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おたねさんちの童話集「ネズミの宙太」

ネズミの宙太
 
雪の中に埋もれていたのは、手のひら程の灰色ネズミでした。
大きな山が向こうにそびえて見える、小さな林の中にある、凍りついた湖の近くでした。
お母さんが彼に「宙太」と名付けてすぐ、茶色いイタチに食べられたのは2年前の春の事でした。
でも宙太はその時の様子を覚えていません。お母さんの顔も、しっかりとは覚えていません。覚えているのは、宙太と呼ばれていたことくらい。物心がついたころから、宙太はずっと一人でした。
そのころ宙太が生活していたのは、ここからもっと南にある小さな村でした。獲物をとらえるのが得意でなかったから人間たちが残したものを漁ったりしていました。
危ない目にも沢山逢いましたが、食べ物が豊富にあったので、毎日楽しく過ごしていました。でも、その村に長くはいられませんでした。
大きくなるにつれて、他のネズミたちにいじめられるようになったからです。
宙太はほかのネズミたちに比べて、少しからだが小さかったのです。
それで、宙太は寒い北の村を目指しました。
野原はいくら歩いても、宙太の好きな食べ物にはなかなかありつけないので、お腹がすいて仕方がありませんでした。でも他のネズミにいじめられるよりはずっとマシのように思えました。
それに季節は実りの秋です。ドングリも小動物もネズミの餌となるものはたくさんありました。
宙太はぶらりと一人旅を楽しむように北の村を目指しました。
雨が降っても、風が吹いても、落ち葉が宙太を守ってくれます。
猫もイタチもいましたが、他に食べ物が多いので、それほど必死になって宙太に襲いかかることもありません。
本当に気楽な一人旅でした。
宙太はゆっくりと旅を進めました。
でも、それが災いしたようです。北の町は意外に遠くて、しかも秋という季節も意外に早く終わってしまいました。
宙太は寒さが厳しくなるのを感じ取ると、次第に旅足を速めましたが、時すでに遅し。
北風は急速に冷たさを増し、時と共に粉雪から牡丹雪へと変わっていきます。
やがて、それが吹雪へと変わる頃、宙太はもう一歩も動けないほどにお腹が空いていたのです。
「もう、歩けないや」
宙太はそう言ったまま、しずかに雪の中へ倒れ込んでしまいました。
 
雪はしんしんと降って夕焼けもみえません。
時間が静かに流れていきました。
「ワンワン、ワンワン」
猟犬に吠えたてられて宙太は目を覚ましました。
どうやら獲物を掘り当てたつもりが、みつけたのが、こんな小さなネズミだったのでがっかりしているようでした。
「ワンワン、ワンワン」
もう一匹の猟犬が本物の獲物を見つけたようで、宙太を見つけた猟犬も向こうの方へとかけてゆきました。
宙太はむっくりと起き上がりました。
それほど寒いことは苦手ではありませんでしたが、お腹がすいてしかたがありません。
宙太は雪を掘って、落ち葉の間に住むミミズや昆虫を探しました。
でも、こんなときに限って食べ物となるようなものがなかなか見つかりません。
もう厳しい冬のまっただ中です。
宙太は必死になって食べ物を探しました。
そうしてやっと見つけたのは、ドングリ三つでした。
宙太は、そのうち一つを食べると、あとの二つをポケットにしまい込みました。
こんどいつ食べ物が見つかるか分からないからです。
宙太はまた北の村を目指して歩き始めました。
 
長い長い道のりを、宙太はひたすらに歩き続けました。
そうしてやっと北の村についたのですが、もう辺りは暗闇に包まれています。
宙太は犬や猫のいなさそうな家を見つけて屋根裏へ潜り込みました。
もう屋根裏は真っ暗で何も見えません。宙太はお腹がすいてたまらなかったので、ポケットからドングリを取り出しました。口をあけて食べようとすると、
「あれっ」
ドングリがありません。
どうも誰かにとられたようです。
宙太に緊張が走りました。
・ ・・誰だ!そこにいるのは?
宙太は目をこらしました。
 
やっと目も暗闇になれてきたようでした。
「なんだ、ただのどんぐりか。もっと旨いものだと思ったのに」
そういってドングリを投げ返してきたのは、宙太よりも身体の小さなねずみでした。
「ところで、あたいの縄張りになんの用だい?」
宙太は一瞬答えに困りました。
こいつ一匹なら、縄張りを奪うこともできる。でも、仲間が控えていたら、この村にもいられなくなる。
「どうも南の町は性に合わなくてね。今、ねぐらを探しているところだ。どっかいいところあったら教えてくれないか。」
宙太は様子を探るように、言葉を選びながらしゃべりました。
「まあ、この町はネズミが少ないからね。食べ物もすくないし。でも、このへんにいるやつはみんないいやつだからねぐらぐらい紹介してやるよ。今日はここに泊まったらいいし。でも川の向こうへいくなら気をつけな。ドブネズミどもがウロウロしているから。」
そういって、宙太はねぐらに案内してもらいました。
「ところで君、名前はなんていうの?あたいはネーミ。」
「僕は宙太」
急に訪ねられたので宙太はびっくりしながら答えました。
一晩泊めて貰った宙太はネーミと朝食を食べました。なんと大好物のチーズです。
「この村にはたくさんの牛や羊がいるから、チーズは特産品なのよ」
ネーミが胸を張っていいました。
「それなら、どうして、この村にネズミが少ないの?」
「それは、川近くにいるドブネズミたちが悪さをしにやってくるの」
みんなそれが嫌で南の村へ逃げていったわ。あなたみたいに南の村からやってくるのはきっと初めてよ」
「ドブネズミたちってそんなに怖いの?」
「私たちが怖がるのを見て楽しんでるだけよ。一人じゃ何もできない臆病者ばっか」
ドブネズミたちと出会うまでにそれほど日数はかかりませんでした。ドブネズミたちはいつもネーミたちをからかいにやってくるからでした。
宙太も最初は他のネズミたちと同じようにドブネズミたちを避けて過ごしていましたが、宙太の心の中にはいつも葛藤がありました。
本当にこのままでいいんだろうか。
南の村からも逃げて北の村へきた。北の村でもやっぱりドブネズミたちから逃げている。
「戦おう!」
宙太は急に決心しました。
そう言うと宙太は一人で、川近くのドブネズミたちの縄張りへやってきました。
「何者だお前、ここがどこかわかってるのか!」
宙太はドブネズミたちに囲まれてしまいました。
「ここを俺の縄張りにしようと思ってきたんだけど・・・」
宙太は怖いのを隠すように、笑いながらこたえました。
ドブネズミたちは怒って宙太に襲いかかりました。
宙太はさっと逃げます。どうやら、身軽な分、足は宙太の方が圧倒的にはやいようです。
宙太は川の土手を上ってはドブネズミたちに石をぶつけました。
ドブネズミたちが襲ってくるとさっと身をかわして逃げます。
そして高いところへよじ登っては石を投げてぶつけました。
でも、それもつかの間の間、やはり大勢にはかなうはずもありません。
ドブネズミたちは、じわじわと宙太を取り囲み、宙太を袋だたきにしました。
「ふん、これで思い知ったろ!」
ドブネズミたちは「はあ、はあ」と息を切らしながら去っていきました。
次の日、宙太はまたドブネズミたちの前に現れました。
 
「お前は、昨日の!またコテンパンにやられにきたのか」
そう言い終わる前に宙太はドブネズミたちに石を投げつけました。
「今度はただじゃおかねえぞ!」
怒るドブネズミたちになおも石を投げつけました。
「痛い!」
ドブネズミたちの身体から血が出ています」
ドブネズミたちが見てみると、今日は石に画鋲がくっついていました。
「てめえ、ゆるさねえ!」
ドブネズミたちは一斉に襲いかかりました。
宙太は尚も石を投げつけました。
でも、用意していた石には限りがあります。
やがて、昨日と同じようにじりじりとドブネズミたちに追い詰められてしまいました。
 
「ドスン!」
落とし穴でした。
ドブネズミたちは宙太が作った落とし穴に落っこちてしまいました。
宙太はすかさず、そこに砂を放り込みました。
「このやろう!」
ドブネズミたちは宙太に罵声を浴びせます。
でも、宙太は平然と答えました。
「昨日のお返しだよ」
それから、ドブネズミたちは、川の辺りでおとなしく暮らすようになりました。
北の村の灰色ネズミたちも、ドブネズミに襲われなくなってほっとしています。
宙太は一躍、北の村では一番の人気ネズミになりました。
そうして寒い冬は一段と厳しさをましましたが、村にはたくさんのチーズがあったおかげで食料にはこまりませんでした。
宙太は考えました。
「そうして南の町で、僕はあんなにいじめられたのだろう」
宙太は縣命になって考えましたが答えはでませんでした。
でも、ひとつ分かることはあります。
僕はずっと自分が安らげる場所を探してきたんだ。それをあいつネーミが教えてくれた。「僕と結婚してください。」
銀世界の中の小さな小屋の屋根裏で、少し緊張した宙太がネーミにそう告げたのは、それから間もなくのことでした。

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