ一方的な被害者側にも軽度の過失が織り込まれており、軽度の速度超過もまた、その軽度の過失と扱わrているに過ぎない。そして、ドラレコが普及していない頃に基準化され、『判タ』が発売された時期では、その速度超過を否定する材料に乏しかったというだけである。

法的義務以外を理由とした過失割合の修正

過失割合は基本、双方に課せられた注意義務、その違反度合いによって決まる。そして注意義務の多くは法的義務といえる。しかし中には、法的義務と言い難いものもある。また、法的義務ではあるが、法で定められたものとは異なる重さで義務が扱われているものもある。

前出の「徐行なし」も、法で定められたものとは異なる重さで義務が扱われているものといえる。「徐行なし」以外には以下のものがある。

① ゼブラゾーンの運転慣行
② 対向左折車がいる場合の右折車の運転慣行
③ 左方左折車と右方直進車の事故

◆① ゼブラゾーンの運転慣行

「ゼブラゾーンを走行してはいけないとする法的制限はないから、ゼブラゾーンを走行することで、過失割合が不利になるわけではない」という話を聞いたことがある。

ゼブラゾーンで問題となるのは、ゼブラを通らず右折レーンに進行する交差点右折車と、ゼブラゾーンを直進する交差点右折車の事故が多いと推測している。これは事故態様【153】で扱われる。

右折レーンとゼブラゾーン

確かにゼブラゾーンを走行してはいけないとする法的制限はない。しかしだからといって、ゼブラゾーンの進行で過失割合に影響しないかというと、そうとは限らない。

書籍には、前記事故態様【153】の場合に、ゼブラゾーンの進行を理由として10%~20%の修正適用がある。ただしその理由説明はやや簡素なものに留まる。他の事故態様【149】、道路外出入車と直進車の事故に記されている説明でより詳細に記されている。下図のような事故態様である。

道路外出入車とゼブラゾーン直進車

5 道路外出入車と直進車の事故
……
 ところで、道路から道路外に出るため右折しようとして導流帯(以下「ゼブラゾーン」とい。その意味・内容については、55頁を参照。)に進入した車両がゼブラゾーンを走行してきた直進車と衝突する事故、あるいは、道路外から右折して道路に入ろうとゼブラゾーンに進入した車両がセブラゾーンを走行してきた直進車と衝突する事故が見られる。ゼブラゾーンは、その立ち入りについて、安全地帯や立入禁止場所の場合に設けられているような禁止事項(法17条6項)や罰則(法119条1項2号の2)はなく、単に車両の走行を誘導するものにすぎないが、車両の運転者等の意識としても、ゼブラゾーンにみだりに進入すべきではないと考えているのが一般的である。また、いわば抜け駆けのようにゼブラゾーンをあえて通行した車両の運転者には、交通秩序を乱すものとして、ある程度非難すべきものがある。過失相殺率の基準としては、ゼブラゾーンを通行してくる車両の予測可能性など道路の具体的事情によって変わり得るが、おおむねゼブラゾーンを進行した直進車側に10~20%不利に修正するのが相当であろう。

『判タ』p.278

ゼブラゾーンに法律上の立入禁止規制はない。しかし、みだりに進入すべきでないという一般的な運転者の意識に照らして考えると、その意識に反して走行する車両は他者から見て予測可能性を下げることになる。この点を見て不利となるように過失割合を修正している解説と見える。

過失とは何かということを理解していないと、なぜ過失割合に影響するか分かりにくいかもしれない。下記説明は刑事過失のため、民事過失だと犯罪事実→不法行為といった読み替えが必要となるものの、大枠変わらないだろう。

過失
 =犯罪事実の認識又は認容がないまま、
  不注意によって一定の作為・不作為を行うこと
不注意
 =注意義務を怠ること
注意義務
 =結果予見可能性を前提とした結果予見義務
 +結果回避可能性を前提とした結果回避義務

『基礎から分かる交通事故捜査と過失の認定』p.2
文章を要約して記載

これを踏まえると、以下の理由で過失を減ずることになると分かる。

他者から見て予測可能性を下げる態様の運転をしている。
→ 他者の結果予測可能性を下げることになる。
→ 他者の結果予測義務を減ずることになる。
→ 他者の注意義務を減ずることになる。
→ 他者の過失を減ずることになる。

違法な運転行為には、違法なことをしても事故を起こすことはないだろうという過失がある。これはどちらかといえば、行為者自身の過失を増す方向に働く。

対して、一般的運転慣行から外れた運転行為は、「この車両は一般的運転慣行に沿った運転をするだろう」と他者が推測することを妨げる行為となる。これはどちらかといえば、他者の過失を減ずる方向に働く。ここには、その行為が違法かという視点は含まれていない。そのため、ゼブラゾーンへの進入が違法でないことを以って、この過失修正を否定する材料にはならないということだと思う。

なお、一部の地域では、ゼブラゾーンの走行を禁止しているところもあるようだ。たとえば宮城県道路交通規則では、ゼブラゾーンの走行が禁止されているらしい。ゼブラゾーンの修正要素は10~20%となっているところ、このような場所では不利に扱われ、20%の修正がかかるものと思う。

第14条 法第71条第6号の規定により、車両の運転者は、車両を運転するときは、次の各号に掲げる事項を守らなければならない。
⑷ ペイントによる道路標示の上にみだりに車輪をかけて、車両(牛馬を除く。)を運転しないこと。

宮城県道路交通規則

◆② 対向左折車がいる場合の右折車の運転慣行

片側2車線の道路に右折する際、右折後にどの車線に入るかということに法的な制限はない。しかし、対向車両が同タイミングで左折しようとしている場合は、右車線を選ぶのが普通と言える。ここで左車線を選んでしまい、事故になったとすると、これを理由として右折車が不利となるように、修正が付される。

事故態様【134】

法は、右折車Bは交差点の中心の直近の内側を徐行しなければならないと規定するだけで(法34条2項)、第1車線に進入することを違反としていないが、片側2車線の道路においては、左折車Aが第1車線に進入するとき、右折車Bは第2車線に進入するのが一般的運転慣行ともいえる。上記運転慣行に反して右折車Bが片側2車線の交差道路のうち第1車線に進入した場合には、左折車Aの進行が妨害されることになる。そこで、右折車Bが片側2車線の交差道路のうち第1車線に進入した場合には、左折車Aについて10%減算修正する。……

『別冊判例タイムズ38号』【134】修正要素説明③

一般的運転慣行に反した態様の運転をするということは、他者から見て予測可能性を下げる態様の運転ということを意味する。そのため、前項①と同様に、法の定めがなくとも相手の過失を減ずる方向に働く。

この観点は独立した記事でも過去に解説している。

◆③ 左方左折車と右方直進車の事故

優先道路や一時停止規制のない、同幅員を前提とした下図の事故態様【126】、直進車が優先的だと考えている人もいると思う。

同幅員での左方左折車と右方直進車

しかし、法の文理解釈上は、左方優先(法36条1項1号)により左方左折車が優先する。ただし、過失割合では、左方左折車の優先性は制限的に扱われ、50対50となる。直進車同士(【101】)なら左方車40対右方車60であるため、左方左折車は法の定めに比して10%不利に扱われていることになる。

過失割合算定において、法の定めが限定的に扱われる例となる。

2 左方車両等の進行妨害(1項)
第1項は、車両等が交通整理の行われていない交差点を通行するときは、原則として左方車両等の進行を妨害してはならない旨を定めたものである。
……
「左方から進行してくる車両」に、交差道路を左方から交差点に進入し「直進し」、「左折し」、「右折する」車両のすべてを含むであろうか問題となる。「左方から進行してくる車両」と特定の限定をしていないので、交差道路を左方から進行してくるすべての車両(直進・左折・右折)を含むものと解さざるを得ない。……

当方注:ただし左方車が右折の場合、法37条との関係に伴い、右方直進車が優先されることが書籍内に別記されている。

『19訂版執務資料道路交通法解説』p.340~342

左方からの左折の場合には、直進の場合とは異なり、他の車両の進路上に進路変更していくため、他者の進路を妨害する度合いが大きいこと、また左折車Aが左折を終え、加速し、直進車Bと等速度になるまでには時間がかかること、さらに、実際の運転慣行としても、交差道路から直進車Bが接近してきた場合には、左折車Aは直進車Bに道を譲るのが通常であることに照らすと、直進車同士の場合(【101】)よりも左方優先を制限的に解するのが妥当と考えられる。

『判タ』【126】説明②

ここにも前記「② 対向左折車がいる場合の右折車の運転慣行」に記した一般的運転慣行が絡む。左方左折車は直進車を妨げてこないだろうという一般的運転慣行があるために、左方優先の法規制は制限的に解釈される。

◆法的義務以外を理由とした過失割合のまとめ

過去に、過失割合を考えるうえで、道路交通法や自動車学校で習うことだけで決めるべきという意見を見たことがある。しかし、上に記したように、道路交通法の字義的な解釈だけで過失割合が決まるわけではない。法で定まっていない理由によって、あるいは法の定めがあっても法を外れた理由によって、過失割合が加減される要素がある。

そのため、道路交通法や自動車学校で習うことだけでは、過失割合は決まらない。また、裁判結果は裁判所の裁判例検索ですべてが公開されているわけではないため、根拠となる司法判断を見ることができない場合もあり、書籍等でとりまとめられている情報にあたる必要がでてくる。

弁護士であれば判例秘書を参照することで確認することもできるだろう。しかし法の専門職でない者は、そのような情報を得る機会に乏しく、書籍頼みとなる。当方もまた、同じ立場である。

事故との相当因果関係

前節で、ゼブラに関わる修正要素の扱いを記した。

右折レーンとゼブラゾーン

このケース、前車は車線変更、後者は交差点右折のため、どちらも右の合図を行っているのが本来の姿であろう。後続直進車の合図がない、つまり道交法違反の場合に修正要素はどのようになるだろうか。

おそらく修正要素に影響はないと思われる。それは、後続直進車の合図なしが事故発生に寄与すると考えにくいためである。事故との相当因果関係がない要素は、修正要素と扱われないというものである。

より分かりやすいのが、赤信号停止車両への後続車追突で、赤信号停止していた被追突車が酒気帯び運転をしているようなケース。この場合、酒気帯び運転をしているからといって、「重過失」が付くわけではない。酒気帯び運転が事故発生に寄与しているとは到底考えられないためである。

イ 事故と直接因果関係がない無免許運転等の違法行為の評価
 全訂3版においては、事故との直接因果関係がなくとも、これを著しい過失又は重過失として取り扱う旨の記載があったが、倫理的側面は慰謝料の算定など別の観点から勘酌し得るし、そもそも修正要素として掲げるか否かに当たって、事故との相当因果関係は当然に考慮されており、違法行為のみ別の取扱いをする根拠に乏しいといえよう。事故との相当因果関係を考慮するとしても、例えば、酒気帯び運転や酒酔い運転をしたり、一度も運転免許を取得したことがない者が無免許運転をしたりした場合は、法令の認識の欠如ないし不足や運転技術の未熟さが影響を及ぼすという意味において、事故と相当因果関係があると事実上推認されるであろう。しかしながら、昼間、赤信号に従って停車中に追突された車両の運転者がたまたま酒気を帯びていたとしても、酒気帯びの事実が事故と相当因果関係があるとは考え難い。結局、無免許運転等の違法行為についても、他の修正要素と同様、事故と相当因果関係のある場合に考慮すべきであり、ただ、事故態様によっては、それらの事故との相当因果関係が事実上推定されることが多いと考えるべきである。

『判タ』p.44

前節とはやや方向性が変わるところ、これもまた、法だけで過失割合が決まるわけでない要素のひとつといえる。

ネット上の解説

ネット上のサイトや動画解説で、原著たる『判タ』を参照していないのではないか、ネットの知識だけで語っているのではないかと、疑いのあるものをたまに見かける。『判タ』と照らし合わせて、食い違いのある解説が頻繁に行われるようであれば、疑いが濃厚といえるだろう。

テレビ等の既存メディアの解説に疑問のあるものもあるが、ネットの解説も必ずしも正しいわけではない。以下の点に対する解説が誤っていて、それが何度も続くようであれば、『判タ』を見ずに解説している疑いが濃厚といえるだろう。これら以外は、『判タ』を持っていない人が真偽を判断するのも難しいかもしれない。

  • 修正要素「徐行なし」の扱いが誤っている。法2条1項20号で規定する「徐行」とは基準が異なるにも関わらず、その点を誤って解説している。

  • 大型車の事故の個別事例を扱う際に、修正要素「大型車修正」に言及していない。

  • 事故と直接因果関係にない過失を、過失割合の修正要素と扱っている。

最後に

まとめなおすことで再確認できた部分がいくつかあった。

過失割合と過失相殺率の違い。ここは十分には理解できていなかった。

交通弱者と交通強者の過失の異質性。他者に危害を加えることが原則ない存在か、他者に危害を加える存在か。それによる、不注意が自身を守る注意を怠った程度に留まるものか、不注意が注意義務違反に問われるものか。

この観点は感覚的に理解できていたところ、シートベルトやヘルメット着用にも結び付くという観点は見落としていた。関連して、防護義務・損害拡大防止義務も再確認できた。

15km/h未満の速度超過と過失割合の関係性。これを、基本過失割合に含まれる軽度の過失と見る向きもあるところ、運転慣行「一般的にどのように走行されているか」という点も要素なのだということを再認識した。

ヘルメット不着用のところに、一般的な自転車とスポーツタイプの自転車の扱いの違いを記した。そこでは、双方の自転車でヘルメットがどの程度着用されているか、ヘルメット着用がどの程度一般的か、それが過失割合に影響を及ぼす可能性があること。それに触れた。

そして、15km/h未満の速度超過もまた、「一般的にどのように走行されているか」という点に関わるものと思う。逆説的には、ドラレコの普及で速度超過の立証が容易となり、基本過失割合から除かれることとなったうえで、速度遵守が一般的なものとなれば、15km/h未満の速度超過もまた、修正要素となり得るのではないかと思う。

最後に一言。

過失割合を構成する要素は、その事故態様が表す場面で、事故が起こったときにどのような過失があったかを示すもの。言い換えると、事故が起こらないように、その場面でどのようなことに注意して運転すべきか、課せられた注意義務をも意味する。

事故を、揶揄する視点でなく、自身の交通安全に結びつける視点で捉えたいものである。


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