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誰からも愛されていない男

前回、三島一八のことを延々話してしまった。
非常に恥ずかしいが、全人類に私の好きな男性キャラのことは知っておいておいて欲しいので(初対面で「一八のことが好きなんですよね」と言われたら、とても嬉しい)だから別にいい。

『鉄拳』シリーズの三島一八は、父親である三島平八に殺されそうになり何度も死闘を繰り広げたわけだが、母親である三島一美も、一八のことを殺すように豪鬼に依頼していた。『ストリートファイター』シリーズで有名なあの豪鬼である。もしあなたの母親が、「あの子を殺してください」と豪鬼に頼んでいたとして、その事実を知ったのが50歳近くでもショックだろう。しかもその直後、豪鬼が自分を殺しに来るのだ。
一八は母親の死を平八のせいだと思っているし(実際殺した)その母親も彼を殺すことを願っていたと考えると、極悪非道の人外である一八とはいえ、とても悲しい。

一八は、平八の息子であり、母親譲りの邪悪な力(デビル因子)を持っているがために、愛されていなさすぎなのである。

一八の祖父である仁八は一八と仲が良かったというが、一八の成育過程で助けになったかと言われるとそうでもなさそうだ。
鉄拳5では死にかけの仁八にとどめを刺す一八のエンディングがあったりする。

一方、彼の息子の風間仁は、同じくデビルの血を引いているが、『鉄拳』にしては少年漫画とかラノベの主人公みたいなところがあり、少なくとも母親には愛されて、短いながら学園生活を送って、好意を持ってくれる女の子や突っかかってくるライバルがいる。親戚のおせっかいな女の子が絡んできたり、(殺意はともあれ)人間的に信頼してくれる伯父がいたり、マスターとして慕ってくれるメカ美少女がいたり、タイミングにより寄せられる感情は変わることがあるが、とにかくなぜかモテる。
(それでも仁は世界中に戦禍を齎しているので、三島財閥の当主としてはクソ憎まれている。なぜ戦禍を齎すようになったのかは、私の頭が悪いのか、何度考えてもよく分からないし、その辺から風間仁というキャラクターの不透明度が高くなって来た。私が話を見落としてるだけかもしれない。)

風間仁の母親、風間準が三島一八のことをどう思っていたのかは、諸説あるというか、これこそ語るべきものではないのだが、彼女からの感情が一八の心を温めたということは、今のところそんな感じはない。少なくとも、一八の人柄が変わったとかはない。

生きていく中で、愛されていると実感できない者が、人を愛することができなくても不思議ではないし、少なくとも、物語の中ではそうした役割を負わせられることが多い。

このことで最近ずっと考えていたのが、何度か書いたが、『ゴールデンカムイ』の尾形百之助である。

※この先は最終回付近の内容に触れるので、ネタバレ避けたい方は*おわり*まで飛ばしてください※

尾形は、自分が祝福されて生まれて来た子どもなのかとか、愛があって生まれて来たのかとか、そんなことをずっと気にしている。みんなが金塊探しに躍起になっているのに、彼だけそんな話をしている。彼は母親共々、将校であった父親に見捨てられ、母親も父親を求めてばかりで尾形のことを見ていなかった。
はっきり言って、他のキャラもみんないろんな経緯を背負っているから、尾形ひとりの過去なんてどうでもいいことだし、彼の父が陸軍の将校であると知っている元同僚はその辺りを直接バッサリ斬っている。尾形はその度に皮肉を返す。本心が見えないキャラクターとして受け取られていたが、最後まで読んでみると、彼が自分の本心と向き合わないようにしてきたということがわかる。

尾形は他の登場人物たちから好意も興味も向けられていない。少なくともそう知覚していないし、ことさら求めているようにも見えない。唯一の例外はアシ(リ)パだったのかもしれないが、彼女は主人公の杉元に好意を抱いていて、尾形は人間関係の作り方がクソ下手だから、杉元の代わりになろうとするが、杉元の代わりなんて彼女にはあり得ない。アシ(リ)パは作中で最も籠絡するのが難しい上に、父親に愛されている絶対の自信があるキャラである。勝てるわけがない。結局、尾形はひとりぼっちになる。

尾形は上官である鶴見中尉の計画のもと、自分を捨てた父親を殺している。その際、鶴見中尉から期待を掛けられるような言葉を投げかけられ、彼は心の中で「タラシが」と毒づいているのである。だが、それも最終回付近で、ひっくり返ってくる。
まさにクライマックス、主人公たちと、敵対する鶴見中尉が金塊を得るか死ぬかの瀬戸際のバトルの最中、尾形は造反したはずの鶴見中尉の元に現れた。暴走する機関車の上である。まじで切迫した状態で、全く金塊に興味のない尾形が登場する。なんと、尾形は結局、鶴見中尉には自分のことを分かってて欲しかったらしいことが明かされ、鶴見中尉に「満州だのウラジオストクだのアヘンだの(中略、鶴見中尉の他の部下の名前)だの、キョロキョロよそ見ばかりしているから」とまで言う。
鶴見中尉が、満州とかのためにどれだけの犠牲を払い頑張って来たか、読者はよく分かっているので、逆に「おまえ鶴見中尉の中でそんなに優先度高いと思ってたの?!」となってしまう。
鶴見中尉は自分の部下たちを愛しているとはいえ、これはさすがに尾形側の距離感がバグり過ぎている。部下みんなの距離感をバグらせて自分に心酔させようと試みていた鶴見中尉なので、ちゃんと尾形の本心を指摘してあげるが、鶴見中尉にも見えない部分がある。造反して、狙撃手である尾形は一人で行動していた。その時の心情までは知ったことではない。尾形にしか分からないことだ。

彼も愛されていることや愛することを実感できないまま大人になってしまったタイプである。
尾形は躊躇いなく人を殺すタイプの人間だが、他人の感情の機微には敏感で、アシ(リ)パが杉元に好意を抱いていることなどはすぐに感づいていたし、それを利用して彼女の心を揺さぶったりした。つまり、「情が理解できない」タイプではないのだ。

尾形は死ぬ間際に「自分のことを愛してくれたのは義理の弟の勇作だけだった」と認知する。どうも尾形は勇作に愛されていた自覚が、心の奥底ではあったようなのだ。勇作のことを殺した罪悪感が湧くから意識しないようにしていたけど。
尾形はアシ(リ)パに毒矢で射たれ、錯乱し、本当は自分に罪悪感があり、まるで心が欠けた人間のように生きてきたのだと気付く。人生が「詰んだ」ことを悟り、自分を殺した。

尾形の死は自業自得だし、可哀想と言ってやれるほどマトモなことは何一つしてないんだが、だがやっぱり彼も愛を感じられず、誰からも暖かい念をかけられたことがないと思っていたように見える。(勇作に愛されてると知覚したのは死ぬ直前だったため)
ヴァシリは彼の好敵手であったが、それでも内心を知ることはなかっただろう。だが、それくらいの距離感がいいのかもしれない。姿は見えず、思考だけを読み取り、相手を遥か遠くから狙撃するくらいの距離と殺し合うという明確な目的があった方が……。
個人的には、勇作から尾形への感情も自己満足的で一方的なものだと思うが
、最終的に、尾形には人間的な心があったことになる。

*おわり*

三島一八は、多分死ぬまでああなんじゃないかと思っている。
尾形と一八の二人は並列して考えるべきキャラクターでは決してないけれど、「ケアされてない/してない度合い」でいうとかなり高得点をマークしている。

まあとにかく、愛されず、必要とされず、結果心を失った男から目が離せないのだ。

彼らの心を憶うのは読者の特権だし、こちら側しかその感情を慮れる者はいないからだ。
彼らは作中で憎まれ、疎まれ、冷徹になり、皮肉な笑みを浮かべ、知性を持って強く生きようとする。主なコミュニケーションは、暴力または殺傷しかない。
私は安全なところから、彼らの孤独ぶりを愛する。
そしてそんな彼らをひたすら見つめるだけの人生も、また孤独である。

三島一八と出会いたての頃、この世の全てを睨みつける彼を眺めながら、こんな風に思っていた。
「この人、寂しくないのかな」

救いを求めない、他人を寄せ付けない、彼らのそんなところがカッコいいのもしれない。

奇しくも二人ともオールバックである。
人を殺すのに躊躇いがなくても、髪の毛のセットはするのであろうか。
最高〜!

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