『僕らにも明日はある』
登場人物
沢野真由 突き進む創作フリーク
岡里奈 執筆に悩む突っ込み担当
小池博 恋する編集担当
金本裕士 見守る無口な会計
舞台は文芸部の部室。本棚と印刷物に囲まれた部屋の真ん中で四人が机を囲んでいる。飲み物とお菓子が並びちょっとした打ち上げモードである。
小池 それじゃ「言ノ葉」創刊を祝して
四人 カンパーイ
紙コップを傾ける四人。早くも二杯目を注ぐ金本と、机上のお菓子にがっつく沢野。
小池 プハー。このために生きてる
岡 どこのサラリーマン?
沢野 この季節限定桜味、めちゃめちゃうまい!
岡 沢野は食べ過ぎ
金本 ……
岡 そして金本は飲み過ぎ
小池 まあまあ、今夜は打ち上げだから
岡 打ち上げって、まだ試作品ができたところじゃん
岡は冊子を振りかざす「言ノ葉―創刊号―」
岡 これから全部刷って製本して、配るまでにはまだまだ――
沢野 まあまあ、明日がある。それよりこれ、岡ちゃんも食べてみな。季節限定桜味
沢野がお菓子を半ば強引に岡の口に突っ込む。
岡 おいしい
沢野 でしょう。ほら小池も
小池 いただき
沢野 金本買い出しありがとうね
金本 いや、菓子見繕ったのは岡だから
沢野 そうなの? ありがとう、岡ちゃん!
飛びつこうとする沢野をさっとよける岡。
岡 早くも酔っ払いが一人
小池 どうしてミルクティーで酔うんだ?
ペットボトルのミルクティーを見つめる二人。さらにミルクティーを仰いでいた沢野が、ぱたりと倒れる。
小池 おーい、生きてるか?
突如、笑い出す沢野。一同唖然。
小池 ダメだな
以後、騒いでいる沢野はしばらく放っておかれる。
岡 で、何部ぐらい作る予定なの?
小池 百……マイナスα
岡 百部? それだけ? 新入生にもいきわたらないよ
小池 文芸部の冊子読んでくれる人間なんてな、たかが知れてるんだよ。大量に作って残ったときのこと考えてみろ。この過去の出版物の山に「言ノ葉」を加えたいか?
岡 いや……
小池 創刊号で新歓号だからっていろいろ奮発してるしさ
金本 普通紙の代わりに上質紙。表紙は色紙。一冊単価は今までの二倍。配布じゃなくて販売しようかと思うんだけど
岡 ウソ?
金本 ウソ
小池 色紙が百枚売りだから予備がない
金本 これはホント
岡 そっか、残念
小池 ま、これから増やしていこうや。連載だからいっぺん読んだら続きが気になって仕方がない! ……はず
岡 連載は続かないんじゃないかって不安な奴が多かったからね。おかげ様で、四人で作る羽目に
小池 それをやり遂げてこその文芸部だと思うんだけどな。俺は書くぞ
沢野 あたしも! 毎月十五ページくらい何とかなるわ
岡 あたしも書かなきゃな。そう言えば、誰が何書いたんだっけ?
岡は「言ノ葉」を開いて読み始める。
岡 作品が五つある。二つ書いたの誰?
沢野 はいはい
岡 (まだ無視)これ、きつくない?
小池 俺も一応構成の段階で大丈夫か聞いたけど、原稿は大歓迎だったから
岡 いきなり休載したら編集のミスだからね
小池 俺?
沢野 大丈夫、毎月三十ページくらい何とかなるわ
岡 (思わず沢野に)それは無理でしょ
沢野 ところでさ
小池 あ?
沢野 ミステリーでも何でもない推理小説っぽい小説書いたのは誰?
言葉に詰まった岡を金本が指差す。
岡 何か問題でも?
沢野 容疑者が一人しかいない! 推理のいらない推理小説なんてクソだ
岡 は?
沢野 は、って
沢野が四人をそれぞれ被害者(沢野)、その友人(岡)、恋人(小池)、兄(金本)に見立てた模様。
沢野 (岡を指して)被害者と友人は事件前に喧嘩してはいたけれど、現場の状況から見て体力的に不可能。探偵さんが体力を知力で補う方法を探しているようには見えなかったしね。(小池を指して)恋愛関係のもつれは動機としてありがちだけど、伏線がなってない。これで犯人だったら外部犯と同じくらい読者がキレる
岡 ……
沢野 だから犯人は被害者の兄しかいないじゃん。(金本が沢野の首を絞めるマイムをする)あとはアリバイを崩すだけでしょう?
岡 ウソ、今からアリバイ崩すって……
小池 一体誰を犯人にするつもりだったんだ?
岡 小池も、お兄さんが犯人だと?
小池 他にいないだろう。時刻表トリックみたいなものを書く気かと思ってた
金本 右に同じ
岡 ……
小池と金本が「言ノ葉」をのぞき込んで、
小池 これ、明らかに前後編だよな?
金本 「名探偵、皆を集めてさてと言い」状態
岡 締め切りまであと……
小池 (被せて)あと二十日
岡 二十日?
小池 そりゃ、製本までの時間考えたら一ヶ月やるわけにはいかないだろ。月刊誌の意味わかってる?
岡 ……頑張ります
沢野 ねえ、じゃあこの中二くさった戦闘モノは誰の?
小池の視線が金本へ。
金本 まあ、自覚はある
小池 舞台は宇宙開拓を進める未来の地球。地球からの独立を宣言する月の陣営ルナが地球の部隊アースとの激闘を繰り広げる
沢野 まず設定からしてちゃちいよね。バヒュー、バババババー
沢野は両手に何かを持ち一人で戦闘ごっこを始める。(キットカットVS紙コップみたいな感じ)
岡 あー、カタカナだらけって読みにくくて苦手なんだよね
小池 でも需要はあると思うな
金本 男はいくつになってもヒーローに憧れる
岡 ウソでしょ
金本 ウソかどうかはどうでもいい
小池 それにノリだけで書けて長期連載が可能
岡 それ、クオリティー落ちるんじゃない?
沢野 ろくにミステリーも書けない人に言われたくないよね。ズッキューン、ビビビビー
岡 うっ
戦闘ごっこの決着がつく。
沢野 ドッカーン!
岡 ……何してるんだか
沢野 ……
岡 沢野?
沢野 トイレ!
岡 へ? あ、行ってら
沢野はふらふらと出ていく。見送った岡が転がっているペットボトル(二リットル)に気付く。
岡 ちょっと、沢野ったらミルクティー空けちゃった
小池 そりゃトイレにも行きたくなるわ
岡 飲みたかった
小池 まあ、まあ飲めや(と、酒を差し出すが)
岡 あ、あたしもアルコールは飲まない
小池 ……そう
岡 ところで小池が書いたのってさあ
金本 青春ラブストーリー
小池 うっ
岡 この面で
小池 顔は関係ないだろ! 顔は!
岡 そんなこっぱずかしいものよく書けるね
小池 ……
金本 桜が舞う入学式の朝、僕は彼女に恋をした
岡 クサい
小池 いいだろ。誰だって恋はするんだよ
岡 そうかもしれないけどさあ
金本 自分丸出し
小池 ……っ!
むくれる小池。
岡 もしもし
小池 ……
岡 ちょっと
金本 俺タバコ吸ってくる
岡 え、あ、逃げた
金本、はける。
岡 小池?
小池 ……
岡 そんなに恥ずかしいなら書くなよ
小池 別に恥ずかしい訳じゃなくて……そんなに自分丸出し?
岡 に見えるけど?
小池 え、じゃあ――
金本 おい、岡(入り口から顔を出す)
岡 え、何?
金本 トイレで倒れてる
岡 へ?
金本 沢野が
岡 え、ちょっとなんで拾ってきてくれないの
金本 女子トイレには入れないだろ。入口からちらっと見えた
岡 しょうがないなあ
金本と一緒に岡も出ていく。
小池 き、気付かれちゃってるってこと……? で、でも……
小池は「言ノ葉」を読みながら悶々としている。その姿には不思議な苦悩がにじみ出ていた。
小池 ぐはっ、くあ……
金本 (ひょっこり現れる)何してんの?
小池 あ……。さ、沢野は?
金本 今、岡が連れてくる
小池 そう……
金本 沢野さ、人のこと言うだけあって文章はうまいよな
小池 引き出しもいっぱいある
金本 一本は女子が書いたのかよって感じのスポ根で、泥臭い野球で目指せ甲子園!
小池 もう一本は俺なんか比じゃない甘さの恋愛もの。行き過ぎて官能小説になったら編集としてはブレーキかけた方がいいのか?
金本 それは任せる
小池 いやあ、はは……危険だなあ
岡が沢野を部室に引っ張り込む。
岡 ああ、もう。ホント沢野は危険だわ
小池 へ? あ、寝かせとけば?
沢野 ふひゃひゃひゃひゃ……(印刷物の山をひっくり返しながら倒れこみ、そのまま転がって寝込む)
岡 あー……
崩れゆく文芸部の遺物、それを抑え込む沢野以外の三人。
小池 全く……
岡 えらいことしてくれたね
岡と金本は片付けるが、小池は逆に広げていく。
岡 ちょっと、小池?
小池 これ俺が最初に編集した奴。こっちは俺たちが歓迎される側だった時の
岡 こうしてみると意外と活動してるね
金本 意外と
小池 企画自体は結構あったもんな
岡 先輩たちも書くのは好きだもんね
金本 好きだけど筆は進まない
小池 なかなか原稿が集まらないから締め切りは延び延びになっていっちゃって、この辺は編集がしっかりしないとだな
岡 頑張れ、編集長!
小池 いや、原稿出せよ
岡 ……はい
小池 あと一日、あと一日って……一日で書けたためしがあるか?
岡 あ、あははは……
小池 明日じゃだめなんだよな、今日やらないと
岡 ちょっと待って。まさか今から製本する気?
金本 それはさすがに無理
小池 ……できることをやる
小池は崩れた山を片付け新しい紙の束の用意をする。枚数を数えたり、原本をチェックしたり。それを見てお菓子や飲み物を片付け始める岡と金本。
小池 いいって、俺が好きでやってるだけだから
岡 でも……お腹に片付ける分はアレだし
何となく片付き場が落ち着く。金本は残った酒を飲み、岡はお菓子をつまみながら山を眺める。
時間経過、ある程度仕事も片付いたころ。
小池 もうこんな時間か
岡 へ? あ……
小池 帰らねえと
帰り支度を始める小池。寝たままの沢野に気付いて起こす。
小池 おい沢野。お前もそろそろ終電じゃなかったのか
沢野 ……何時?
金本 十時半過ぎた
沢野 うぎゃ、帰らなきゃ……
まだフラフラの沢野、残ったお菓子を食べ始める。帰ろうとしていた小池も足を止める。
岡 時間は大丈夫なの?
沢野 ……食べないと頭働かない(ある程度食べて満足した模様)よし、帰るか
金本 ほら(と、荷物を渡す)
沢野 ありがと
小池 じゃあな
先に部室を出る小池と後を追う沢野。
沢野(声) じゃあねえ
岡 はいはい、ばいばい
二人になった部室に静寂が訪れる。
岡 ……小池ってさ、沢野のこと好きなんだよね
金本 だろうな
岡 浮かばれないね
金本 直球だな
岡 そりゃ本人の前では言わないけどさ。完全にゼロから小説を書く沢野には、これが小池の自己体験だってことが分からないんだよね
金本 みたいだな
岡 あたしは小池のリアリティーが好きだけどな。絶対真似できない
岡は読みかけだった「言ノ葉」をまた開く。最後のページまでたどり着き、
岡 ふう。……あたしも帰るか
金本 原稿、書けよ
岡 書くに決まってるでしょ……明日
言って何となく笑いあう。
岡 なんだかんだ言って明日があるからね
金本 そう言って先輩たちも編集に怒られてきた
岡 作家の宿命だね
などと言いながら岡は片付けと帰り支度をする。
岡 金本は? 帰らないの?
金本 実は会計報告書が残っていたりする
岡 へ?
金本 いや、やるだけやっといたほうがいいかなって気がしただけ
岡 うそ……頑張れ。(先に帰る)じゃ、お疲れ
金本 お疲れ
金本は財布とレシートを取り出しノートを広げ、数秒間静止。
何を思い立ったか、急にそれらを鞄にしまう。部室の明かりを消す。暗転、そして「ガチャ」とカギのかかる音。
金本(声) ま、明日があるか
〈了〉
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