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【通勤電車の詩】雑草との戦いから生まれた共感とは

我が家に細やかながら庭がある。
野菜を植えたり、春には花が咲く。
しかし冬以外は常に雑草との戦いだ。
取っても取っとも生えて来る。
それもいろんな所から。
除草剤を撒いてもすぐにまた生えて来るから意味がない。
無限ループだ。

電車の窓からいつも見える公園がある。
決して小さくはない。
なのに無作為に生えている雑草を見たことがない。
土を掘り返した跡も見たことがない。
一体どうやって雑草をやっつけているんだろうか。
もし地道に雑草を取り除いて、穴ぼこに地面をちゃんと平らに戻しているならたいへんな労力だ。ぼくにはそのたいへんさがよくわかる。

庭のに入れをやり続けてきたら、変なことで共感できてしまった。
もし雑草の手入れで困っている人がいたら、すごく話が合いそうだ。
これも何かの縁ってやつかな。


▼「通勤電車の詩」はこんなふうに生まれました▼

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